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2009年11月に作成された投稿

2009年11月30日

「通訳」 は勘弁してもらいたい

私は一時、外資系団体に属して一日中英語で書かれた報道資料を国内向けに翻訳するという仕事をしていたことがある。

だから、英語の「翻訳」というのは別に苦手というわけではないが、「通訳」となるとかなり緊張してしまう。というか「通訳」に関しては、私は落第だと思う。

「翻訳」と「通訳」は異なった言語間の橋渡しをするということに関しては共通点があるが、技術的にはかなり違っている。個人的には「翻訳」の方がハードルが低い。通訳というのは、勘弁してもらいたいと思っている。

ややもすると、英語圏の人とコミュニケーションをとる必要があるとき、「tak さん、英語できるんでしょ。通訳してよ」なんて、軽い気持ちで頼まれることがあるが、それは私にとってものすごいプレッシャーとなる。とてもじゃないが、まともな意味での「通訳」なんてできない。そんな仕事は、専門の通訳に頼んでもらいたいと思う。

「翻訳」と「通訳」では、英語の訳語からして少し違う。「通訳」、つまり話し言葉を訳すのは "interpretation" だ。"Translation" の方は、どちらかというと書き言葉の翻訳だと思うが、広義には話し言葉の 「通訳」 にも用いられる。ただ、ニュアンス的にはやっぱり違いがあると思う。

日本人と外国人の混じった会話の中で "Could you translate?" とか "Could you help me with translation?" (翻訳してくれる?)とか頼まれたら手伝ってあげないこともないが、"Could you interpret?" (通訳してくる?)なんて言われたら、私は尻込みして逃げる。

中には、プロの同時通訳者というわけでもないのに、かなりすらすらと、通訳してくれる人がいる。そうした人の訳し方をみていると、ある種の技術があることがわかる。

例えば、"I've come to Japan to study Japanese traditional culture." なんていうのは、私なら 「私は日本の伝統文化を学ぶために日本に来ました」と翻訳したくなるところだが、通訳技術のある人は、ごく自然に 「私は日本に来たわけですが、それは伝統文化を学ぶためなんです」なんて、英語の順序に逆らわずに訳している(ような気がする)。

なぁるほどなあと思うわけだが、私はそれがなかなか上手にできない。多分、前頭葉の言語に関する部分の構造が少し違ってるんだろうという気がする。

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2009年11月29日

『唯一郎句集』 レビュー #83

11月というのは、とても早く過ぎるように感じる。なにしろ 30日までしかない。小の月は隔月で来るが、この小の月は格別に短い。

今日は 29日。仕事関連で庄内に行くので、早めに更新しておく。昨日は 4句だったが、今日の番のページには、2句しか載っていない。それもなんだか気に掛かる 2句である。

本日は、2句まとめて論じてみたい。というのは、どうみても連作で、一晩のうちのこととしか思われないからだ。

月影す産科病院の屋根の雪かな

高槻の梢の雪を被れるそのまま朝となる

最初の句は夜である。月が出ているが、さっきまで雪が降っていたので、産科病院の屋根はうっすらと白くなっている。屋根の雪は、下から見上げたのでは見えない。その産科病院の 2階の病室の窓から眺めたのであろう。

とすると、自分の妻がお産のために入院しているのである。昔のお産は産婆を自宅に呼ぶのが普通だったから、産科病院に入院したというのは、よほどの難産だったのかもしれない。

2句目の「高槻」の「槻(ツキ)」とは、ケヤキの古称。つまり、高いケヤキの梢に雪が積もっていたというのである。雪は夜になる前に止んだのだが、その梢の雪を見守ったまま朝になってしまったというのである。

よほどの難産で、唯一郎はまんじりともしなかったのだ。

私は、これは私の母が生まれた夜のことなのではないかという気がしている。ただ、私の母の誕生日は 10月 30日なので、いくら酒田でも、雪が降るには少し早すぎるので、違うかもしれない。

ただ、私の母は実の母の産後の肥立ちが悪かったので、私の戸籍上の祖父母に預けられたのだと聞いている。しばらく預けたはずが、そのまま無理矢理養女として引き取られてしまったのだ。今なら考えられないような話だが。

唯一郎がまんじりともしなかったほど心配だったのは、やはり母が生まれた日のことだったのではあるまいかという疑念が晴れないのである。もしかしたら、その年は初雪が特別早かったのかもしれないし。

この疑問は、今となっては誰に聞いても解けないだろう。だから、疑問は疑問のままとしておく。

本日はこれにて。

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2009年11月28日

『唯一郎句集』 レビュー #82

11月ももう 28日になってしまった。何度も書いたような気がするけれど、今年は時の経つのがものすごく早く感じる。

月曜日が祝日で休みだったので、いつもの 1週間よりさらに早く土曜日が来てしまった気がする。昨日の昼過ぎまで、まだ木曜日のように錯覚してたほどである。

実際の時の流れもこんなに早いのに、『唯一郎句集』はもっとすごい。前回が冬の句だったのに、今回はもう、早春になっている。早春といっても庄内の早春だから、まだまだ淡雪が降ったりもするのだが。

さっそくレビューである。今回は珍しく、1ページに 4句載っている。

淡雪ふる春の海ぎしの空瓶一つ

春の海岸。酒田は最上川河口に開けた港町で、港の界隈を離れればすべて庄内砂丘になる。つまり、広大な砂浜だ。

その広大な砂浜に佇む唯一郎の肩に、春の淡雪が落ちてくる。落ちてきてはすぐに消える。

消えずにいつまでも視界にとどまっているのは、砂浜に打ち上げられた空瓶一つである。その向こうには、冬の間の荒々しさは消えたものの、まだ荒涼とした空の色と解け合う日本海である。

道化者の父子に猫柳の芽がくれかかる

川岸によく生えているのが猫柳の木で、春先にほかの花に先駆けて、ふわふわとした花穂を付ける。春の訪れをいち早く告げてくれるので、それを見ただけで、東北の人間はうれしくなる。

子どもを連れて川岸を歩く唯一郎。猫柳の花穂を見ながら、他愛ない話でいつになく盛り上がる。

春の日の落ちるのは、まだ早い。白い花穂が夕陽の赤味に染まり、だんだん日が暮れていく。

ひとり遠火事をきいている春の夜の小雨となる

酒田は火事の多い街だった。とくに冬の間は季節風にあおられて大火事になりやすい。記憶に新しいのが、昭和 51年の酒田大火だが、それほど大火事でなくても、大正末期から昭和初期の酒田では、火事は日常茶飯事だったのだろう。

風の強い季節を過ぎた穏やかな夜だから、遠くで火が出ても、それほど心が騒ぐこともなかっただろう。それに、冷たくない春雨が降り出した。大火事にはならないだろう。

縁側で半鐘の音を聞きながら、日常と非日常の境目で、ぼんやりと遠くを見ている唯一郎。

朝接木をしつつつつましく落ちて行くこころ

朝、庭に出て接木をする。昔の人はこのくらいのことは皆、当たり前にやっていた。

接木をしながら、「つつましく落ちていくこころ」とは、どんな心で、どこまで落ちていくのだろう。

「落ちる」といっても、育ちがよく、親孝行で子煩悩な唯一郎の心は、決して堕落するというわけではない。つつましく、ふわりと落下する。落下したところは唯一郎独特の、日常と非日常の微妙な境目である。

