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2009年10月22日

比喩的表現の 「王手」 を英語では?

日米のプロ野球のポストシーズンが進んでいて、スポーツニュースは「フィリーズがワールド・シリーズ進出に王手をかけた」などと、ずいぶん盛り上がっている。

で、私としてはちょっと引っかかってしまうのが、「王手をかける」という比喩的表現を英語でどう言うかである。

チェスでは、王手をかけることを "check" という。勝負が決まったら "checkmate" だ。ところが、英語でチェス以外の分野において、「あと一手で決まり」 という意味の比喩的表現として "check"という言葉が使われている場面を、私は見たことがない。

試しに Goo 辞書で検索しても、将棋やチェスにおける直接的表現のみだけで、比喩的表現は見当たらない。Weblio という辞書サイトに当たると、研究社の和英中辞典に次のようにあるのが見つかった。(参照

【将棋】 check
王手する, 王手をかける check [give check to] 《the opponent's king》; 〈比喩的〉 be just one step [game, etc.] 《from》

なるほど、"I am just one step from winning the game."(勝利まであと一歩だ)なんて言い方をするわけね。

その他の言い方を探していたら、ウェブリブログの英語 Brush Up というサイトに、まさにおあつらえ向きの用例が見つかった。(参照、一昨年の記事なので注意)

ボストン・レッドソックスは、10月 22日のゲームで、クリーヴランド・インディアンスを破り、アメリカン・リーグの優勝を決めた。4試合を終えた時点で、1勝 3敗と負けていた状態を、日本のメディアでは「王手をかけられた」といい、その後、2勝して、3勝 3敗となると「逆王手をかけた」と報じた。

(中略)

上述のような状況を、MLB オフィシャル・サイトの英語では、どのように表現されているかを見る。

Boston completed its dramatic comeback from 3-1 down in this series.
(ボストンは、このシリーズ1勝3敗で王手をかけられていたが、その苦境から劇的な脱出をなしとげた。)

3-1 down なら「1勝3敗て負けている状況」、3-1 up は「3勝1敗で勝っている状況」ということになる。

In all, 66 teams have faced a 3-1 deficit in the postseason and the Red Sox became just the 11th to crawl out of it.
(ポストシーズン史上、全部で 66のチームが、3-1で負けている状況(王手をかけられた状況)に直面したが、レッドソックスは、そこから抜け出した 11番目のチームになった。)
     (10/22/2007 2:31 AM ET/Bring on the Rockies/By Ian Browne / MLB.com)

英語では、チェス用語の to check, to checkmate などを、この意味で利用することはないようだ。

ということで、英語では "check" という単語を 「王手をかける」 という意味合いで比喩的に用いることはまずないとみていいようなのだ。「切羽詰まった状態」ということを言いたいのなら、"critical situation"(決定的状況)というそのものズバリの言い方があるし。

それにしても「王手をかける」という、こんなにも比喩的にうまく言えている言い方が、英語では使われないのはなぜか。それは、単純なことだと思う。

日本語の「王手」というのはまさに明確な意味を持っていて、比喩的に使いやすい言葉なのだが、英語の "check" というのは、意味が広すぎて使いにくいという、それだけのことなのだろう。

英語で  "check" といえば、調べる、確認する、抑える、小切手を出す …… 等々、いろいろ広い意味があって、日本語でいうところの「王手」ほどの明確なイメージを醸し出せない。かといって "checkmate" と言ってしまうと、それは既に勝負がついてしまった状態を言う場合が多いので、ニュアンスが伝わらない。

それにしても、日本語の「王手」は便利な言葉である。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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言葉」カテゴリの記事

コメント

>ところが、英語でチェス以外の分野において、「あと一手で決まり」 という意味の比喩的表現として "check"という言葉が使われているのを、私は見たことがない。

それは実は「あと一手で決まり」という意味で「王手を掛ける」(check)という言葉を使うことが、そもそも間違っているからだったりして……。

将棋(チェス)用語としては、王手(check)なんてのはいくらかけられても、防げる限りは痛くも痒くもないのです。王手をかけ続けた末に、一回も王手をしてこなかった相手に降参(投了)して負ける、という状況も何ら不思議ではありません(まぁよほどの大差でないとこのようなことは起こりませんが)。

だもんで、将棋の世界では、たとえば7番勝負の名人戦で一方が3勝となった場合、「名人位に王手をかけた」という表現はまず使いません(将棋を知らない記者が書くことはあるでしょうが、将棋関係者からは笑われます)。

瀬戸際まで追い詰めてた「後がない」状態は、「必至」ですね。といっても、将棋の世界でも、番勝負で相手を追い詰めた状態を「必至をかけた」とはあまり言わないように思います。

投稿: 山辺響 | 2009年10月22日 15:50

山辺響 さん:

