『唯一郎句集』 レビュー #32
『唯一郎句集』のレビューも、32回目になった。今日からは "「群像」 時代" と名付けられた章に入る。ところが、この 「群像」 というのが、なんだかよくわからない。
講談社の月刊文芸誌『群像』は、戦後の創刊だから関係なかろう。昭和初期にその前身があったとは、聞いたことがないし。
というわけで、「群像」というのが何かはわからないまま、その気がかりを忘れてレビューを進めるということになる。1ページに 2~3句ずつ載っているので、毎回 1~2ページ分のレビューをするとして、大体 10回ぐらいかかるだろう。
この章の最初は、6月に読まれたらしい句である。ちょうど今頃の季節だが、昭和初期の 6月である。読者には、タイムマシンに乗っていただきたい。
唯一郎が 25歳ぐらいまでの 3年ぐらいの間の句は、この「群像」時代として掲載されているようだ。とりあえずレビューを始めよう。
六月の満月をまともに浴びさしてやる幼児の掌
6月は日が長い。夜の七時を過ぎてもまだ薄明るく、7時半を過ぎてようやく夜になったような気になる。だから 6月の満月が満月らしく皓々と見えてくるのは、東の地平線の間近ではなく、かなり上に昇ってからのことだ。
「幼児」というのは、自分の子どものことだろう。亡くなった私の伯父である。多分、縁側で子どもの頃の伯父を膝に抱え、その手を取っていると、満月の光に照らされて、掌が白く映えるのだろう。
伯父は物静かな人だったから、唯一郎の膝の上で、おとなしく月に照らされる自分の掌を見つめていたのだろう。
あまり直截的な感情表現をしない唯一郎の、我が子への静かな情愛が感じられる。
貧しき友の顔ならびたり霧雨の夜の苺皿
子どもの頃、貧しい友達が唯一郎の家の苺のご相伴に押しかけている図を想像していたが、もちろん、それは読み誤りである。
霧雨の夜、苺皿に盛られた苺を見ていると、友の顔を思い浮かべてしまったというのである。「貧しき友」と言ったのは、ご愛敬だ。
昔の苺は形も色も一様ではなかったので、さぞ多くの友の顔が思い浮かんだのだろう。苺を見ても、さっさと食べるのではなく、あらぬことを思い浮かべる唯一郎である。
阿弥陀経を誦んで居る桐の花が匂ふて來る
30回目のレビューに、「ある時の親鸞はかくもかなしく雪国の炭火ふきけんや」という句が出てきた。その時にも書いたが、唯一郎の家の宗旨は浄土真宗である。酒田は浄土真宗と禅宗の多い土地柄だ。
唯一郎は浄土真宗の信心が篤かったようだ。般若心経よりずっと長い阿弥陀経を誦んだほどだから、大したものである。もっとも、浄土真宗では般若心経は誦まないが。
桐の花は 6月頃に咲く。紫色の花である。高貴な桐の匂いを覚えながら阿弥陀経を誦む唯一郎の心の中の浄土とは、どんなものだっただろうか。
本日はこれぎり。
【平成 22年 4月 26日 追記】
その後いろいろ調べたところ、荘内日報社の 「郷土の先人・先覚」 シリーズの中の 「白幡浩蕩」 のページに、以下の記述を発見した。(参照)
酒田では荒木京之助、村田としを、竹内唯一郎、佐藤北冠郎らが『群像』という文芸誌を発行、浩蕩も仲間に加わっている。
というわけで、この『群像』はローカルな文芸誌とわかった。
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