本日はこれにて。

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2009年11月27日

自民党の 「気骨」

麻生内閣が衆院選惨敗決定直後の 9月 1日に、官房機密費を 2億 5000万円も引き出していたというのが明るみに出て、世間ではびっくり仰天である。

それまで住んでいた社宅から出るときに、戸板や羽目板を取っぱずし、燃やして大宴会しちゃったみたいなイメージじゃないか。

選挙費用に消えてしまったんじゃないかというのが、もっぱらの見方だが、政党の選挙費用の穴埋めを官房機密費でしちゃったというなら、それ以前にもごく普通にやったいたことなんだろうなあ。初めからハンディキャップ・マッチしていたようなものだ。このハンデ戦に惨敗しちゃったんだから、自民党、よっぽど愛想尽かしされてたんだなあ。

とにかく、選挙に負けて野党になってからというもの、自民党は影が薄い。野党慣れしていないし、下手に現政権のあら探ししようものなら、ブーメランのごとくに自分たちの過去の所行に戻ってきそうなので、なかなか動きづらいところだ。そうするうちに、ますます影が薄くなる。

今朝、出がけにカーラジオで朝のワイド番組を聞いていたら、キャスターの森本毅郎さんが「自民党はもっと野党としての気骨を示さなければいけないんじゃないか」と言っていた。もっともな話である。

しかし、それに応えて評論家の小沢遼子さんが、「元々、気骨なんかなかったのよ」と切り捨てていた。選挙の地盤は親から譲られ、政局運営は官僚におんぶにだっこ、そして票は公明党に頼ってきたのである。これでどうして「気骨」なんてものが養えるかというのだ。これもまた、もっともな話である。

今回の「政権交代」というのは、民主党が勝ったというより、自民党が勝手に負けたのである。今の時点では、民主党に人が足りないので、地方選挙ではほかに票を入れる人がいないということで、自民党が負け続けずに済んでいるが、そのうちこの傾向も変わってくるだろう。

野党をやっているうちに夢まぼろしから覚め、自分の足で歩いてみて、失った「気骨」というものを少しは取り戻してくれないと、日本国としても困ってしまうんだがなあ。

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2009年11月26日

「ミックス」と「ブレンド」の違い

無印良品のポスターで 「首のチクチクを抑えたタートルネックセーター」というのが気になった。ボディ部分はウールだが、首廻りに「コットンミックス」を使用しているのだそうだ。

なかなかいいアイデアだが、気になったのは、この「コットンミックス」という言い方である。ずいぶん細かい話だけれど。

私が大昔に関係していたウールマークの世界では、ピュアニューウール(新毛 100%)に適用されるウールマークのほかに、「ウールマークブレンド」というのがある。これは私の頃には「ウールブレンドマーク」と言われていたが、今はこの名称になって、新毛 50%以上のブレンド素材に適用される。

もうお気づきと思うが、繊維の世界では混紡のことを普通は「ブレンド」という。「ミックス」という言い方はあまりしないのだ。それで「コットンミックス」という言い方に、少し引っかかってしまったわけなのである。

元々の英語では、"mix" も "blend" も「混ぜる」という意味においては似たようなものだが、ニュアンスが少し違う。どう違うのかというと、"mix" は「混ぜこぜ」だが "blend" は「うまい具合によく混ぜる」というニュアンスなのだ。

だから、コーヒーの世界でも異なった種類の豆の特性を活かし、さらに調和したおいしい風味を出すから、「ミックス」とは言わずに「ブレンド」という。「ミックス」というのは、そこまでのレベルではない。

つまり "mix" というのは、どちらかというと、あまりいいニュアンスではない方向に傾きやすい言葉なのだね。だから、"mixed up" という表現だと、"up" という上昇志向の副詞がついても、元々の "mixed" という単語のニュアンスが増幅される方向に働いて、「頭の混乱した、社会的適応のできない」というような意味になる。

要するに私の言いたいのは、「コットンミックス」ではなく、普通に「コットンブレンド」という言葉を使ってもらいたかったと、ただそれだけのことなのだ。ただそれだけのことだが、「コットンブレンド」と言う方が、ずっと滑らか感が表現されると思う。せっかくのいいアイデアなのに、もったいないことである。

ちょっと深読みすると、日本のコーヒーショップなどでは、安い「ブレンド」と 高い「ストレート・コーヒー」というメニュー構成になっていることが多いので、「ブレンド」という言葉のイメージが低いなんて考えて、目新しい「ミックス」を使おうなんて思っちゃったのかもしれない。

だが、「下手の考え休むに似たり」である。日本の広告とかマーケティングの業界というのは(というか、日本国中かもしれないが)、カタカナ言葉に関する感覚がおかしい。ほとんど "mixed up" 状態なんだと思う。

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2009年11月25日

電車内に放置された空き缶

私は JR 取手駅から上野駅まで常磐線快速電車を利用している。この快速電車は上野駅と取手駅の間を運行しているので、いつも始発駅から終点まで乗るわけだ。

で、乗り降りするときに電車内を見回すと、残念なことに大抵 1両に 1個ぐらい、空き缶が見つかるのである。

私は空き缶が見つかるとすぐに拾い、ホームの自動販売機に備え付けられている空き缶入れの穴にぽいっと放り込むことにしている。別に善人ぶっているわけではなく、電車の加速・減速時やカーブにさしかかるたびに、倒れた空き缶が床をゴロゴロ転がり廻るのがうっとうしいからである。

電車のホームには、かなりたくさんの飲料自動販売機が設置されていて、缶コーヒーを始め、わけがわからないほどの種類の缶飲料が販売されている。私も喉が渇いたときなど、ほんのたまにそれを買って飲むことがあるが、缶を電車内に持ち込んでまで飲むという発想がない。

缶飲料を買ったら、その場で一気に飲み干し、備え付けの空き缶入れにぽいっと捨てて、電車に乗り込む。ところが周囲を見ると、缶飲料を買ってそのまま電車に持ち込み、座ってからおもむろに飲み始めるという人が案外多い。

そしてここからが問題なのだが、彼らはまったりと飲み干した空き缶を足許に置き、そのままにして行ってしまうのだ。電車を降りるときに足許に置いた空き缶を再び手にして立ち去るという人を、残念なことに私は一人も見たことがない。だから、いつも代わって捨ててあげるのである。

空き缶というのは軽いので安定性に欠け、ちょっとした揺れとか、乗客の足に触れたとかで、すぐに倒れる。中身の入った段ボール箱は積み重ねても安定しているが、空の段ボール箱を重ねるとすぐに崩れるのと同じである。そして倒れた空き缶は、加速・減速、カーブで床を転がり廻るのである。

すっかり飲み干した空き缶はまだいいが、底の方にちょっとだけ飲み残しがあると、転がるたびに床にこぼれて広がってしまい、最悪の状態になる。

これ、私としてはかなり気になってしまうのだが、ほかの人って、そうでもないのだろうか。それとも気にはなるけど我慢してるんだろうか。私は基本的に単純ストレート発想なので、気になって仕方がないものは、その原因をさっさと除去するに越したことはないと思っている。それは自分でやるのが一番早いから、自分でさっさと始末する。

