「八ッ場」と書いて「やんば」と読むわけ
今話題の「八ッ場ダム」の話である。このダム建設計画、1952年から持ち上がって、今なおぐずぐずしているそうなのである。
1952年といえば、私の生まれた年だ。素人考えでは、半世紀以上もなくて済んでいるのだから、今さらいらないんじゃないかと思ってしまうのだが、どうなんだろう。
深く調べもしないでどうこう言いたくないので、ダム建設の必要性については、これ以上は言わない。ただ、私がものすごく興味をもってしまったのは、「八ッ場」と書いて「やんば」と読むという、世にも珍しい表記についてである。
結論を先に行ってしまうと、「八ッ場」は昔は「やつば」と読まれていて、いつの頃からか音便化して「やんば」になったのだろう。小さな「ッ」の字は、正式の文字と言うよりは「やば」などと誤読されるのを防ぐための「補助表記」みたいなもので、だからこそ小さく書かれてきたのだろう。その表記のみが残ってしまったのだ。
地名としての「八ッ場」は今は残っていないようで、Wikipedia では「群馬県吾妻郡長野原町川原湯地先」とされている。Google Map でも、群馬県付近の 八ッ場」に該当するのは「八ッ場ダム」建設関係の 5カ所の事務所しか見当たらない(参照)。 最寄り事務所の住所は「吾妻郡長野原町大字川原湯 395-1」ということになっている。
それにしても、できるかできないかわからないダム建設のために、これらの 5カ所の事務所を維持するだけでも結構な無駄遣いのように思える。
まあ、建設予定のダムの名前になるぐらいだから、昔は「八ッ場」という地名があったのだろう。前述の通り、正式には「やつば」だったのが音便化によって「やんば」 に変化したのだろう。「ば(ba)」と発音するには上下の唇を合わせるので、それに引きずられて「つ」が「ん (m)」に変わるのは十分あり得ることだ。
ただ、「やんば」が正式な読みと認められてからも表記が「八ッ場」のままというのは、なかなか珍しい。「やつば」だろうが「やんば」だろうが、表記は「八場」ぐらいにしておけばいいのに、なんでまた「ッ」という文字を挟み込まなければならないのかが、より興味深い問題である。頑固に「ッ」を守り通したことには、何か特別な理由があるはずなのだ。
この件に間して 「千日ブログ」 の管理人さんが、Wikipedia で「っ」を引いて、大きなヒントをつかまれている(参照)。以下に Wikipedia の記述を引用する。
以前は「っ」は数助詞としてのみ使用され、現在でも地名や人名など使用されているケースが多い
- 数助詞として「ッ」が使われている例
- 三ッ里村、三ッ島、三ッ林弥太郎、六ッ川料金所、岡崎市立六ッ美中学校、八ッ場ダム
ここに挙げられている例の読みを調べると、「みつさと」「みつしま」「みつばやし」「むつみ」「やんば」 である。「やんば」以外は、小さな「ッ」を促音でなく「つ」と読む。(六ッ美中学校の地元での略称は 「むっちゅう」 だそうだが、それはまた別の問題)
それも自然なことで、どれも、「つ」と普通に読む方が言いやすく、促音の方が発音しにくい。試しに 「みっむら」 「みっしま」 「みっばやし」 などと発音してみると、不自然さがよくわかる。それなのに、文字表記の時だけ小さな「ッ」になるというのは、筆文字の昔からの慣習的表記が、ずっとそのままになっているということなのだろう。
筆文字の時代は、字の大きさに厳密な決まりなんてなかった。例えば「饗応」のふりがなを「きょうおう」と書くようになったのは近年のことで、昔は「きやうおう」(「きゃうおう」ではない)と書いた。「観音」のふりがなは「くわんおん」または「くわんのん」だった (「くゎんおん」「くゎんのん」 ではない)。
同様に、昔は促音を表わす 「っ」 や 「ッ」 を小さく書くなんていう決まりもなかった。「納豆」のフリガナは「なつとう」とふられたのである。そしてここが今回の記事で一番大切なことだが、上記の例の「三ッ里」「三ッ島」なども、促音を表すのでは決してなかったのである。
これも前述の通り、誤読防止のための「記号」とか「補助表記」的な意味合いで「ッ」が小さく添えられたのだろう。それぞれ「みさと」「みしま」「さんばやし」「むかわ」「ろくび」「やば」 などと誤読されるのを防ぐために、便宜的に「ッ」の字を挟んだのだ。
字の大きさに無頓着だった昔でも、あくまで誤読防止のための補助表記的なものだから、敢えて小さく書かれたのである。ところが、それがいつのまにか定着した表記になり、盲腸みたいな形で今に残っているのだろう。
だから 「八ッ場」 も、昔はほぼ確実に 「やつば」 という読みだったのであり、本名「やつば」、通称「やんば」で、本名の方は既に忘れ去られたが、字で書くときだけ先祖返りしているということなのだ。
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コメント
群馬県知事 「地元住民や関係市町村、一都五県の意見を聞くことなく建設中止したことは言語道断で極めて遺憾。」
埼玉県知事 「民主党の公約そのものがルールを無視したもの。」
東京都知事 「基本的に建設反対に反対。7割もできているプロジェクトをやめる意味は、理解できない。」
立地予定の群馬県を除く周辺の1都4県の知事は、中止の際には支出済みの負担金約1500億円の返還を求めることで一致した。
投稿: 在日民主党 | 2009年9月19日 14:16
在日民主党 さん:
人のコメントで語るというコメント手法ですな。
投稿: tak | 2009年9月20日 21:33
何とも不思議な表記ですよね。小さな「ッ」も?だったのですが、そんなに使われているとは知りませんでした。
もう一つ名前が上がっている川辺川ダムというのも不思議な名前です。川辺という地名があってそこを流れている川のことかとも思ったのですが、そうでもないようで…。
投稿: ぐすたふ | 2009年9月22日 18:47
ぐすたふ さん:
>小さな「ッ」も?だったのですが、そんなに使われているとは知りませんでした。
小さな「ッ」は、やっぱり補助記号とみるべきですね。漢文の 「レ点」 みたいなもので。
>川辺川ダムというのも不思議な名前です。
もし私に命名権があったら、絶対にそんな名前にはしたくないという気がする名前です ^^;)
投稿: tak | 2009年9月22日 20:18