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2009年4月13日

「弥栄」はフツーは「いやさか」だけど

両陛下の祝賀行事で、麻生首相が「弥栄」を「いやさかえ」と「誤読した」とのニュースに対し、「誤読ではない」という反論が出て、すったもんだの様相になっている(参照)。

単純な結論。「誤読」ではないにしろ、麻生さん、常識的な読み方を知らなかったか、少なくともかなり不慣れだったんだろうと思う。

と、こう結論づけた上で、だからといって、「麻生さん、また読み違え」なんて言って、揚げ足取りをする方もする方である。私だったら、「ありゃ、"いやさか" が常識だろうがなあ」と思いつつも、「誤読」とまでの決めつけは怖くてできないところだ。

で、揚げ足取りの揚げ足取りが調べたら、出てくるわ出てわ。こんな具合だ。(「痛いニュース」 より引用)

「いやさかえ」のソース
12

歌舞伎の題名に「弥栄芝居賑(いやさかえしばいのにぎわい)」
http://www.asahi-net.or.jp/~rp9h-tkhs/kabu2005.htm

静岡県伊豆松崎町にある「弥栄(いやさかえ)神社」
http://www.town.matsuzaki.shizuoka.jp/FMPro?-db=m_kana.fp5&-lay=web&-format=p01e.html&kana_C=%82%a0&-max=all&-sortfield=NO&-findall

越中一宮 高瀬神社
http://www.takase.or.jp/wedding/detail.html
下ページの誓いの詞にハッキリ「弥栄(いやさかえ)」と書いてある

まあ、よく調べたもんだと、一瞬感心したが、考えてみれば、「いやさかえ」 のキーワードでググれば、このくらいはすぐに出てくるのだろう。ただ、画像で紹介されている 「式辞演説大鑑」 については、「ご苦労様」 と感心するのみである。

これらについて、個人的に言わせてもらえば、歌舞伎の外題なんて調子を整えるために変則的な読み方をさせる場合がいくらでもあるし (私はこの分野では素人じゃなく、江戸歌舞伎についての論文で修士号を取ってるから、信じてもらっていい)、「弥栄(いやさかえ)神社」 は固有名詞だから、一般的な読みとは一線を画して考えるべきだろう。

で、問題は次の 2点だ。

  • 「式辞演説大鑑」 では、確かに 「我が民族の根幹たる皇室の彌榮は」 の部分で 「いやさかえ」 とルビが振ってある。

  • 越中一宮高瀬神社のサイトで、披露宴の誓いの詞として、「かりそめにも夫婦の道に違 (たが) う事なく 互に相扶 (あいたす) けて 家政 (かせい) を整え 子孫 (うみのこ) の弥栄 (いやさかえ) を計 (はか) るべきことを 誓い奉 (まつ) る」 とある。

この 2点の場合は、確かに「いやさかえ」と読むと荘重なニュアンスがあって、かっこいいかもしれない。とくに披露宴の誓いの詞みたいなものだと、声を張り加減に「いやさかえをはかり」と読むと、いかにも韻文としての重々しさが出ていい感じになるだろう。

ただし、その上でさらに言うが、私は「弥栄」を「いやさかえ」というのは、これまで聞いたことがない。大昔の「式辞演説大鑑」のルビが誤植でないという保証もない (私は誤植と決めつけているわけではない)。越中一宮神社の誓いの詞の読みも、特殊ケースとは言えないまでも、少なくとも一般的ではない。

「誤読じゃない」からと言って、得意げに「いやさかえ」なんて読もうとは、私なら決して思わない。周囲に突っ込まれるに決まっているからだ。それは "「的を得る」 は間違いじゃない" と言いつつ、自分では決して使う気になれないのと同様である。

「弥栄」を「いやさかえ」と読んでしまうと、違和感を生じるのは確かなことではある。ただ、繰り返すが、だからといって「誤読」と決めつけて揚げ足取りするのは、私だったら怖くてできなかったところである。語源としては「いやさかえ」だったろうというのは、多分間違いないところだと思うし。

そして、さらに思い切っていってしまうが、「麻生さんがそう読んだんだから、誤読に決まってる」と思いこんでも不思議ではない空気が世間に満ちているのは、それはそれでまた、確かなことである。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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言葉」カテゴリの記事

