昨日と一昨日の「弥栄 - いやさか - いやさかえ」問題で、ふと思い出したことがある。それは「心太」の読み方だ。
以前、仕事上の先輩に「心太」と書かれた紙を見せられ、「これ、何て読むか知ってる?」と聞かれた。もう、見くびられたものである。そんなの知らないわけないじゃないか。
私は答えた。「こころぶと」
案の定、先輩はかなり得意げに笑った。「あっはは、これはね、『ところてん』って読むんだよ。どう? 知らなかったでしょ」
そこで私はさりげなく言った。「その『ところてん』ですけど、元々は『こころぶと』って言ってたらしくて、だから、字でもそう書くんですよ」
ところが先輩は、「あはは、わかったわかった、君も結構負けず嫌いだねえ」と、全然本気に取ってくれない。うぅむ、私は決して負け惜しみで出まかせを言うような男じゃないんだがなあ。
「心太」を普通に「ところてん」と読んだら、単にそれだけのことで終わってしまう。話題を発展させようとして、敢えて「こころぶと」と読んでみせたのに、その先輩はそこから先の話は全然聞く耳持たないようなのだ。
というわけで、中途半端な物知りって、本当につまらないのである。そして「弥栄」という字は「いやさか」としか読みようがないのだと信じこんでいる者は、脊髄反射的に「いやさかえ」を攻撃して返り血を浴びたのである。
世の中の中途半端な知識は、難読漢字の一つに「心太」があり、その読み方は ところてん」であるとし、それだけで機械的に「はい、一丁上がり」になる。どうして「心太」が「ところてん」なのかには、興味がないようだ。それで一体何がおもしろいというんだろう。
まず手始めに、「心太」を「こころぶと」と読むのは、「弥栄」を「いやさかえ」と読むよりは、この世のスタンダードに近いとみても不自然ではないという前提を確認しておこう。
Goo 辞書で「いやさかえ」を引いてみると、「国語辞典の [ いやさかえ] で一致する用語の検索結果 0件でした。」と表示される(参照)。つまり、Goo 辞書(もとは 『大辞林』) は、「いやさかえ」を認知していない。
次に 「こころぶと」 を引いてみよう。以下の結果が表示される (参照)
こころぶと 【心太】
(1) 植物のテングサ。[和名抄]
(2) ところてん。
『大辞林』は「心太」を「こころぶと」と読むことをしっかり認知していると、おわかりいただけるだろう。
しかも、和名抄以前のいにしえ(つまり、平安中期以前)から、ところてんの原料であるテングサを「こころぶと」と称していたのである。そして、「こころぶと = テングサ」を原料として作った食べ物をも「こころぶと」と称するのである。
現代人の多くは「ところてん」という言い方しか知らないから、「こころぶと」なんていうのは、奇をてらった別称のように思うかもしれないが、実際は逆なのだ。「こころぶと」が先で、「ところてん」は後世の言い方なのである。「どうだ、文句あるか」ってなもんだ。
で、なんでまた「こころぶと」が「ところてん」に変化しちゃったかということなのだが、一般的には「こころぶと」に「心太」という漢字を当てて、それが「こころたい」-「こころてい」- 「ところてん」と変化したというような説明がされている。なんとなく、東国方言っぽい。
この食べ物は「ところてん」という呼び名が一般化しているが、同じような原料で同じような作り方をしても、食べる時にかけるものが三倍酢だったり黒蜜だったり、単に醤油だったり、いろいろなバリエーションがあり、名称もいろいろだ。
博多あたりでは「おきゅうと」というのがあって、「そりゃ、一体どんな食い物か?」と思ったが、「なんだ、うちの田舎の『えご』じゃないか」とわかった。要するにところてんのバリエーションである。全国にいろいろなバリエーションがあるということは、それだけ古くから各地に根付いてきた食べ物ということだ。
「こころぶと」が「ところてん」に変化したわけについては、こちら で、上記とは別の考察がなされており、それがとてもユニークで、しかも説得力がある。ここで記しきれない詳細についても触れてあるから、是非一度読んで頂きたい。
ところが Wikipedia には、「古くは正倉院の書物中に心天と記されている事から奈良時代には既にこころてんまたはところてんと呼ばれていた様である」という記述があるのを発見して、一瞬ひるんでしまった (参照)。むむ、やばいなあ。
「こころてん/ところてん」も、もしかしたら、結構古くから並行的に使われていたのかも知れない。しかし、Wikipedia のこの記述だけでは、そう断言するだけの材料にはならないだろう。
それに、もしそうならば今度は、どうしてより「ところてん」に近い表記である「心天」ではなく「心太」という読みにくい表記の方が後世に残ったのかという疑問が生じる。普通に考えば、古くは「こころぶと」という言い方の方が圧倒的に主流だったからだろう。
とはいえ、しかたがない。最後の最後で心苦しいが、このあたりに関しては「よくわからん」と言っておこう。
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