で、もっと突き詰めて原因を除去しようとすれば、電車内に缶飲料は持ち込まないというルールにすればいいと思うのである。いや、ルール以前に、蓋のできない缶飲料を電車内に持ち込むのというのは、なんとなく気が引けないものなのかなあ。

だが日本には、ホームで缶コーヒーを買い、電車の座席に座ってからぼんやりと虚空を眺めつつまったりと飲みながら、つかの間の安息を得るという世にも珍しい文化があるみたいなのだ。私は こちら で書いたように、缶コーヒーを買うという発想自体がないので、よく理解できないことなのだが。

3~4年前頃までは、私は空き缶拾いをする度に「まったくもう、電車内に空き缶なんか捨てやがって!」と少なからず腹を立てていたのだが、近頃、ちょっと考えを改めた。ごくごく小さなこととはいえ、せっかく悪行よりは善行に近いであろうことをしているのに、その度に腹を立ててストレスを溜めていては健康によくない。

だから最近は「小さなこととはいえ、いいことをさせていただいて、ありがたい」と思うことにしている。こんなことを言うと、下手すると、ちょっとした人格者みたいに思われかねないが、その方が精神衛生にいいだろうという、甚だ自分勝手な理屈からである。

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2009年11月24日

暖冬傾向という予報なのだが

気象庁の季節予報(3ヶ月予報)では、この冬は暖冬になるだろうということになっている。エルニーニョでもあるし、暖冬傾向は間違いないと思われていた。

ところが、11月になってからというもの、寒暖の差が激しくて、結構寒い日が多い。気象庁の予報は当たるんだろうか。

実は、気象庁の季節予報は当たらない。過去の統計では確か、当たった率は 5割を切っていて、つまり、当たらなかったことの方がわずかに多いのだ。ただ、これってかなり困った数字で、打率 3割ぐらいなら、「外れる確率 7割」ということだから、初めから信じい方がいいということになるのだが、ほぼ五分五分では対応が難しい。

今日とか明日の天気予報というのは、当たる確率が 80%ぐらいにまで高まっていて、かなり当てにしていい。しかし週間予報は精度が目に見えて落ちるし、季節予報となると「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という世界になるのが、実に困ったことなのだ。

今回の「暖冬傾向」という予報にしても、関東地方の予報をよくみると、11月の気温の、高くなる確率が 50%、平年並みの確率が 30%、低くなる確率が 20%で、要するに 「暖冬傾向」 ということなのだ。

続く 12月、1月の予報は、どちらも高くなる確率が 40%、平年並みの確率が 40%、低くなる確率が 20%、つまり、「平年並み以上」の確率が 80%で、つまり「暖冬傾向」ということになる。でも、高くなる確率が 50%という 11月でこんなに寒い日が多いのだから、「本当かなあ」という気がするのも仕方のないところだろう。

ただ、暖冬という予報が当たったとすると、日本海側の雪は少なくて済むだろうが、関東地方はもしかして雪に悩まされることになるかもしれない。日本海側と太平洋側では、雪になるメカニズムが違うのだ。

厳冬だと日本海側は大雪になるが、太平洋側はカラカラ天気になることが多い。これは西高東低の冬型気圧配置により、大陸からの季節風が強くふくためだ。ところが、私の経験値によると、暖冬になると太平洋側で雪が降りやすくなり、交通が混乱してしまったりしやすい。

関東の雪は、冬型気圧配置によって降るのではなく、春先に太平洋岸に沿って低気圧が西から東に移動し、そこに入り込む冷たい風によって雪雲ができてしまうためということが多い。だから東京の雪は真冬よりも春先の 2月末とか 3月頃に降りやすいのだ。

そして、暖冬だと西高東低の典型的な冬型気圧配置が緩みがちになる。真冬なのに春先みたいな天気図になり、太平洋側を低気圧が進んできて、東京に雪を降らしてしまうということがあるようなのだ。

だから関東在住の私は、「暖冬」という言葉を聞くと、雪が降って首都圏の交通が大混乱する姿を思い浮かべてしまうのだ。皮肉なことである。

このまま気象庁の季節予報が外れてしまえば、関東の雪の心配はあまりしないで済むのだが、もしかして当たってしまうと、ほんの 2~3センチの積雪で大騒ぎすることになってしまう。因果なことである。

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2009年11月23日

勤労感謝の日の英訳

世間でいう三連休も私にとってはあまり関係なくて、最終日の今日だけ、やっと少しはゆっくりできた。

今日は「勤労感謝の日」という国民の祝日である。米国には "Labor Day" というのがあって、これが日本でいうところの「勤労感謝の日」であるとされるが、これ、甚だ怪しい。

というのは、"Labor Day" の "labor" という言葉は英和辞書的な訳語は「労働」だが、ニュアンス的には「骨折り仕事」という感覚があり、「勤労」というのとは少し違うような気がするのである。「骨折り仕事の日」なのである。

そもそも Labor Day の発祥は、1870年代にカナダで盛んになっていた "Nine-Hour Movement" という労働時間を 9時間に制限しようという運動だといわれていて、労働者の権利を謳ったものというイメージが強い。

一方、日本の勤労感謝の日は、元々は宮中の新嘗祭に端を発していて、五穀の収穫を祝い、神々に感謝するという意味合いが強い。だから、その意味では勤労感謝の日というのは、"Labor Day" ではなく "Thanksgiving Day"(感謝祭)にずっと近いと思う。11月下旬という時期も近いし。

私の iPhone のカレンダーにダウンロードした祝日データでは、本日の勤労感謝の日の英文訳が "Labor Thanksgiving Day" ということになっている。うぅむ、ちょっと苦しい気もするけれど、まあ、いいか。

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2009年11月22日

『唯一郎句集』 レビュー #81

『唯一郎句集』のレビューも、これでもう 80回目になった。80回目になっても、ページ数からすると、ざっと 3分の 2 を越えたあたりでしかない。なかなかのボリュームだ。

(注: 連番の打ち間違いを修正したので、実は、これは81回目である)

もっとも先のページに行くと、1ページに 1句のみということもあるので、句の数で言えばもうかなりのところに来ているのかもしれないが、これは 100回では終わらないかもしれない。改めて覚悟しておこう。