コメント

これの、大きな問題は、ものすごい罵倒したにもかかわらず、間違いではない可能性がでてきたときに、謝らないということだと思います。
間違いじゃないかもということを、間違いだ、失礼だと断定して、非難したわけで、それは軽率だったとわびるべきですが、最初はそのつもりがなかったようで。
それでは、炎上もしかたないですよ。
あまりにもアンフェアですからね

投稿: とおりがかり | 2009年4月13日 15:28

「弥栄(いやさかえ)神社」という現存する建物にも使われているのも違和感ですか?他にも現在進行形で使われる事は多々あります。
「フツー」とは何を持って普通なのか?普通というのは口で言うのは簡単ですが、何も基準がない言葉であり、安易に「フツー」と使う事に違和感を感じます。

投稿: じゃじゃ | 2009年4月13日 16:22

伯父が万歳三唱のかわりに、いやさか三唱してました。
 という伯父は、現役の神主です。

 みんなで一斉に、「いやさか~!」ってやるのは、結構気持ちがいいもんだ。(宗教的にダメな人はごめんなさいね)

 いまさら麻生さんのソレに対するマスコミの大仰な反応も、食傷気味ですし…。
 ちなみに、そのときかましたボケは、
 『麻生さん、また間違えた!』
 「はぁ?あっそう。」

 しかし、思い込みなど不確かな状態で世間にさらすのは、怖いなぁと思った次第です。
 拙も気ぃつけよっと。

投稿: 乙痴庵 | 2009年4月13日 16:28

まぁそもそも「いやさかえ」という読みがあるとしても、「麻生首相は誤読していない」という裏付けにはならないんですけどね。

昔からよくある「計算のできる猿」が正答を選択したからと言って、その猿に計算能力があるという根拠にならないのと同様に。

現実には、↑のような「いやさかえ」という読みの典拠を知らずに「誤読」した結果が、たまたまそのような典拠にヒットしたということであろうかと。

それにしても、コメントの「あまりにもアンフェア」とか「現在進行形で使われる事は多々あります」というのが……良い感じだなぁ(笑)

投稿: 山辺響 | 2009年4月13日 16:59

>山辺響
あんた気色悪いよ、素直に認めなよ。
もしかして、「こころずかい」の件でも同じようなことを考えてたりしたの?

投稿:   | 2009年4月13日 19:46

とおりがかり さん:

>これの、大きな問題は、ものすごい罵倒したにもかかわらず、間違いではない可能性がでてきたときに、謝らないということだと思います。

こんなことで罵倒するのは、見識のなさの現れですから、まともな対応は期待してもしょうがないと、突き放してみるのも一興かと。
(押しつけはしませんけど)

投稿: tak | 2009年4月13日 21:48

乙痴庵さん:

>伯父が万歳三唱のかわりに、いやさか三唱してました。

たまにありますね。
私も一度 「いやさか三唱」 に参加したことがあります。

少なくとも、「弥栄三唱」 の場合は 「いやさか」 以外ではしらけますね。

投稿: tak | 2009年4月13日 21:51

じゃじゃ さん:

レスの順序が前後しました。失礼。

>「弥栄(いやさかえ)神社」という現存する建物にも使われているのも違和感ですか?

全然。

>「フツー」とは何を持って普通なのか?普通というのは口で言うのは簡単ですが、何も基準がない言葉であり、安易に「フツー」と使う事に違和感を感じます。

安易に言っているのだと理解してもらうために、あえて 「フツー」 と表記してます。

まあ、Goo 辞書で 「いやさかえ」 を引くと、「辞書すべて(国語辞典 英和辞典 和英辞典 その他)の [ いやさかえ ]で始まる用語の検索結果 0件でした」 と表示されるぐらいの軽さです。

投稿: tak | 2009年4月13日 21:57

>気色悪い
19:46さん、あんたもね。

ハンドルネームも名乗らず、おもわせぶりなだけで論理的な説明のない攻撃。2ちゃんねるで培ってきた、「反論されて自らが傷つくことを避ける」論争術?

