『唯一郎句集』 レビュー #55
昨日はたった 1句のみのレビューだったが、今日は一転して 4句もある。しかもわかりやすいようにみえて、実はちょっと難しいところもある句なので、難儀である。
文字通りの単純なわかりやすさというのは、実はその奥の何かを隠すための、隠れ蓑だったりすることもある。
今回の 4句は、そんな感じのする句である。それだけに、何となく一筋縄ではいかないような気がする。さらりと流してしまっては、唯一郎の術中にはまることになるのかと用心しなければならない。しかし、案外さらりと流す方がいいのかもしれないなどと、さらにまた余計なことまで考える。
とりあえず始めてみよう。
女教師茸汁を吸ひながら様々な案山子など思ひ出して
女教師といえば、唯一郎の初期の頃の作品に 「醜い女教師の朝寝よ枕辺の団扇よ」というのがある。そしてその次に「黒い襟巻の伯母が鰊の煙の中にて叫び」という句がある (参照)。
もしかしたら、この女教師は唯一郎の伯母と同一人物で、身近に暮らしていたのかもしれない。当時のことだから、女教師になれるのはそれなりの家柄の女性だったのだろう。そして唯一郎は、この人があまり好きじゃなかったのではないかと思う。
困ってしまうのは、どうしてここに「様々な案山子」が出てくるのかということだ。この頃の唯一郎はシュールレアリズム的な感覚がものすごく強いので、読む方はあれこれ余計なことを想像してしまう。
女教師がとろみの強い茸汁を、ずずっと音を立てて吸う。そして「様々の案山子」。なんとなく通じてくるイメージがあるが、それを具体的には書き表せない。レビューしにくい句である。
案山子が一列に見えてはおかしいこともある俺の家で
当時は唯一郎の自宅兼印刷工場から、田んぼが見渡せたのだろう。彼岸が過ぎて稲刈りの季節である。案山子がずらりと並んでいる。
前の句の女教師が思い出したのは、このずらりと並んだ案山子なのだろうが、おそらくその背後に、もっと別なものをみている。世のしがらみを背負った別のものである。
しがらみを背負ったものが、一列に並んで見える。それはおかしいと唯一郎は思う。しがらみは様々に見えても、その奥に共通した不条理がある。
女が朝に歩いて小鳥網にからまつてから日が出で
ここに出てくる 「女」も、伯母であり、女教師である人物かもしれない。この人物がなぜか、夜明け前に畦道を歩く。
薄明の中で、霞網にからまった雀がもがいている。その横を女が歩く。無表情に歩く。そうこうするうちに、東の山から日が昇り、世界が明るくなる。
不思議なイメージの句である。
片仮名の手紙に野菊など描いて其日は安心で
手紙を書いてそれに野菊の絵を添える。今でいう絵手紙みたいなものだ。
その手紙は、カタカナで書いた。どうしてカタカナなのだろうか。まず考えられるのは、子ども宛の手紙だからではないかということだ。近代の子どもだから、活字で育っていて、流麗に続けた変体仮名は読めない。
もしかしたらこの手紙を書いたのは、唯一郎ではなく、女教師なのかもしれない。教え子宛に絵手紙をしたためて、安心した気分になったということなのか。
あるいは、唯一郎がこの女教師である伯母宛にカタカナの手紙を書いたのか。敢えてカタカナにしたのは、本心を隠すためか。それはなんとも言えない。
本日はこれぎり。
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コメント
(ご家中のことをあれこれ申し上げます。ご了承ください。)
このおば様という方、ご一家の中では“浮いた”存在だったのでしょうか。
案山子の言葉も、このおば様に意見しづらい他のご一家の面々を表現しているのか、と、感じ入ってしまいました。
はじめは案山子という言葉から、おば様のご職業柄、指導する児童、生徒の『居並ぶ頭』を想像しました。
しかしながら、『一様にモノもいわず、距離を保っている皆様』を想像し、唯一郎さんがそのはけ口として、これら句を発せられたのではないかと、僭越ながら思った次第です。
…アタクシは家の中で、案山子然たるや、ひとり。
投稿: 乙痴庵 | 2009年8月25日 13:59
乙痴庵 さん:
>このおば様という方、ご一家の中では“浮いた”存在だったのでしょうか。
私は唯一郎の血のつながった孫ではありますが、母は養女に出された存在ですので、唯一郎の家系については、あまり親しくは知らないのです。
ですから、今回のレビューは、かなり想像でものを言っています。いかにもありそうということで。
投稿: tak | 2009年8月25日 19:41