『唯一郎句集』 レビュー #39
『唯一郎句集』の本としての体裁を説明するのを忘れていた。なかなか凝った造りで、なんと和紙の袋とじに、紺色の布張りハードカバーがついている。
活字も何体というのかはわからないが、ちょっと変わったクラシックな書体で、大正ロマンを彷彿とさせる雰囲気をもっている。
酒田市内のいろいろな図書館にも寄贈されたようで、探せば高校の図書館の蔵書にはあるだろう。ただ、出版されてから半世紀近く経ているので、もしかしたらだいぶ傷んでいるかもしれない。私がこのほど古書店のネット販売で探し当てたのは保存状態がとてもいいので、ありがたいことである。
さて、レビューに入ろう。
汽車のまねごとをする食卓の春のものなど
食卓で汽車のまねごとをしているのは、唯一郎の子どもたちだろう。私は「伯父」としての印象しかないが、子どもの頃は食事をしながら「しゅっしゅっぽっぽ」などと言っていたのかと思うと、ほほえましい。
こうした家族団らんの雰囲気を語る場合も、唯一郎はまるで照れているかのように、よそよそしい語り口である。
鱒とり舟のけふもおもたきしぶき
庄内浜特産の桜鱒は、春を告げる魚である。焼いたものとニラを取り合わせて食べると、ものすごくおいしかったりする。
その桜鱒を獲る舟が港に戻ってくる。(漁に出るのは夜明け前だろうから、多分、これは帰港する舟の様子だろう)
船首が波を切る。しぶきがあがる。「おもたきしぶき」と表現しているところが、臨場感をただよわせる。
きぎすが啼くたらの芽のとぼしきかたち
「きぎす」は雉(キジ)の古語。唯一郎は意識してこうした古めかしい言い方をするのが好きだ。自由律の俳人としては珍しいことなのではなかろうか。
たらの芽は、庄内の春のごちそうである。天ぷらにして食べると、本当においしい。庄内はおいしいものには事欠かない土地である。
あまりおいしいので、たらの芽は乱獲される。本来は、少しは残しておかないと木自体が育たなくなってしまうのだが、ほんの少ししか残されない。
山の中でそんなようなちょっと情けない様子をみる唯一郎の耳に、キジの甲高い鳴き声が響く。
本日はこれぎり
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