さて、レビューである。前回はお盆の頃の句だったのに、今回は一足飛びに冬になっている。

わが欲りするものよ冬の夜の頭髪垢(ふけ)をとり慰まず

「欲りする」とは、現在はあまり使われないが、「欲す」(ほりす)の連用形。「ほしがる」とか「望む」とかいう意味である。

自分の欲するものとは何なのか。家庭人に収まったように思ってはいたものの、それでは満たされないものがある。冬の夜、頭のフケを取りながらそのことを思う。

沼波のくろきうねり凍らんとするを見ている

沼の水面に冬の風が吹き、波がうねっている。それが凍り付くのはいつか。見ているがなかなか凍らない。それでも、その黒いうねりから目が離せない。

不思議な感覚の句。時々家庭人に収まりきれぬ感性が、こうして顔を出す。

本日はこれまで。

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2009年11月21日

『唯一郎句集』 レビュー #80

この頃の唯一郎の句には、とても子煩悩な家庭人というイメージが強く出ている。妻への愛情はなぜかあまり語られないが、子どものことは可愛くて堪らないという風情だ。

さて、お盆の頃の句である。子どもたちが可愛い盛りの夏、唯一郎は若き日のペシミズムを忘れてしまいたいというように、家業と子どもに没頭しているように見える。

それでも時々、ふとしたはずみに、あの新感覚派的鋭い感性が表れて、遠くをみるまなざしになる。さて、レビューである。

稲妻するきちこうの花や蕾は青く

「きちこう」は「桔梗」の別称。桔梗の蕾は、風船のように丸く閉じていて、徐々に緑から紫に変わり、やがてあの特徴ある花を開く。

その蕾の青く変わってきた頃、遠雷が聞こえ、稲妻が光る。家庭人に収まっている自分自身が、まだ稲妻を聞く蕾なのかもしれないとの思いが、どこかにある。

雷はまだ遠くで鳴っている。

白粉ぬりぬりお盆の帯をして小さい財布

子どもたちがお盆の着物を着せてもらい、お盆の帯を締めて、鼻筋におしろいを塗ってもらっている。

帯の間には、小さい財布をはさみ、お小遣いを入れている。可愛らしい子どもたちをみて、心がなごむ。家庭人に収まるのも悪くない。このまま家業をしながら風流人として生きるのも悪くない。

そんな風に思えたりもする。

朝顔ひまはりの花みな小さい僕の庭痩地

庭に咲く朝顔、ひまわり、みな小振りだ。自分の家の庭は痩地なのかもしれない。

自分も、数年前には新進の俳人として一時注目されたが、そのまま大成することなく今では家庭人に収まっている。これでいいのだろうか。いや、そんなことを思っても仕方がない。

そんな煩悶の垣間見える句だ。

本日はこれまで。

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2009年11月20日

近頃、日の暮れるのが早いので……

昨日は東京の最高気温が 10度を下回ったようで、真冬の気温になった。私も今シーズン初めてコートを着て外出した。

寒さを感じるのは気温のせいばかりではない。近頃めっきり日が短くなった。4時半頃にはすっかり日が暮れて、5時にはもう真っ暗である。帰り道が寒々しい。

今月末から来月の中頃にかけてが、一年で一番日の暮れるのが早い時期である。それを越えると日の入りは段々遅くなって、一見すると日が延びたように感じられる。実はそれ以上に日の出が遅くなって、トータルでは冬至が一番日の短い日ということになるのだが。

今の時期の東京の日の出、日の入りの時刻は、国立天文台のこちらのページに行くと、一目瞭然でわかる。本日の日の入りは 16時 32分と、辛うじて午後 4時半より後だが、勤労感謝の日の 23日には 16時 30分ちょうどになり、29日から来月の 13日までは、ずっと 16時 28分に日が沈む。

そして、14日からはだんだん日の入りが遅くなり、冬至となる 22日には、16時 32分が日の入りとなる。つまり冬至の日は 11月末から 12月中旬にかけての頃より、日の沈むのが遅い。それも、4分も遅いのである。クリスマス・イブには、5分も遅くなる。つまり、なんとなく日が長くなったような気になれる。

しかし、実際には前述の如く、日の一番短いのは冬至になる 22日である。それは、日の出がさらに遅くなっているからである。

本日の日の出は 6時 21分だが、冬至の日は 6時 47分にならないと日が昇らない。いくら日の入りがゆっくりになっても、日の出がそれに輪をかけて遅いのだから、やっぱり冬至が一番日が短いのである。

そして、早起きの人は実感として知っていることだが、冬至を過ぎても日の出は少しずつ遅くなる。大晦日の日は 6時 50分にならないと日が昇らないし、年が明けて 1月 2日から 14日までは、 6時 51分まで待たなければならない。松の内 (しかも関西流の松の内) というのは、夜明けが一番遅い時期である。

ところが冬至が過ぎてしまうと、日の入りも遅くなる。日の出が遅くなる以上にどんどん遅くなる。1月 10日には、日の入りが 16時 45分となり、25日には、ついに 17時まで日が沈まないということになる。そして 2月 4日の立春には、17時 11分が日没となる。まだまだ寒いが、日の長さは実感される頃になる。

つまり、日の出と日の入りは、冬至を境に対称的に早くなったり遅くなったりするわけではない。まず、日の暮れるのがゆっくりになるということが、冬至の前に感じられるようになる。これは、地軸の傾きによるというのだが、詳しいことは私もよく知らない。

要するに、今が一番日の暮れるのが早くなるのが実感される時期で、なんとなくもの悲しくなってしまうのである。しかし、来月の半ばを過ぎれば少しは夕方が長くなり、クリスマスもいよいよ近付いて、急に心が浮き浮きし出す。もう少しの辛抱である。

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2009年11月19日

「ハイジ」と「楓」を巡る冒険

「アルプスの少女」の主人公は言うまでもなく「ハイジ」という名前の少女だが、山本憲美・訳 (大正 14年・福音書店刊) では、主人公の名前が「楓 (かえで)」で、タイトルも「楓物語」となっている。

平成 15年(2003年)11月 26日放映の「トリビアの泉」でも取り上げられた、知る人ぞ知る話である。

「ハイジ」が「楓」になっているだけではなく、「クララ」が「久良子」で、「ペーター」は「辨太」になっている。このように外国人の名前を日本人風にしてしまうのは、明治期の翻案小説以来よくある手で、別に驚くほどのことではない。

「トリビア」でこの話が出たとき、あまりテレビを見ない私がたまたま見ていて、出演者が、「何で?」「かけ離れすぎ」などといった反応を示していたのを覚えている。確かに「ハイジ」が「かえで」では、 「久良子」や「辨太」と比べてかけ離れすぎという気がするのかもしれない。

当時、誰かのブログかなんかでその話が出たときに、「別にかけはなれていない」というコメントをした覚えがあるのだが、どのブログだか忘れてしまった。そして、自分のブログにも書いたような気がしていたのだが、試しに検索してみても出てこない。

そこで、今さらという気もするのだが、ちょっと気に掛かっていたことなので、改めて書いてみたい。

結論から言おう。「楓」という名前がオリジナルからかけ離れているという気がするのは、それは日本人が「ハイジ」という表記に何の疑いもなく慣れ親しみすぎているからである。本当は "Heidi" という名前であって、発音は「ハイディ」に近い。だからヨーロッパに行って「ハイジ」と言っても通じない。

ちなみに、野上彌生子の初訳では「ハイヂ」という表記になっている。「ザ行」ではなく「ダ行」と考える方がより正確なのだから、別に奇をてらったというのでもなく、当然と言えば当然の表記である。

「ハイディ」の「ディ」が「で」になるのは、これで許せる。そして「イ」が「え」に変化するのは、今でもよくある話である。「田へしたもんだよ蛙の小便」が「大したもんだよ蛙の小便」になるのと同じだ。

さあ、最後に残ったのは「ハ」が「か」に変化したことの理由である。これも実はそれほど不自然なことではない。【h】と【k】は、案外近い発音なのである。「は」と発音するときの喉の奥をもう少し閉じてやるだけで、あっという間に「か」になる。電話なんかだと、文脈によっては「カナダ」と「花田」を取り違えやすかったりする。

