『唯一郎句集』 レビュー #53
今回は晩夏から秋にかけての 3句。最初の句は鳥海山に登ったときの句である。といっても、頂上まで登ったわけでもなさそうで、麓の高原を散策した程度なのではなかろうか。
鳥海山行 (一句)
雲が動いては冷たく退き鳴く鳥もありけり
鳥海山はその麓を日本海に没しているので、海風をまともに受ける。だから雲の動きもとても速い。さっきまで見事な姿が見えていたと思ったら、すぐに雲に隠れてしまうということもある。
ただ、この日は小さな雲がどんどん流れていくという天気だったのだろう。流れる雲は山頂の影に消えていく。風が冷たい。その中で鳥の鳴く声も聞こえる。
「冷たく退き」といういかにも唯一郎らしい新感覚派的な表現もあるが、基本は写生である。大きな自然の中で、写生に徹するしかないと思ったのだろうか。
構ってくれる者なく虫を飼っては出歩くや
孤独癖のある唯一郎は、虫を飼っていたようだ。鈴虫の音が毎夜聞こえただろう。
人と会っているよりは虫を相手にしている方が気楽だったのだろうか。しかし、その虫を後に、出歩く用事もある。浮き世の義理もあるのだが、それについてはつまびらかにするほどのことでもない。
醸造人の小さな眼にて秋になっても萩が乱れける
年老いた醸造職人の、しわだらけの眼は小さい。その眼で眺める世界に、萩の花が咲き乱れている。
あの豊富な萩の咲きようが、小さなめにも映っている。一杯に映っている。醸造職人の心が秋に満たされる。
本日はこれにて
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