>それは実は「あと一手で決まり」という意味で「王手を掛ける」(check)という言葉を使うことが、そもそも間違っているからだったりして……。

私は将棋がわからないんですが、たしかに、やたらと王手ばかりかけるのはヘボだそうですね。

投稿: tak | 2009年10月22日 16:44

ご無沙汰しておりました。
珍しく長期出張ができて、伺えませんでした。

今、小学校1年生の息子に将棋を教えているところです。(今は私が6枚落ちですが)
ただし、私もヘボですので、詰めるに当たっては「王手」「王手」の連続です。(笑)

そういえば、確かに翻訳物の小説を読んでいても相手を追いつめた表現で「チェックメイト」の表現はあっても、「チェック」の表現はありませんよね。

勉強になりました。

投稿: 雪山男 | 2009年10月22日 17:33

比喩表現として面白い例ですね。なるほど勝負事でにっちもさっちもいかない状況は、ゲームにおいてル-ルが定まっている限り、客観的に存在する筈です。もちろんそれは「先が無い」という予測でしかありません。

checkmateという二つの語の合成語は、私は十分に比喩表現として使えると思います。但し、上の野球の場合、当日試合をして九回最後のバッターがアウトになるまではその状況にはなりません。そうしたルールだからです。

しかし、例えばサッカーでロスタイムが僅かな所でもし二点差目のゴールが決まったとしたらそれは客観的に王手でしょう。そうしたルールだからです。

言葉はそれを使う文化そのものですね。

投稿: pfaelzerwein | 2009年10月22日 18:04

One more win and … みたいな言い方がオーソドックスなんじゃないかという気がしますが、比喩表現でもなんでもなくて「あと一勝で」になっちゃいますね。

将棋と言えば、ボナンザという有名なソフトがあります。出てきた時点でかなり強かった上にどんどん進化していて、もう普通の人はまず勝てません(-.-
http://www.geocities.jp/bonanza_shogi/

囲碁ソフトの世界でも最近日本ががんばっているみたいですね。こういうのは個人的にはかなりわくわくするんですけど、チェスみたいに人間の名人すら勝てなくなってしまうとそれはそれで悲しいものがあります…。

投稿: ぐすたふ | 2009年10月22日 18:33

日本語の 「王手」 は便利な言葉 - ここまで読んで補筆です。

やはり日本語のこの常套句は、ややもするとヘボ将棋の「待った」の意味合いまで含んでいるのかと感じました。そしてその追い込まれた状態も近未来の予測よりも、心理的な趣に重点が置かれているのかと。

投稿: pfaelzerwein | 2009年10月22日 22:41


王手って、ヘボ将棋なら、全く不利で負けることがわかっている時に、悔し紛れに(笑)相手の玉頭に歩を指したとしても一応は「王手」です
玉がどうしても対応しなければならない差し手ではあるものの、大局・趨勢とは関係がないものだと思います

一方、チェスでのcheckmateの場合は、将棋で言う必至の状態に追いつめられた上で最後の詰めの一手を指された(指す)場合を示すものでは無いでしょうか?

投稿: alex99 | 2009年10月23日 00:00

checkと言う言葉が広い意味で用いられる事ともう一つは、将棋とチェスのルールの違いじゃないでしょうか。
将棋では駒の配置上、王手が掛かるのはある程度手数を踏んだ後で、中盤といって良い状況だと思いますが、チェスではキャッスリングを防ぐといった明確な目的も合って序盤から頻繁にcheckを行います。
それとチェスでは引き分けに逃げられる場合が有る点も、王手とのイメージの違いかも知れません。

投稿: clark | 2009年10月23日 10:02

たしかに、check という単語では意味の範囲が広すぎて比喩として使われるには至らなかったんでしょうね。
チェス自体がそれほどポピュラーじゃないというのもあるのではないでしょうか。むしろ、野球の用語を使った比喩が他のこと(チェスも含めて)に使われることの方が多いでしょう。"Two men out in the bottom of the ninth" とか "swing and miss" とか。"Home run"もそうですよね。
こう考えると、いかに日本人の生活に将棋が浸透しているかがわかりますね。王手って便利な表現ですよね。

投稿: きっしー | 2009年10月23日 10:12

雪山男 さん:

>そういえば、確かに翻訳物の小説を読んでいても相手を追いつめた表現で「チェックメイト」の表現はあっても、「チェック」の表現はありませんよね。

ほほう、「チェックメイト」 という比喩表現はありますか。
私は見たことがありませんでした。

投稿: tak | 2009年10月23日 16:21

pfaelzerwein さん

(コメント二つ分、まとめレスです)

>言葉はそれを使う文化そのものですね。

まさにそうですね。

>やはり日本語のこの常套句は、ややもするとヘボ将棋の「待った」の意味合いまで含んでいるのかと感じました。そしてその追い込まれた状態も近未来の予測よりも、心理的な趣に重点が置かれているのかと。

なるほど。
シリアスな意味での Critical stuation までは行ってないですね。確かに。

投稿: tak | 2009年10月23日 16:27

ぐすたふ さん:

>One more win and … みたいな言い方がオーソドックスなんじゃないかという気がしますが、比喩表現でもなんでもなくて「あと一勝で」になっちゃいますね。

そうなんですよ。それが問題です ^^;)

>チェスみたいに人間の名人すら勝てなくなってしまうとそれはそれで悲しいものがあります…。

いずれ、将棋もそうなっちゃうんでしょうかね。

投稿: tak | 2009年10月23日 16:29

alex さん:

>一方、チェスでのcheckmateの場合は、将棋で言う必至の状態に追いつめられた上で最後の詰めの一手を指された(指す)場合を示すものでは無いでしょうか?