「摩訶不思議」「摩訶般若波羅蜜多心経」(いわゆる「般若心経」のこと)などの「摩訶」 というのは、サンスクリットで 「偉大なる」 とかいう意味の接頭語で、日本語では「まか」と読まれるが、元々の発音は「マハ」と「マカ」の中間だという。

英語では大乗仏教のことを "mahayana" (マハーヤーナ)という。この "maha" の部分が、日本語でいう「摩訶」と同じ語で、「マハーヤーナ」は元々のサンスクリット語では「大きな船」という意味だ。

オウム真理教がやたらと「マハーなんとか」という言葉を使い散らかしたために、イメージが下がってしまったようなところがあるが、元々はとてもありがたい言葉なのである。

また、折口信夫は、「ばか」と「あほ」はどちらも語源が「烏滸(をこ)」であるとしている。「おこがましい」の「おこ(元々は「をこ」)」 だ。「を」は元々【wo】という発音で、唇を閉じ気味に発音するから、力んで言うと【b】に近づきやすく、「こ」は「か」と「ほ」に変化しやすい。まあ、これぐらい【h】と【k】は近い。

長々と持って回ったふうなことを書いてしまったが、要するに、"Heidi" を「楓(かえで)」 とするのは、それほど突飛な発想ではないということだ。ただ、トリビア放映以来、自分の子に「楓」と書いて「はいじ」と読ませるという名前を付ける親がいるらしいが、これはちょっと考え物と思うがなあ。

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2009年11月18日

「パンポン」 を巡る冒険

一昨日の「パンポン」 の続編である。もっとも、内容はいろいろな方から寄せられたレスをもとにした総まとめみたいなもので、二番煎じ的なものだが、お許しいただきたい。

日立製作所発祥の「パンポン」というスポーツを紹介したところ、実はあちこちで似たようなのがあるとのレスをいただいた。

まず、ハマッコーさんから、「NEC の工場の昼休みにやっているのをよく見かけたので NEC 発祥のスポーツだと思ってました」と知らされ、次いで、すがわらさんからは 「近所の某財閥系会社でも似たような物をやってました。こちらでは『テニポン』と言っていました」 との情報が寄せられた。

このあたりまでは、「日立発祥のスポーツが、人の行き来があって、あちこちの会社に伝播してるんだなあ」ぐらいに考えていた。「さすがに、日立は大会社だけのことはあるわい」ってなものである。

ところが、ちょっと間をおいて極私的視点管理人さんから「広島にも似たようなスポーツで『エスキーテニス』というのがあります。公務員の人やマツダ関係の人を中心に親しまれてて、かつては専用コートと大学にもサークルがありました」というレスをいただいたあたりで、「まてよ」と考えが変わった。

これは、日立発祥と言い切るべき話ではないのではなかろうかという気がしてきたのである。日本全国、あるいは世界各地に似たような形態のゲームが自然発生的に存在していて、それらが地域スポーツとして生き残ってきているのではあるまいか。

そう考えた途端、忽然と小学生時代の記憶が蘇った。かく言う私だって、昼休みに似たような遊びをしていたのである。

何という名前のゲームだったかは忘れた(あるいは、名前なんかそもそも付いていなかったのかもしれない)が、私のやっていたのは、地面に田の字を書いて、4人で対戦する形式だったのである。ラケットなんてものはなく、手のひらでゴムボールを打ち合う。

田の字の線で区切られた 4つの陣地には序列があって、ポイントを取るたびに上位の陣地に昇格する。一番下の陣地でポイントを取られると降格して退場になり、順番待ちの子が新たに一番下の陣地に入る。一度一番上の陣地まで昇格すれば、なかなか退場しないで済む。

上手な子はずっとゲームを続けていられるが、下手な子は下位の陣地でしょっちゅう交代する。序列ははっきりしているが、下手でも下手なりにちゃんとゲームに加われるという、競争原理と民主主義がうまくミックスされたようなルールだった。このゲーム、今でも残っているだろうか。

興に乗って、「テニスに似たスポーツ」というキーワードでググってみると、上述の 「テニポン」「エスキーテニス」のほか、「スポレック」 というのも出てきた。静岡県で盛んなのだそうである。まあ、見たところ「手作り感覚」でいえばパンポンにとどめを刺すと思われるが。

このほかにも、「スポーツ」というほどでもなく「遊び」ということで調べると、おぉ、出てきたではないか。「重箱の隅っこ」というページの 2000年 8月 21日付に、例の田の字型のゲームが紹介されている(参照)。けっこうやられてるんだなあ。

で、思いを巡らしているうちに、山辺響さんから次のようなレスをいただいた。

……その後、各地の類似競技のあいだで共通のルールが整備され、全国組織も設立された。競技の名称は「テニス」に統一された。いっぽうで屋内での競技は独自の発達を遂げ、「テーブルテニス」「ピンポン」と呼ばれるようになった。

……というようなことが、18世紀~20世紀くらいにいろんなスポーツで起きていたのだろうなぁ、と。

むむ、やられてしまった。実はこれと似たようなことを考え始めていて、「次はそんなような記事を書こうかなあ」と思っていたところで、先回りして書かれてしまった。まあ、せっかくだから、自分で一から文章を考えなくても、とっかかりは引用で済むだけありがたいと思い直し、ここにこうして書いているわけである。

各地で行われていたプリミティブなゲームが、似た者同士で集まって洗練され、組織整備とともにルールも統一され、今のメジャースポーツに昇華したのだろう。例えばブリテン島各地にあったボール蹴り遊びが、進化の過程で二大潮流に集約され、今の「サッカー」と「ラグビー」になったというようなことが、いろいろな分野であったわけだ。

そして、進化の流れに乗らず、ガラパゴス化してしまったものもいくらでもあって、日本の蹴鞠みたいな伝統芸能になってしまったというのもあるだろう。あるいは、進化の流れからスピンアウトして先祖返りしてしまったというのが、パンポンその他のゲームだという気がする。

煎じ詰めて考えれば、球技というのはゴールに入れ合うサッカー型、打ち合いをするバレーボール型の二つが主流で、あとはゴルフ型と野球型しかないようなものである。この 4つの基本で、あとは手を使ったり足を使ったり道具を使ったりというバリエーションを考えれば、いくらでも新しいスポーツが発生する余地がある。

ただ、どこまで行ってもマイナーの地位に甘んじることになり、オリンピック種目になるなんてことはまずないだろうが。

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2009年11月17日

「主語なし会話」という誤解

「発言小町」の、「妻との会話が成り立たない」という男性発のコメントが一部で話題になっている。妻の発言に「主語がない」 ため、意味不明になってしまうのだそうだ。(参照

しかし日本語というのは、主語なしでも大抵意味が通じるものなのである。いちいち主語を付けるのは、村上春樹ぐらいのものだ。

だいいち、普段の会話でいちいち「私は」とか「僕は」とか「わしが」とか主語を付けすぎると、日本語ではちょっとうざったい感じになってしまうことさえある。どうもこの人、言っていることがおかしい。

で、そのコメントをよく読んでみると、こんなことなのである。(以下、引用)

