「おくりびと」と酒田の風景
何となくバタバタとプチ忙しい日々を送っているうちに、アカデミー賞受賞作品「おくりびと」を見逃してしまった。探せば上映館は見つかるが、ちと遠い。
で、新発売されたばかりの DVD をつい買ってきてしまった。3,500円払って、何度も見られるんだから、高い買い物じゃないだろう。
妻には 「ちょっと待てば、Wow Wow でやるに決まってるんだから、それを録画してあげるのに」なんてチクリと言われてしまった (私はビデオの予約録画ができないのだ)が、待ちきれなかったのである。なにしろ、ロケ地が生まれた街の酒田ということもあるしね。
で、やっぱり見ているうちに、ちょっとうるうる来てしまったのである。
納棺士となった主人公の小林大悟が、幼い時に母と自分を捨てて逃げてしまった父親の死に巡り会い、自らの手で納棺をすることになるのだろうとは、映画を見始めてかなり早い段階で想像がついた。この点、別に意外性はないし、初見の人も大抵は見ているうちに察しが付いてしまうだろうから、案外軽い気持ちでネタばれさせていただいた。
いわば、ストーリーとしてはお定まりといってもいいようなもので、新鮮さはない。それでもやっぱりうるうる来てしまうというのは、やっぱり舞台が庄内だからなのかもしれない。田園調布とか新百合ヶ丘とかでのお話だったら、あんなにはうるうる来ないだろうと思う。
なんといっても、まず映画の冒頭が、地吹雪の田舎道を車で辿る場面である。関東では一度も遭遇したことがないが、高校を卒業するまで、私は何度も何度も、まさにあんな地吹雪の中を歩いて通学していたのである。とくに中学校の後半は越境通学したので、田んぼの畦道を辿るのが近道だった。冬の視界は、まさにあの映画の冒頭の画面だった。
だから、あの地吹雪の画面を見ただけで、不覚にも意識が別のモードに入ってしまったのである。登場人物の庄内弁が全員しっくりこないのが、ちょっと気にはなったが、庄内の風景は、そんなことを吹き飛ばしてしまう特別な力をもっていた。
「おくりびと」という映画は、様式美と、人情と、庄内の風景という三要素の合体の勝利である。なんといっても、この映画の様式美と人情は、人の死に立ち会うという決定的なシチュエーションで表現されるものだけに、非日常的なパワーがある。
そしてその独特なパワーを包み込むのが、庄内の厳しくものほほんとした自然。この対照があるというだけで、映画の成功は約束されていたようなものだ。
あの映画に出てくる NK エージェントの事務所は、小幡という割烹跡を使って撮影された。あの独特の味わいある建物は、いわば私の縄張り内である。私の生まれたのは、あの建物から歩いて 2~3分の家なのだ。(もっとも、今は取り壊されて駐車場になっているが)。
小幡が料亭を止めてしまって、単なる廃墟になってしまったのはいつ頃のことだったか、全然記憶にない。なにしろ割烹だから、子どもが外で遊ぶ日中は、ひっそりとしていた。だから私の記憶の中では、ずっと昔から廃墟じみた特別な雰囲気を漂わせていたのが、あの建物である。
だから、映画で小林大悟があの建物のドアを開けて中に入る場面を見て、「へぇ、中はこんなだったのか」と一瞬思いかけて、「いやいや、まさかね」と思い直したほどの、変なリアリティがあった。
ところが今、あの建物の内部は、「おくりびと」 の NK エージェントの事務所がそのまま再現されて、今月 10日から一般公開されているのだそうだ(参照)。「嘘から出た誠」とは、このことだ。連休には母の三回忌で帰郷するので、私もぜひ訪れたい。
酒田の中心街からの道を辿り、日和山公園に上る坂のてっぺん近くにある、あの一種独特の趣の建物が、アカデミー賞映画のモニュメントとして保存されるというのは、酒田生まれの人間として、とても嬉しいことである。願わくは、飽きっぽい酒田市民が2~3年で 「もうや~めた」 なんてことにならないように。
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