『唯一郎句集』 レビュー #82
11月ももう 28日になってしまった。何度も書いたような気がするけれど、今年は時の経つのがものすごく早く感じる。
月曜日が祝日で休みだったので、いつもの 1週間よりさらに早く土曜日が来てしまった気がする。昨日の昼過ぎまで、まだ木曜日のように錯覚してたほどである。
実際の時の流れもこんなに早いのに、『唯一郎句集』はもっとすごい。前回が冬の句だったのに、今回はもう、早春になっている。早春といっても庄内の早春だから、まだまだ淡雪が降ったりもするのだが。
さっそくレビューである。今回は珍しく、1ページに 4句載っている。
淡雪ふる春の海ぎしの空瓶一つ
春の海岸。酒田は最上川河口に開けた港町で、港の界隈を離れればすべて庄内砂丘になる。つまり、広大な砂浜だ。
その広大な砂浜に佇む唯一郎の肩に、春の淡雪が落ちてくる。落ちてきてはすぐに消える。
消えずにいつまでも視界にとどまっているのは、砂浜に打ち上げられた空瓶一つである。その向こうには、冬の間の荒々しさは消えたものの、まだ荒涼とした空の色と解け合う日本海である。
道化者の父子に猫柳の芽がくれかかる
川岸によく生えているのが猫柳の木で、春先にほかの花に先駆けて、ふわふわとした花穂を付ける。春の訪れをいち早く告げてくれるので、それを見ただけで、東北の人間はうれしくなる。
子どもを連れて川岸を歩く唯一郎。猫柳の花穂を見ながら、他愛ない話でいつになく盛り上がる。
春の日の落ちるのは、まだ早い。白い花穂が夕陽の赤味に染まり、だんだん日が暮れていく。
ひとり遠火事をきいている春の夜の小雨となる
酒田は火事の多い街だった。とくに冬の間は季節風にあおられて大火事になりやすい。記憶に新しいのが、昭和 51年の酒田大火だが、それほど大火事でなくても、大正末期から昭和初期の酒田では、火事は日常茶飯事だったのだろう。
風の強い季節を過ぎた穏やかな夜だから、遠くで火が出ても、それほど心が騒ぐこともなかっただろう。それに、冷たくない春雨が降り出した。大火事にはならないだろう。
縁側で半鐘の音を聞きながら、日常と非日常の境目で、ぼんやりと遠くを見ている唯一郎。
朝接木をしつつつつましく落ちて行くこころ
朝、庭に出て接木をする。昔の人はこのくらいのことは皆、当たり前にやっていた。
接木をしながら、「つつましく落ちていくこころ」とは、どんな心で、どこまで落ちていくのだろう。
「落ちる」といっても、育ちがよく、親孝行で子煩悩な唯一郎の心は、決して堕落するというわけではない。つつましく、ふわりと落下する。落下したところは唯一郎独特の、日常と非日常の微妙な境目である。
本日はこれにて。
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