どうも妻との会話がうまくいかなくて困っています。
簡単に言うと、会話に必要な情報が足りなすぎるのです。端的に
言うといわゆる「主語がない」というヤツです。
例えば、休みの日に子供と外出している妻から電話がかかってきます。
「そろそろいかないといけないんだけど」
「どこに?」
「買い物に。」
「あぁ」
「見てもらえる?」
「何を?」
「子供」
「あぁ」
「迎えに来てもらえるかなあ」
「どこに?」
「公園」
「どこの?」
「××公園」
「あぁ」
「私も向かうから」
「どこに」
「うちに」
「で?」
「途中で会えればいいと思って」
「あぁ、そういうことか。で、どういうルートでいったらいいんだろう?すれ違いたくないし」
「左の道」
「誰がどこでどっちをむいての左だよ!」

いつもこんなカンジです。はっきりいって疲れます。

ウチのブログの賢明な読者は、もう最初の 6~7行でお気づきだと思うが、この夫婦の奥さんの発言には確かに主語が欠けているが、「私が」 という言わずもがなの主語を省いているだけなので、全然不都合がない。この会話サンプルで不都合なまでに欠けているのは、決して「主語」なんかじゃない。

そもそも言ってる当人だって、引用文の最後の行が堂々と「主語なし」である。私なら行きがかり上、ここで「一体何が『いつもこんなカンジ』 なんだ ?」「誰が疲れるんだ?」と突っ込みたくなってしまうところだ。

この奥さんの発言で決定的に欠けていて不都合なのは、言うまでもなく「主語」ではなく、「目的語」(あるいは狭義の「補語」)である。これって、多分小学生レベルの文法だろうと思う。そんな低レベルの区別もつかない夫だから、妻の言いたいことを推し量れないのである。

そしてさらに驚いてしまうのが、このコメントにずらりと付けられたレスで、そのことを明確に指摘しているのが 1件もないということだ。

「うちの夫もそうです(笑)」とか 「よくわかります。ウチの妻も似た感じです」とか「すごくわかります。うちの夫も主語の無い話をします」とかいう話のオンパレードで、「本当によくわかっとんのか?」と突っ込みたくなってしまう。

日本人の文法知識って、平均的にはこの程度のものなのだろうか。そうだとしたら、多分、いわゆる「ゆとり教育」のせいだけじゃなく、ずっと昔からこんなものだったんじゃなかろうかという気がする。よく観察すると、団塊の世代でもこのレベルの人はいくらでもいるし。

とにかく一番驚いたのは、次のようなレスだ。

子供を育てる時に1番気をつける事 それは <あれ! これ! それ!>はいけないと教わりました。あれ取って~これ取って~それ取って~!これです。きちんと主語を入れてあげないと 言葉を覚えないそうです。

だぁからぁ、そりゃ、「主語」じゃなくて、目的語でしょ。この人の文章、そもそも、最初のセンテンスからして主語と述語が一致しないし、最後の文も主語がないから、「きちんと主語を入れてあげる」べきなのは誰で、「言葉を覚えない」のは誰なのかと、突っ込まれそうだ。

さらに、「<あれ! これ! それ!>はいけないと教わりました」というちょっと極端な文脈で、その舌の根も乾かぬうちに、わざわざ「これです」と続けるのは、普通はかなり気持ち悪いと思うがなあ。大丈夫かなあ、この人。

というわけで、今回はちょっとだけだけれどいらっときてしまったのを、あえて隠さないため、エレガントじゃない文章になってしまったのである。でもまあ、書いてしまって気が済んだから、もういいや。

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2009年11月16日

「パンポン」というスポーツをご存じ?

「パンポン」というスポーツをご存じだろうか? 先週末の夜、車を運転しながらカーラジオで聞いたのだが、初め、頭の「パ」がタ行の音に聞こえてしまった。

「おいおい、宵の口から下ネタかよ」と思ったのだが、「パンポン」とわかって少し安心したのであった。

「パンポン」とはピンポン(卓球)とテニスの中間みたいなスポーツで、大正時代に茨城県日立市で生まれたのだそうだ。当時、日立製作所の社員が昼休みにキャッチボールをしていたところ、よくボールが逸れて工場の窓ガラスを割ることがあったために禁止令が出され、その代わりに考案されたのが、この「パンポン」だと伝えられている。

2.5メートル×7メートルのコートを、高さ 40センチの平均台みたいなもので二つに分け、軟式テニスのゴムボールを打ち合う。4点先取でゲームとなり、3ゲーム制で勝敗を争う。

おもしろいのはラケットで、「パンポン用のラケット」なんてものはどこのスポーツ用品店に行っても売られてないので、ほとんど手作りなんだそうだ。何てことのない板っぺらの端っこに取っ手らしきものを打ち付けて、それで完成。「できそこないのまな板」みたいなんだそうである。

で、この 「パンポン」、日立製作所発のオリジナル・スポーツとして、日立市辺りではかなり盛んに行われ、小学校でも授業に取り入れているところがあるなんて話なのだ。

私は茨城県在住で、日立製作所に勤務している知人・友人だって何人もいる。なにしろ、普通は「にっせい」と言ったら「日本生命」というのが日本のスタンダードだが、茨城県で「にっせい」と言ったら「日立製作所」のことを指すというほどの土地柄だ。日立の関係者なんて、その辺にごろごろいる。

ところが、私はそれまで「パンポン」なんていうものの話はまったく聞いたことがない。マスコミ特有の針小棒大癖で、小さな愛好会かなんかで極々マイナーに辛うじて続けられているような話を、大げさに伝えているんじゃないかと疑ってしまった。

それで翌日、知り合いの日立社員に「パンポンって知ってる?」と聞くと、「あぁ、よくやってるよ。日立の社員なら、誰でもできるよ」と、ごく当然のように答えるのである。

「はぁ? でも、今まであんたの口から、『パンポン』 なんて聞いたことないよね」
「あはは、そうかもしれないね。でも、日立では当たり前にやってることなんだよね。あんまり当たり前すぎて、普段は話題にもならないのかもしれない」

とまあ、そういうようなわけで、日立の企業文化の一つとして、脈々と受け継がれているもののようなのだ。日立製作所って、ちょっと変わった会社である。何しろ規模が大きいから、外部とは違った文化が、探せばまだまだありそうだ。

で、「パンポン」 なるスポーツを実際に見てみたいと思って検索したら、簡単に見つかった。なかなかよくできた動画である。(参照

【追記】

興味あるレスをいくつか頂いたので、それらの内容もまとめて考察した結果を、「パンポンを巡る冒険」というタイトルで記事にした。併せてご覧いただければ幸いである。

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2009年11月15日

『唯一郎句集』 レビュー #79

立冬になったのに、妙に暖かすぎる。『唯一郎句集』のレビュー中のページが初夏の季節の句だからといって、あまりに暖かすぎて、現実の季節感が狂ってしまう。

そんなことを思っていると、明日の最高気温は今日より 6度も下がって寒くなるのだそうだ。忙しい季節である。

さっそくレビューである。

去年の夏服の小さきに枕べに眠らせる貧しき妻

子どもに着せている去年の夏服が、もう小さくなってしまったのだろう。今年用の夏服はまだ誂えていないので、小さくなった夏服を枕べにおいて、子どもを寝かせ付ける妻。

決して貧しい家ではないのだが、「貧しき妻」 と表現してしまうところに、妻とのちょっとした心のギャップを感じさせる。不和というわけではないし、子どもを愛しているのだが、妻に対しては越えられない溝を意識する唯一郎。