私は将棋もチェスもからきしですが、理解としてはそういうものだと思っています。

投稿: tak | 2009年10月23日 16:31

clark さん:

>checkと言う言葉が広い意味で用いられる事ともう一つは、将棋とチェスのルールの違いじゃないでしょうか。
>将棋では駒の配置上、王手が掛かるのはある程度手数を踏んだ後で、中盤といって良い状況だと思いますが、チェスではキャッスリングを防ぐといった明確な目的も合って序盤から頻繁にcheckを行います。

なるほど、check は 王手よりずっと軽いわけですね。

投稿: tak | 2009年10月23日 16:32

きっしー さん:

>むしろ、野球の用語を使った比喩が他のこと(チェスも含めて)に使われることの方が多いでしょう。"Two men out in the bottom of the ninth" とか "swing and miss" とか。"Home run"もそうですよね。

なるほど、向こうは野球の方が比喩の元になりやすいと。

投稿: tak | 2009年10月23日 16:34

や、そうでもないです。最近のプロ将棋は従来の常識がどんどん覆されていて乱戦模様になることも多く、序盤からけっこう王手がかかる局面もあります(もちろんそれが死命を決する王手ではないんですが)。

投稿: 山辺響 | 2009年10月23日 18:07

Check を比喩として使っている例がないかと調べていたら、ちょっと面白い記事を見つけました。

http://74.125.153.132/search?q=cache:ZuJM7I6gXYgJ:www.grammarphobia.com/blog/2009_08_01_grammarphobiacom_archive.html+check+metaphor+%22+A+move+in+chess&cd=10&hl=ja&ct=clnk

(スクロールしていって、緑に反転している言葉があるあたりです)

この説明によると、元々はペルシア語の Shah(君主)が「王手」の意味で使われていたのが古期フランス語の eschec になって、その複数形の eschecs から英語の chess と check が派生したみたいですね。同語源だったとは驚きです。チェック柄も小切手も全部チェスが起源なんですね。

ついでに「王手」に近い表現も調べてみたのですが、見出しでは、'one step from' の間に away が入った表現 (例:Davydenko one step away from his first Asian title) や '(just) one win (away) from' (例: Dodgers one win away from playoffs)なんかも結構使われているみたいです(他にもあるのかもしれません)。でも、やっぱり日本語の「王手」のほうが味わいがありますね。

山辺さん:
将棋は新戦法が生まれているという話は新聞で目にしていましたが、序盤から王手ですか。人間のほうもどんどん進化しているようで頼もしいですね。

投稿: ぐすたふ | 2009年10月23日 19:18

山辺響 さん:

>最近のプロ将棋は従来の常識がどんどん覆されていて乱戦模様になることも多く、序盤からけっこう王手がかかる局面もあります(もちろんそれが死命を決する王手ではないんですが)。

いやはや、この記事のコメント欄みたいですね ^^;)
いろいろひっくり返る。

それにしても、ずいぶん将棋に詳しいですね。

私は将棋には本当に向いていないんだと思います。
何しろ、最初の一手を指す前に、「せっかくこんなに整然と並んでバランスの取れた局面を、どうして崩す必要があるんだ」 なんて思ってしまいます。

碁に至っては、見てもさっぱりわからず、「うぅむ、ファンタスティック!」 と思うばかりです ^^;)

投稿: tak | 2009年10月23日 20:07

ぐすたふ さん:

貴重な情報、ありがとうございます。

Chess と Check が同語源ということには、ちっとも思い至りませんでした。

「へぇ~、へぇ~、へぇ~ ……」 繰り返したくなっちゃいました。

One step from は、「あと一歩」 というところなんでしょうが、慣用句としての 「王手をかける」 の方が、確かに便利ですね。
(たとえプロ棋士に笑われても ^^;)

投稿: tak | 2009年10月23日 20:16

自己レスで失礼します。

>古期フランス語の eschec になって、その複数形の eschecs から英語の chess と check が派生したみたいですね

読み違えてました(^^;

「古期フランス語の eschec とその複数形の eschecs から」ですね。

辞書によるとeschesからchess、 eschecからcheckということのようです。

ちゃんと読まないといけませんね…。

投稿: ぐすたふ | 2009年10月23日 20:19

ぐすたふ さん:

詳細情報ありがとうございます。

同じ語の単数形と複数形から異なる単語が派生するあたり、欧米語らしい話ですね。

投稿: tak | 2009年10月24日 11:19

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