『唯一郎句集』 レビュー #60
近頃、やたらと忙しくて静かにものを考えるという暇もないうちに、またしても週末がきた。というわけで、週末恒例の 『唯一郎句集』 レビューである。
句集の中の季節の進み具合は、さらに早い。もう晩秋から初冬である。酒田の晩秋から初冬は、かなり重い季節感がある。
あれこれ言わずに、スピーディにレビューをしよう。今日は 4句である。
女の饒舌の前に腹をつき出してる男と真っ黒な炭と
火鉢の廻りの光景だろうか。女が饒舌にしゃべりまくる。男は黙りこくって腹を突き出すばかり。その静かなること、まだ赤くなる前の炭のようだという。
働きくらし母と語り更かせば寒菊ばかり
もう唯一郎の父は亡くなっているのだろうか。前々回のレビューで 「父が居眠りをして父の活けた菊の前で長男であり」 という句を取り上げたが、時間的に飛躍がある。しかし、どうも亡くなっているとしか思われない。
このあたりは、句集のまとめ方自体に、時系列に沿って性格に並べられたとも思われないところがあるので、仕方がない。
父の亡き後、家業を継いで忙しい暮らしが始まった。母と話し込んでいるうちに夜は更けていく。廻りは寒菊ばかりになっている。余所余所しい感じがするのは、これが本当に自分の暮らしなのかという実感が伴わないからだ。
動物園の雪朝よ悲しく胸をもだへたる大象の足踏み
酒田に動物園があったという話は聞かない。いや、もしかしてあったんだろうか。そう考えると、あってもいいような気がする。子どもの頃、身近に象のいる動物園があったような錯覚にさえ捉えられる。
いや、そんなことはどうでもいい。雪の朝に悲しくもだえつつ足踏みする大象の姿が思い起こされればいい。
本来ならば、雪の降る場所になどいないはずの象である。自分本来の居場所ではないところで、足踏みしているしかない悲しい存在である。
月光の雪のいきりに咽せ拾ひたるむらさきの手袋
「雪のいきり」とは、ちょっと意表をつく表現だ。「いきる」とは勢い込むこと。「いきり立つ」などという場合の「いきる」である。珍しい月夜の晩、積もった雪が瞬間的な強風に吹かれて地吹雪となり、それに咽せてしまったのだろう。
そしてふと下をみると紫色の手袋が落ちている。それを拾い上げる唯一郎。月光、白い雪、紫色の対比。
本日はこれぎり。
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