一八地べたより咲きし正しさを人ら歩むなり

「一八」 は 「いちはつ」 と読み、「一初」 とも書く、あやめ、杜若の仲間の花。私なぞは、この花の類は見ただけでは全然区別がつかないが、一番早く咲き始めるのが一八だという。

久し振りで唯一郎らしいシュールさを漂わせる句だ。地べたから突き出るように他に先んでて咲く一八のように、何の疑いもなく、「我こそは正しき者なり」 という顔をして世間を行く人を、唯一郎は憂いをもって句にしているのだろうか。

唯一郎は熱心な浄土真宗信徒だから、自分だけが正しいというような態度を見ると、違和感を覚えてしまうのかもしれない。

山鳩を飼ひ小暗きに蓮の花のそよぎ

これもフラッシュバックのような場面転換で、シュールな感覚に満ちた句だ。

山鳩を飼う小屋の暗さ、早朝の陽を浴びて開く蓮の花のそよぎ。蓮の花というと、浄土の光景を連想させる。ほの暗さに満ちた現実の生活と、浄土の救済の対比を思うのは、穿ちすぎか。

本日はこれにて。

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2009年11月14日

『唯一郎句集』 レビュー #78

前回レビューしたのは秋の季節の句だと思うが、次のページもう初夏の句である。

『唯一郎句集』 の時系列は、ちょっと怪しいところがある。これもみな、唯一郎が作り捨て主義で、句帳というものを持たなかったために、後で整理しにくかったのだろう。

さっそくレビューである。

茂り黒ずむ山麓の川白い浪をたてて

山肌の木が葉を茂らせ、若葉の新緑の頃を越えると色が濃くなる。それを「茂り黒ずむ山麓」と言っているのは、かなり思い切った言い方である。

これは多分、最上峡のあたりの光景だろう。五月雨を集めて水量の増えた最上川が、しぶきをたてて流れる。

初夏の眩しい光、緑の濃くなる山肌、そして白い浪。絵画的とも言える句だ。

あみだにかむせて吾子と出づ桐の花落ちくる

子どもの頭にあみだにかむせたのは、多分、麦わら帽子だろう。林の中を行くと、日射しと葉の影がめまぐるしく交錯して、目眩を覚えるほどだ。

無言で連れだって歩く親子に、桐の花びらが降りかかる。

芍薬の日覆に片ほほをかげらしているや

「日覆」 は、ここは 「ひおい」 と読みたいところである。庭先に芍薬の花が見事に咲いて、まるで日除けのようになっている。

縁側に立って庭を眺める子どもの片ほほに、芍薬のかげが映り、コントラストになっている。もう片方は、陽をうけて白く輝いている。

本日はこれぎり

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2009年11月13日

「流行語」 という言葉が死語になる日

毎度お馴染み 「2009 ユーキャン新語・流行語大賞」 のノミネート 60語が、昨日発表されたんだそうだ。(参照

政治・選挙ネタの 「政権交代」「小沢ガールズ」、阿修羅好きの女性「アシュラー」、勝間和代氏を信奉する「カツマー」なんかが目立ったところらしい。

この賞は 25年間も続いている「年中行事」である。昔は「流行語大賞」という名前で、『現代用語の基礎知識』を出している自由国民社の主催だったように記憶しているが、今は通信教育のユーキャンが主催する "現代用語の基礎知識選『ユーキャン新語・流行語大賞』" ということになっているようだ。

ただ、この移り変わりの激しい社会において、昔の「流行語大賞」という名称ではあまりにも厳しいらしくて、5年前から「新語・流行語大賞」という言い方になっている。今日び、いわゆる「流行語」というものにとっては、厳しい時代になっているのだ。

毎年、「そんな言葉、ちっとも流行してなかった」「一度も使ったことないし」とか、いろいろなことを言われているが、これはもう、仕方のないことなのである。

もはや「ガチョ~~ン!」で笑いを取れる時代は遠く過ぎ去り、「だっちゅうの」なんていうのもあったねぇと、遠くを見つめられ、「欧米か!」でも、インパクト不足だった。そして今年、ノミネートされた候補(参照)をみても、「流行語なんて、どこにもないじゃん」という状態である。

この現象は、CD でミリオンセラーというものがなくなり、ヒット商品も年齢やライフスタイルで細かくカテゴライズしたところでしか存在しにくくなったという、最近のマーケット構造から生じているのだろう。「新語」は続々登場しても、「流行語」は登場しにくい世の中なのだ。

「流行語大賞の語は翌年には死語大賞」 なんていう言い方もあるらしい。ここまでくると、「流行語」という言葉自体が「死語」になる日が来るだろう。いや、既に年末になると登場する「年中行事用語」としてのみ生き残っているだけで、既に棺桶に片足突っ込んだ状態と言っていい。

このイベントは、今はまだ過去からの勢いだけで「流行語大賞」と言い習わされているが、「新語大賞」と言い換えられる日がくるのも、そう遠くないかもしれない。

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2009年11月12日

平常是道

今日は朝から晩まで仕事にかかりきりだったので、ネタの仕入れができなかった。で、苦しいときには久々の『無門関』ネタである。

もっとも、こんな難物をネタにしてしまうと、どう書けばいいかでまたまた苦しんでしまうのだが、元々正解なんて誰もわからないのだから、テキトーに書けるという良さもある。

今日は十九則の「平常是道」という公案についてである。「平常心、是れ道なり」なんていうと、その辺のおっさんが説きそうだったり、仏教系私立高校の校長室の額に入った書にありそうな文句で、なんとなくわかりやすい気もする。ところが、本文を読むとやたらに長くて面倒くさい。

「南泉因みに趙州問ふ、如何なるか是れ道。泉云はく、平常心是れ道」というのである。趙州が師の南泉和尚に「『道』とはどんなものか」と聞くと、南泉和尚は「平常心が道というものだ」と答えた ―― と、それだけのことで、この公案は始まる。

趙州というのは、新参者の修行僧に「飯を食ったらささと食器洗いをするのが仏道だ」(参照)と教えた、あの趙州和尚である。その趙州和尚が若かりし頃、師匠の南泉和尚に、「大切なのは平常心だよ」と教えてもらったのだ。なるほど、この時の教えが、「飯を食ったらさっさと食器を洗え」につながったのだろう。

ところが、この時の趙州和尚はまだ若かった。こう言われてもピンとこなかったようで、「還って趣向すべきや否や」と食い下がった。これには 「それには努力してその道に向うべきでしょうか」と聞いたのだという解説がある。

それは、この質問に対する南泉和尚の「向かはんと擬すれば即ち乖(そむ)く」 という回答に引きずられた解釈だろうと思う。しかしいくら趙州若かりし頃とはいえ、そんな禅の「いろはのい」にもひっかからないような青臭い質問をしただろうか。

「平常心というのは、あまり漠然としすぎていてわかりにくいところがありますから、心を廻らせて、多少の趣向をして、その道の方向性を見極めるべきでしょうか」というような質問だったのではなかろうかと、私は思うのである。

