『唯一郎句集』 レビュー #29
『唯一郎句集』 のレビューも、もう 29回目になった。今回は蟹がテーマの 3句である。蟹といえば冬の風物詩のように思われるが、庄内浜に上がる毛蟹の旬は晩春である。
庄内では蟹だからといって、とりたてて珍重するわけではない。いくらでもあるおいしい食材の一つである。
とはいいながら、やはり蟹を煮込むと特別な感慨がないではない。ちょっとだけ豪勢な気がする。なかなかいい出汁がとれるから、蟹を食い尽くした後の味噌汁だけになっても、とてもおいしい。最後まで楽しめる。
だが、唯一郎はせっかくの蟹を煮込みながらも、人生のそこはかとない哀しみのようなものをのぞき込んでいる。さっそくレビューを始めよう。
これやこの晩春の夜の大きな蟹が煮えて行く
「これやこの」 と言って、大きな楽しみのように蟹の煮えるのを待つ唯一郎。
既に晩春なので、鍋の温もりがとても恋しいという季節ではない。だから、煮える前の楽しみはあまり長く持続しない。煮えていく様を見れば、大きな蟹がただ淡々と煮えていくのみ。
晩春の夜を籠り居て蟹を煮ることのなぐさみならず
晩春の夜、どこにも出かけず、ただ蟹の煮えて行くのをのぞき込む唯一郎。鍋の中の蟹が煮えていくのを見ながら、煮えたらさぞ楽しく食事ができるだろうと思っていたのは幻想だったと気付く。
蟹が何のなぐさみにもならない。煮えていく蟹の甲羅の内側に、何物か別の感慨を覚えてしまう。
ふつふつと泡を立てて蟹が煮えるしづけさ
沸騰する蟹汁の細かな泡立ち。忙しく泡立っているのに、なぜか静かすぎるほど静かだ。
蟹は結局、何の慰みにもならず、ただ泡を立てて煮えていくのみ。もう少し盛り上がれるかもしれないと思っていたが、結局、いつもの憂鬱な俳人である。
本日はここまで。
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