『唯一郎句集』 レビュー #48
世の中は総選挙目前の慌ただしさと、芸能界の麻薬騒ぎでかなり浮き足立っているが、こうした時こそ浮世離れして、昭和初期の自由律俳句に浸ってみよう。
「海紅」に載せられた初期の句は、唯一郎の、多分二十歳前の作だ。このレビュー初期の瑞々しい感性に、再び触れることになる。
とりあえず、レビューを開始しよう。
工夫ら空を見ながら時鳥を聞いているのか
俳句とは無関係の話だが 「工夫(こうふ)」は ATOK では変換されない。MS-IME では変換されたが、ATOK はこの言葉を「差別表現」と思っているようだ。いちいち単語登録するのも面倒なので、「くふう」と入力して変換した。ちなみに放送禁止表現にもなっているようだ。
そのような堅苦しい自主規制のない時代の句である。唯一郎にことさらな差別意識があったとも思われない。「工夫」という単語を素直に受け取っておこう。
線路工事だろうか、道路工事だろうか。それとも川の護岸工事だろうか。あるいはホトトギスの声が聞こえるぐらいだから、林道の工事といったところだろうか。
工夫らが誰ともなく一斉に手を止めて、空を見上げる。「キョ、キョ、キョ…」 という鳴き声が聞こえる。
ホトトギスの表記は「時鳥」以外にもいろいろあって、文芸関係者ならば、「子規」「不如帰」の方が馴染みがあるだろう。敢えて「時鳥」と書いたのは、工夫らが辛い作業の終わりを待つ気持ちが通じたのだろうか。
姉の部屋まで百合をもたされ去りがたきまま
唯一郎には姉がいたようだが、彼の句の中にはあまり登場しない。父と母はしょっちゅう出てきて、とくに母親にはとても孝行を尽くしているが、姉にはどんな想いを抱いていたのだろうか。
姉の部屋に百合を持たされて、そのまま去りがたいというのである。多分白百合だろう。その白百合の花がよほど部屋の雰囲気に似合ったのだろう。姉のいない姉の部屋が、異次元のように感じられる。
姉とはいえあまり親しげに接することのできない、昭和初期の青春期の想いが現れている。
握れるだけの麻を引き抜きさりげなしや
私は見たことがないが、昔は酒田にも麻畑があったようだ。麻袋などというものがあるように、当時は今よりもすっとありふれた繊維原料だったのだろう。今のように煙を吸うなどということは、少なくとも酒田あたりではあまりなかったようだ。
麻の生育は早い。あっという間に背丈以上に伸びる。その麻を握れるだけ握って引くと、生育が早いだけに根もそれほど頑強ではなく、案外するりと抜けるのだろう。それが「さりげなしや」と表現されている。
シティボーイである唯一郎の受けた、思いがけなく新鮮な感触。
本日はここまで。
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