管理人さん、スルーできなくてごめん。

投稿: きっしー | 2009年4月13日 22:08

山辺響 さん:

>現実には、↑のような「いやさかえ」という読みの典拠を知らずに「誤読」した結果が、たまたまそのような典拠にヒットしたということであろうかと。

ぶっちゃけて言うと、私もそんなところかなあと想像します。

ただ、私、最近学んだことがあります。

どう見ても客観的な喩え話なのに、人によっては、そう受け取られないこともあるということです。

「計算のできる猿」の喩えは、洒落の通じる麻生さんには OK でも、洒落の通じない人には、首相を猿扱いし、口汚くののしったという印象を持たれることがあるかもしれません。

麻生さんシンパの誰かさんを傷つけちゃったかも。

実は私、最近、それに類した状況に陥って、相手に逆ギレされてしまい、「馬鹿野郎、何を被害妄想的なことを! おめぇ、頭悪いんじゃねぇの?」 と、今度こそ本当にののしりそうになって、それどころじゃなく、ぶっ飛ばしそうになって、必死に思いとどまったことがありました。

で、落ち着いてから、「俺の喩え方が下手だったみたいだから、言い方が悪かったことについては、謝る。その上で、今度こそ、落ち着いて話を聞いてみてくれよ」 と話して、結果としては理解し合えました。

ぶっ飛ばさなくてよかった ^^;)

投稿: tak | 2009年4月13日 23:27

きっしー さん:

電車の中でレスを書いているうちに、下車駅に着いてしまい、例の下品なコメントは帰宅してから、さくさくっと削除しちゃおうと思ってましたが、引っ込みがつかなくなりました ^^;)

せっかくの状況ですから、じゃあ、削除しないで、山辺響さんへのコメントも書き残していたので、活用させて頂くことにしました。

これも何かの縁かと。

投稿: tak | 2009年4月13日 23:33

>現実には、↑のような「いやさかえ」という読みの典拠を知らずに「誤読」した結果が、たまたまそのような典拠にヒットしたということであろうかと。
麻生総理はブログなり論文なりで「弥栄」という単語を使っている以上「いやさか」という言葉を知らないとは思えないのですが…
また「弥」を「いや」とは単独ではまず読まないのだから
仮に誤読なら「弥栄」なのだから
「ヤエイ」とか「ヤサカエ」でしょう
あえて「いやさかえ」と呼んだ場合は
知っていて発言した(あるいはそのようにルビが打ってあった)と見るべきで誤読にしてはあまりに変な誤読だと思います

投稿: 誤読なら | 2009年4月14日 01:02

誤読なら さん:

>知っていて発言した(あるいはそのようにルビが打ってあった)と見るべきで

そのあたりは、本人に聞くしかないでしょうね。

>誤読にしてはあまりに変な誤読だと思います

私は、「誤読」 (カッコ付き)とみる立場です。
(「誤読と言われちゃったところの、あまり一般的ではない読み方」 というぐらいの意味とご理解ください)
山辺響さんも、多分そうだと思います。

まあ、うろ覚えだったら十分にありえるし。

それに、自信満々の確信的読みだったら、首相自身からそのような発言があるだろうし。

あるいは、麻生さん、洒落がわかるから、ほっといてるのかも。
(麻生さん、福田さんとは比較にならないぐらい、洒落のわかる人だと思いますよ)

それから、次のことは指摘しておきます。

>また「弥」を「いや」とは単独ではまず読まないのだから

そもそも、副詞ですから、単独では使われません。

「弥栄」 というのは、それほど特殊な言葉じゃありません。私なんかずいぶんお馴染みです。

「いやますます」 (さらにどんどんと) という言い方もあり、それが引っ付いて 「いやますに」 という言い方になったり、古典に馴染んでいると、全然普通の言葉ですから、騒ぎ立てるほどのことじゃありません。

馴染んでないと、すごく新鮮なのかもしれないけど。

投稿: tak | 2009年4月14日 01:19

いろんな方が、色々資料や使用例を紹介して下さっていますが、『麻生首相がカトリック信者で、聖歌にあるから馴染みがある』というのが正解な気がします。

聖歌300番

四 世のくにぐには ほろぶとも かみのみくには いやさかえ
 よみのちからも 消えうする つよきみちかい かわりなし
 いさめつわもの いざいさめ じゅうじのみはた さきだてり

2ちゃんでミッション系スクールに通っていた人は知っているはずと書かれていたので、割とメジャーな聖歌なのかな?

