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2009年10月26日

今さらながら、加藤和彦の死について

加藤和彦の死から 1週間以上経ち、なんとなく落ち着いてきたので、ちょっと私なりの思いを書いてみたい。

先週(22日)にまこりんさんが、センチメンタリズムに流れないクールな論評を書かれている(参照)ので、私が敢えて新たに書くべきことは、あまり多くないような気もするのだが。

加藤和彦(私としては当然にも彼をミュージシャンと思っているので、ミュージシャン一般同様に、敬称略で表記する)がフォークルで世に出たのは、1968年、私が高校 1年の年だった。「フォークブーム」と言われていた頃で、私も安物のフォークギターを買って、PPM なんかコピーしていた。

で、深夜放送をきっかけに「帰って来たヨッパライ」が大ヒットして、フォークルはその年のレコード大賞特別賞なんてのを受賞してしまったのだった。ちなみに、私はこのレコードを買わなかった。当時のガールフレンドは買っていたが。

後世になって、この「帰って来たヨッパライ」の早廻し手法が「画期的」なんて言われたが、このくらいの遊びは当時、誰でもってわけじゃないが、テープレコーダーを持っているやつなら、ごくフツーにやっていた。だから、とくに「やられちまったなあぁ!」なんて思いは抱かなかった。

その後、彼はいわゆるフォークソングを初めとして、いろいろなジャンルの音楽に手を染めていくことになるのだが、はっきり言って「帰って来たヨッパライ」と同様、「が~~ん!」とショックを受けるほどの衝撃的なものはなかった。ただ、その「こなし方」が絶妙だったんだろうという気はする。

まこりんさんは件の記事で、次のように書かれている。

それは常に時代の半歩先を読み、後の世代に様々な影響を与えた作品ではあったのだけれども、ざっくりいえば、それは時代ごとの洋楽のシーンに即応し日本化したもので、まったく自らの内面から滲み出るものではなかったように思うのだ。

私は先週の段階では、ここまで言い切ってしまうことに踏ん切りが付かなかったので、自分のブログで「加藤和彦の死」について語ることを躊躇してしまっていたのだが、まこりんさんのブログにコメントした勢いで、今、こうして書いてしまっているわけだ。

まこりんさんは「まったく自らの内面から滲み出るものではなかった」と書かれているが、私の言い方をしてしまえば、「内面からほとばしり出るものを、まったく感じなかった」ということになる。それは、いわば彼のスタイルではあったわけだが。

で、前述のまこりんさんの記事に、私は次のようなコメントを書かせて頂いた。

彼の器用さの追いつく状況においては、それなりにきちんと立ち回れたのだけれど、今、(ここまで来たら敢えて言うけど)中途半端な器用さだけでは対応しきれない音楽シーンに、彼は直面してしまっていたのだと思うのです。

内面からにじみ出るものなんてなくても、超々器用だったら、対応できた。しかし器用さが中途半端だったから、それ以上進もうとしたら、なんと、自らの内面の空虚さに気付いてしまった。

(なお、ここでいう「中途半端」とは相対的な物言いでありまして、彼の目指す非常に高レベルな音楽を実現するには、中途半端だったという意味です)

つまり、今、状況は 「うまく半歩進んだ形のものを作れば、注目してもらえる」 という時代ではなくなってしまったのだ。これに関して、まこりんさんは、次のようなレスポンスを付けてくれている。

ファッション業界もそうだと思うんですけど、今って、加藤さんの活躍した60~80年代と比べると、「これが今一番、カッコいい or オシャレ or 新しい or 面白い」っていうものが提示しにくくなっていると思うんですよね。
時代の気配をいち早く察知して形にするのに長ける彼のようなアーティストは辛い時期なのだと思います。

これは、まこりんさんの慧眼である。「ファッション業界もそう」というのもまさにその通りで、例えば、菊池武男のようなデザイナーにとっても辛い時期だろうと思う。

加藤和彦は、「自分がやってきたことが本当に必要なのか疑問を感じる」というようなことを書き残しているという。彼は「売れさえすればいい」というようなタイプのミュージシャンではなく、なまじ音楽に対して誠実なところがあったから、ますますそのような思いにとらわれてしまっただろう。

この辺の心理について、彼のフォークル時代の盟友、北山修氏が、本日付の産経新聞に寄稿して、次のように述べている。

才能豊かな芸術家が陥りやすい不幸なのだが、すべて彼自身の中の批評家がうるさくチェックするので、客はよろこんでも、ずっと加藤自身はなかなか十分な満足の得られない状態だったと思う。

これは、私がまこりんさんの記事につけたコメントの、「彼の目指す非常に高レベルな音楽を実現するには、(彼の器用さは)中途半端だった」 ということに通じる。彼の批評眼は、自分自身の音楽家としてのレベルをはるかに上回る要求を突きつけていたのだ。

北山氏のこの記事には「あり得ない役割を両立させる天才」という見出しが付いているが、最後の最後で彼は「アーティストと批評家の両立」ができなくなってしまった。彼の中のとてつもなく目の高い批評家が、「加藤ってやつは、もうちょっとできるやつだと思っていたけど、結局この程度のものだったのか」と見限ってしまったのかもしれない。

「そうさ、この程度でも楽しけりゃいいじゃん」と開き直ることが、残念なことに、彼にはできなかったのだろう。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

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コメント

神を信じる私には、自殺は敗北に思えるのです。

投稿: 大原邦清 | 2009年11月20日 17:22

大原邦清 さん:

>神を信じる私には、自殺は敗北に思えるのです。

何に対しての 「敗北」 でしょうか?

神を信じる方の言葉として、激しく疑問。

投稿: tak | 2009年11月22日 22:03

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