マイコーが教えてくれた
先週の金曜日、朝のニュースでマイケル・ジャクソンが病院に搬送されたと言っていて、昼にインターネットで速報をみると、死亡が確認されたとのことだった。
夜に帰宅すると、今年 22歳の末娘が 「マイコーが死んじゃったね」 と、ぼそりと言った。我が家では、それがすべてだった。
我が家の三人娘は、上から 28歳、25歳、22歳である。長女が生まれた翌年、あの伝説のアルバム "Thriller" が全米チャートで 37週(つまりたっぷり半年以上)にわたってトップに君臨し続けた。次女と三女はまだこの世に存在していなかった。
1987年に "Bad" がリリースされた。私は個人的には、マイケル・ジャクソンはこの "Bad" で終わったと思っているが、この年、我が家の三人娘は、それぞれ 6歳、3歳、1歳だった。3人とも、マイケルの一番すごかった時期を自覚的にはリアルタイムで経験していない。
我が家の娘たちにとってのマイケルは、「昔はとってもかっこよくてスーパースターだったらしいけど、ゴシップまみれのちょっと気持ち悪い人」であるにすぎない。だから 50歳の若さで死んだというニュースにも、「いかにも不健康そうだったもんね」で済んでしまう。
マイケルが一番かっこよかった 1980年代にハイティーンだった 40歳前後の世代からみると、「あの世紀のスーパースターの死に、なぜそんなにも冷淡でいられるのか?」と嘆きたくなるであろうほど、冷静そのものなのである。
それは私の世代が、エルヴィス・プレスリーの死に、とても冷淡だったのと同じようなものだと思う。団塊の世代にとっては死ぬほどかっこよくみえたエルヴィスも、私の世代にとっては、ただの太った不健康そうなおじさんだったのだ。
彼の若い頃の映画をリバイバルで見れば、なるほど、確かにスリムでセクシーでかっこよかったというのはわかるが、晩年の変わり果てた姿の方がリアルタイムのイメージなので、価値観が覆されるまでには到底いたらない。
だから 1980年 12月にジョン・レノンが死んだというニュースをカーラジオで聞いた時には、あまりのショックに手が震えて運転不能状態に陥り、路肩に 30分も停まりっぱなしだった私でも、エルヴィスが死んだと聞いた 1977年は、「ちょうどお盆だしね」なんて、まったく冷静そのものでいられた。団塊の世代にはかなりの衝撃だったようだが。
話は変わって、マイケル・ジャクソンの功績の一つは、英語をカタカナで読むとかっこ悪いということを、日本人に知らしめたことなのではないかと思う。その影響は、我が家の末娘が 「マイコー、死んじゃった」 なんて言っていることにまで連なっている。
"Beat It" は、決して「ビート イット」ではなく、「ビーリッ」であり、"Bad" は「バッド」じゃなく「ベェッ」であり、"Thriller" は「スリラー」じゃなく「トゥイラー」であると、マイコーはあの頃テレビで繰り返し流れたプロモーション・ビデオで教えてくれた。
エルヴィスは自らの南部訛りにそれほどプライドをもっていなかったようで、時代的限界もあって、とくに 60年代になってからは中途半端にきれいな発音を目指していたように思う。だから、団塊の世代のエルヴィス・ファンの多くは、もろにファンキーな英語は苦手なようで、「油煙夏腹」式か、カタカナ英語かのどちらかである。
NHK のラジオ番組でアナウンサーが追悼の意を込めて、「それでは最後に、マイケル・ジャクソンさんの『びーといっと』 をお送りします」なんて言うのを聞くと、私はかなり脱力してしまうのである。
【2020年 3月 19日 付記】
上記の「油煙夏腹」のリンク先の YouTube 動画は削除されたようで閲覧できなくなっている。元々は "Hound Dog" のビデオにリンクされていた。
歌詞の最初の "You ain't nothin' but a hound dog" が「油煙夏腹 ハウンドッグ」と聞こえていた。
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