投稿: ≒ | 2009年4月14日 01:25

≒ さん:

>世のくにぐには ほろぶとも かみのみくには いやさかえ

「弥栄」 は、名詞。

この聖歌の歌詞の場合は、副詞 プラス 動詞の連用形。

コメントするなら、このくらいは理解してからにしてください。

こんな程度のこともわからないでやり取りされている議論には、正直言って付き合い切れません。

投稿: tak | 2009年4月14日 01:36

>「いやますます」 (さらにどんどんと) という言い方もあり、
私も「いや○○」という表現は結構あることだと思うのですが、
「弥」という漢字を「いや」と読むのは
「弥栄」以外ではまずないという意味なのですが…
(私が浅学だからか「いや○○」を「弥○○」と表記しているものは見たことがありません)
だからこそ、「弥栄」なら「いや○○」とは誤読はまずないだろうと思っているのです

投稿: 誤読なら | 2009年4月14日 02:49

誤読なら さん:

>私が浅学だからか「いや○○」を「弥○○」と表記しているものは見たことがありません

浅学とはあえて言いませんが、残念ながら、あなたが見たことがないだけです。

ほんの一例

「弥増さる」
http://www.excite.co.jp/dictionary/japanese/?search=%E5%BC%A5&match=&itemid=01354200

ついでにもう一つ (厳密には二つ ^^;)

神路(かみぢ)の山の弥(いや)高く、五十鈴の川の弥遠く 天照る光仰ぎつつ、たたへまつらん諸共に

http://homepage3.nifty.com/nireyamajinja/kyodo/kokage5.htm

古文書なんかでは (広く戦前までの文書も含む) いくらでもあるんですが、インターネット上で例示できないのが残念です。
(どっかで探してきて画像で紹介しても、草書体と変体仮名では、たいていの人は読めないだろうし)

インターネット上に現れているのは、現代風 (常用漢字とかの規制の影響下にある) の表記が多いので、探すのは苦労します。

投稿: tak | 2009年4月14日 06:29

→takさん、
>どう見ても客観的な喩え話なのに、人によっては、そう受け取られないこともある

……反省します(←確信犯でやっていた疑いがあるね、コイツの場合)

→無名氏@19:46さん、
はい、素直に認めることにします(で、何を?)

→きっしーさん、
代わりに怒っていただいてありがとうございます。しかし、コメントのおかげで「こころずかい」という件もあったことを知りました(今回はちゃんとGoogleで調べました)。

投稿: 山辺響 | 2009年4月14日 10:51

「弥栄」のあとにも「三種の神器」を「しんぎ」と読まれてるんですよね。
http://d.hatena.ne.jp/satohhide/20090413/1239623483
ところがこれも「しんき」「しんぎ」と読むそうで(汗)

ここまで来ると何だかただのアホウでは済まされない尋常ならざるものを感じます。
少なくとも彼は吉田茂という歴代首相のなかでもホンマもんのインテリ宰相の孫として生を受けているわけで、その環境に対する反動と言いますか、見ていてわざとインテリ的振る舞いを避けて生きてきて、その結果が現在の無防備な読み間違いの連続に繋がってるのか?とか勘ぐりたくなってしまいます。

ただ、彼の読み間違える言葉って、本当に危ういものが多いですよね。
古くはそう読むとか、別の話のつもりでも天皇絡みだったり、中国批判になってたり。
何かその辺で実は避けることのできないインテリDNAが逆に浮游するのかな?なんて(笑)

故に余計にインテリ風吹かしてるような人からは忌み嫌われるようにも思います。

投稿: traceraser | 2009年4月14日 11:03

山辺響 さん:

「こころずかい」の件は、私も初めて知りました。

私、「フシュー」 の辺りまでは、「ちょっとした読み違え」 と信じてましたが (あるいは 「信じたい」 と思ってましたが)、最近では、「本当に字を知らない人なんだろうなあ」 と思うようになりました。

ただ、「じ-ぢ」「ず-づ」 の使い分けはかなり微妙で、私なんか、「地面」 のかなが 「じめん」 というのは、個人的には納得してません。

「死んじまった」 と書くのが当たり前で、「死んぢまった」 と書くと突っ込まれるというのも、やはり納得してません。

和歌ログで旧かな古語の歌を詠んで、腹いせしています ^^;)

投稿: tak | 2009年4月14日 11:18

traceraser さん:

>「弥栄」のあとにも「三種の神器」を「しんぎ」と読まれてるんですよね。

「三種の神器」は、もう固有名詞に準ずるようなもので、「さんしゅのじんぎ」 と読む慣わしですね。

分解すれば、そりゃ 「しんき」 でも 「しんぎ」 でもいいけど。

「判官贔屓」 も似たようなもので、「ほうがんびいき」 と読むのが慣わしでして、それを 「はんがんびいき」 と読んだら、日本の歌舞伎も浄瑠璃も落語も、崩壊してしまいますけどね。

>ここまで来ると何だかただのアホウでは済まされない尋常ならざるものを感じます。

祇園辺り (郷里の福岡じゃなくて、京都の方) で遊ばせたら、今じゃ麻生太郎の右に出る政治家はいないそうですね。
その辺りはさすがのものです。認めるにやぶさかではありません。

でも、だったら、きちんと芸事にも通じて、伝統的言葉も覚えてもらいたかったなあ。

投稿: tak | 2009年4月14日 11:41

議論が盛り上がっているところ、しかも自分の無知蒙昧をさらすようで気が引けるのですが。。。

「いやさかえ」は自分も読めませんでしたし、意味も全く分かりませんでした。
「踏襲=ふしゅう」の程度ですと、「総理何やってんだよ!」とつっこめるのですが、今回は麻生総理と同レベルでした。

御皇室に対するご挨拶の中での発言ということで、普段使いされていない言葉かもしれませんが、自分ももっと勉強しなければと思いました。
うーん日本語って奥が深い。。。

投稿: 雪山男 | 2009年4月14日 12:36

いっているそばから、「いやさかえ」ではなく「いやさか」ですね。

恥の上塗りです。。。(笑)

投稿: 雪山男 | 2009年4月14日 12:38

>>誤読なら さま;
>>takさま;

「祝詞」には、比較的よく見られる言葉かと思います。
地鎮祭や結婚式など、詳細な文言は忘れてしまいましたが、「弥高に」「弥広に」など、聞いたことがあります。

祝詞なら、googleで検索すればたくさん見つかりますよ。

>>takさま;
はじめまして。
ご挨拶が後になりましたが、いつも楽しく興味深く拝読しております。

投稿: hemp | 2009年4月14日 13:45

雪山男 さん:

「弥栄」 は、お馴染みの人にはすっかりお馴染みで、「フツー、『いやさか』 だろ」 と、軽く済まされてしまう類の言葉です。

公式行事のセレモニーに出席すれば、嫌でもお馴染みになります。

「○○の弥栄を祈念致しまして、恒例の万歳三唱 (あるいは三本締め) をいたします」 なんてことがしょっちゅうありますから。

で、こうした経験がなくて、お馴染みじゃなかった人にはとても新鮮な言葉だったようで、2ch ではいいおもちゃになったみたいですね。

で、実際の所は、「ごくフツーに『いやさか』 じゃん」 ってな感じで、本当にまったく、全然騒ぐほどのことじゃありません。

で、麻生さんの祝辞ですが、どうせ原稿は自分で書くわけがなくて、官僚か側近が決まった作法通りに作文しているのですが、書いた人も、首相も還暦過ぎてることだし、それなりに場数も踏んでるはずなので、「弥栄」 の 「フツーの読み方」 ぐらい知ってるだろうと思ってたんでしょうね。

ああいう祝辞は、巻紙に毛筆というのが恒例で、用が済んでも保存されちゃうので、妙にルビなんて振ってあったら恥ずかしいし。

投稿: tak | 2009年4月14日 14:01

hemp さん:

>「祝詞」には、比較的よく見られる言葉かと思います。
>地鎮祭や結婚式など、詳細な文言は忘れてしまいましたが、「弥高に」「弥広に」など、聞いたことがあります。

ありがとうございます。試しに 「祝詞 "弥(いや)"」 でググったら、結構出てきました。

ただ問題は、祝詞の場合は、越中一宮 高瀬神社の結婚式の誓いの言葉同様に、「弥栄」 を 「いやさかえ」 と読む場合が結構あるみたいなんですよ。

私は祝詞でも 「いやさか」 という読みしか聞いたことがありませんが、もしかしたら、人にもよるのかもしれません。

「弥栄えに栄え」 なんていう文脈だったら、そりゃもう、「いやさかえ」 しかありませんしね。

朗々と声を張って読む場合は、「いやさかえ」 と読むと、確かにかっこがつくんでしょうね。いかにも荘重な韻文的で。

いっそ、麻生さんも祝詞式に朗々と読めば周り中を煙に巻けたのに。

投稿: tak | 2009年4月14日 14:43

>山辺響
う~む・・・こちらの勝手な突っ掛かりのせいで気を悪くしてしまいましたかね?
そうだとすればこちらにすべての非があります、すみません。

そして管理人さんにも。

最近いろいろとブログを見て回っていたら、どこもかしこも
的外れなことばかり語っていて少し荒れていたようです。
そのせいであんな汚くて不愉快にさせる書き込みをしてしまいました。
申し訳ありません。

御二方には随分と身勝手なことをして迷惑をかけてしまいました。

本当に申し訳ありません。

投稿: 19:46 | 2009年4月14日 15:47

19:46 さん:

>本当に申し訳ありません。

まさか期待していなかったんですが、そう言ってもらえると、「ああ、良かったな」という気がします。

はい OK、私としては和解しました。
もう何も含むところありません。

再び来てくれてありがとう。

ただ、お詫びするんでしたら、山辺響 さんには、ちゃんと敬称を付けるのを忘れないでね。

投稿: tak | 2009年4月14日 16:17

>>ただ、お詫びするんでしたら、山辺響 さんには、ちゃんと敬称を付けるのを忘れないでね

こんな当たり前のことさえ忘れてはいけませんよね・・・・
再び、山辺響さん、今回のこと、申し訳ありませんでした。

投稿: 19:46 | 2009年4月14日 17:29

19:46さん潔し。

 この潔さを、件の争論編集委員さんが“さっさと”見せて下さったらよかったのに。

投稿: 乙痴庵 | 2009年4月14日 18:52

乙痴庵 さん:

>この潔さを、件の争論編集委員さんが“さっさと”見せて下さったらよかったのに。

"「いやさか」以外にない" と思いこんだということ自体が、マスコミの硬直の現われですから、なかなかね。

今は 「いやさか」 がスタンダードだけど、元々は 「いやさかえ」 から来たんだろうから、うかつに攻めたら返り血を浴びるなと、直観的に気付くべきだったんですよ。

多分、祝詞とか神社の名称などには、「いやさか」 として定着する以前の古い形が生き延びているんでしょうね。

ただ、「いやさかえ」 もあるんだという、古い形を持ち出しての反撃が、過激すぎるという感もありますけどね。

「いやさか」 という中世以降 (近世では既に定着してたみたいだから、多分中世以降と思う) のスタンダードにフツーに馴染んでいたら、あそこまで無邪気な過激さを発揮するのは、ちょっと気恥ずかしくてできなかったかも。

伯父様が神官の乙痴庵さんには、釈迦に説法でしょうけど (何だか神道の文脈にいきなり仏教の言い方で、変な気がしますけど ^^;)、念のため、この場を借りて若い人のために書き添えておきます。

祝詞 は のりと。
祝辞 は しゅくじ。

二つは別物ですから、やっぱり、祝辞という散文形式では、今のスタンダードでいく方が、常識的には安全だというのが、やっぱりあるんです。

そうでないと、中途半端に物知りな物知らずに突っ込まれて、今回みたいなゴチャゴチャになりますから。

投稿: tak | 2009年4月14日 20:54

貴殿ほどのかたがなんでこんな小さなことに必死なのかわからない。
アナウンサーの誤読や新聞の誤字脱字なんてわりと日常茶飯事なのだから誤読指摘したら誤報だったくらいよくあることだろうに。

そんなに自分の信じた新聞が誤りを犯すと言う事実を受け入れるのが苦痛なのですか?

投稿: 小沢二郎 | 2009年4月16日 15:00

小沢二郎 さん:

>貴殿ほどのかたがなんでこんな小さなことに必死なのかわからない。

軽い気持ちで書いたら、思いの外にコメントが着いたので、びっくりしつつ、マメにコメントしただけですので、ご心配なく。

コメントになるべくマメにレスするのは、いつものことで、別に必死というわけじゃありません。

>そんなに自分の信じた新聞が誤りを犯すと言う事実を受け入れるのが苦痛なのですか?

別に。

元々、そんなに新聞を信じてるわけじゃないというのは、本文読んだらわかるはずですけど。

投稿: tak | 2009年4月16日 16:13

そんな事を言うなら、「いやさか」と言う言葉自体、人口に膾炙している言葉とは言えないだろう。
語調からしたら「いやさか」で切るよりも「いやさかえ」と言った方が荘厳な感じがするが。

投稿: 正義の見方 | 2009年4月17日 05:49

正義の見方 さん:

>そんな事を言うなら、「いやさか」と言う言葉自体、人口に膾炙している言葉とは言えないだろう。

はいはい。
確かにギャップのある言葉ですね。
その辺に関しては、翌日の記事を読んでください。

>語調からしたら「いやさか」で切るよりも「いやさかえ」と言った方が荘厳な感じがするが。

それは同感。
だから、本文でもそのように書いてるでしょ。

投稿: tak | 2009年4月17日 07:13

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受信: 2009年4月13日 16:15

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