そして、それに対する答えが、前述の 「向かはんと擬すれば即ち乖(そむ)く」というものだった。「方向性なんてものを想定しようとしたら、かえってわけわかんなくなっちまうよ」というのだ。

趙州はさらに食い下がる。「方向性を想定しなければ、それが道だか何だか、どうして知られるんですか」

すると、南泉和尚は続けてこう言う。「道というものは、知るとか知られんとかいうもんと違うのだよ。知ったと思ったら、それは迷いで、知られんと言ったら、そりゃ論外じゃ。もし『不疑の道』に達してしまったら、空がからりと晴れるように、ずぅっと遠くまで見通せてしまうんじゃよ。それがわからんうちに、ああじゃこうじゃと言うようなことじゃない」

南泉和尚というのは、実にわかりやすく説明してくれる方である。禅宗の師としては、例外的に親切な存在だ。さすがに趙州もここですぅっと悟ったというのである。大したものである。

しかしこれで大変な悟りを得たとしても、無門和尚は 「南泉和尚のこの素晴らしい指導によって趙州は悟ったとはいえ、さらに三十年の座禅の修行をして、初めて本当の悟りに到達する」と書いている。

ああ、まったくもって禅とは難物である。悟ったような気がしても、それからまだ 30年も座れというのだ。少なくとも言えるのは、本物の 「平常心」 とは、その辺の政治家やスポーツ選手がよく「平常心で勝負に臨みます」なんて軽い気持ちで言うようなレベルのものではないみたいだということである。

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2009年11月11日

逃亡生活のパラドックス

例の英国人女性殺害事件関連の市橋容疑者が整形手術をしていたというニュースが流れ、「そういえば、そんな事件があったな」 と思い出させ、ついでに、彼のあの特徴的な顔写真が何度も何度もニュースで流れた。

結果的にはこれが仇となって、大阪のフェリー乗り場にいるのが見つかってしまった。

要するに彼は、余計なことをしてしまったのだった。大人しく潜行し続けていれば、人々の記憶から消えてしまうことも可能だったのに、せっかく稼いだ大金をはたいて整形手術なんかしてしまったために、あの「覚えやすい顔立ち」が、人々の「鮮明な記憶」としてダメ押し的に焼き付いてしまった。

ちょっとぐらい整形手術をしても、骨格までは変えられないので、彼の顔のあの特徴的な輪郭や印象までは変わらないだろう。現に、フェリー乗り場に居合わせた人たちも彼を見て、「似てるね」と囁き合っていたというほどだから。

こんな風に、余計なことをして自ら墓穴を掘ってしまうのは、犯罪者の「業」のようなものなのだろうか。逃げおおせたいという過度の欲求が、その欲求の実現自体を困難ににしてしまったという事実は、人間の心のパラドックスを見せつける。

ところで、市橋容疑者は 2年 7ヶ月もの逃亡生活を、一体どんな気持ちで送っていたのだろう。医者のぼんぼんで、働きもせず怠惰なニート生活を続けていた彼を、辛い肉体労働を続けてまで逃げ続けようとさせたのは、一体どんな熱情なのだろう。

人目を忍ぶ辛い逃亡生活と、刑務所暮らしとを比較しても、それほどまでに逃亡生活の方にアドバンテージがあるとも思われない。彼の場合、逃亡を助けてくれる裏社会の繋がりがあったわけでもないようだから、それはなおさらである。

となると、彼の逃亡生活の目的は、ただ 「捕まらないこと」 ということに尽きるような気がする。「捕まらない」という目的のためには、かなりの苦労を引き受けてもいいという、ある種奇妙な心理状態だったのではあるまいか。

しかし、その目的のために行った整形手術が逆効果となって、日本中の話題になってしまい、追いつめられた状態で沖縄に逃げようとした矢先に警察の手に落ちたとき彼は、一瞬の間にそれまで目的としていた思いこみが崩壊してしまったのだろう。

フェリー乗り場で身柄を確保されたときに、とくに抵抗もせずに素直従ったというのは、それを物語っている。彼は 「あぁ、これでやっと楽になれる」 と思ったのではなかろうか。彼は無意識のうちに、結果として自分が楽になるような方向に舵を切っていたのである。

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2009年11月10日

バーバリーの SNS

New York Times の記事に 「バーバリーが顧客獲得の道をオンラインに模索」 というのがあって、ついつい全文読んでしまった。

英国のバーバリー本社が市場開拓のために、独自の SNS を立ち上げたというのである。さっそくそのサイトに行ってみたが、なるほど、おもしろいと言えばおもしろい。

そのサイトに飛ぶと、まず "Art of the Trench" のロゴとバーバリーのマークが表示され、ほどなく自動的にサムネイル写真がずらりと並んだトップページに移動する。これらの写真は、世界各地のバーバリー愛用者を街角で撮影したもので、クリックすると拡大表示される。

拡大表示で "View Details" のアイコンをクリックすると、写真の詳細説明が表示され、一番上には 「どこそこで撮影されただれそれ」 という説明がつく。あちこちクリックしてみると、欧米の各地で撮影されたもののようだ。だが、私がまだ見つけていないだけかもしれないが、アジアで撮影されたアジア人は見当たらない。

ここで "comment" というアイコンをクリックすると、人気投票に参加できる。気に入ったら "I like this" というアイコンをクリックすればいいし、さらに興に乗ればコメントを残すこともできる。コメントと言っても、"Looks perfect!" とか "Cute!" とかの短いのがほとんどだ。

ちなみに、日本語コメントが OK かどうかは、試してないので知らないが、試すまでもなく、たとえ OK だったとしても、あまり意味がないだろう。

これらの写真の表示は、人気順、男女別、スタイリング別 (ベルトをしてるか、してないか)、撮影時のお天気別でフィルタリングできるようになっていて、例えば人気順で表示させると、いかにも 「なるほどね」 という感じの写真がずらりと並ぶ。

この人気順というのも、単に "I like this" が多くクリックされたものと、多くコメントが付いたものとでは、多少異なるのがおもしろい。素人人気と玄人人気は多少異なるということなのかもしれない。

今のところは、専任のフォトグラファーが撮影したものがほとんどだが、このサイトはなにしろ SNS なので、メンバー登録をすればバーバリーを着た自分の写真も登録できるようなのだ。ただ、世界中のかっこいい写真に混じって自分の姿をさらすというのは、よほど自信と度胸が必要だろうけれど。

で、日本人が自分のバーバリー着用写真を投稿するには、本物のバーバリーの着用者でなければならないのか、あるいは三陽商会によるライセンス品でも構わないのか、その辺の注意書きは見当たらない。普通に考えれば、ライセンス品は遠慮してもらいたいところだろう。遠目には区別できないかもしれないが。

そもそも本物のバーバリーと三陽商会によるライセンス品では、プライスレンジが違う。ライセンス品は、その辺の百貨店のコート売場に行けばずらっと並んでいて、価格帯は中の上というところだが、本物は紛れもない高級品で、倍ぐらいの値段になる。

バーバリー本社としてはこの辺りが痛し痒しというところのようで、長年の縁で、しかも大きな収入源なので切るわけにもいかず、かといって、大きく宣伝するわけにもいかないというところなのではなかろうか。

三陽商会のサイトに行ってブランド紹介のページをみても、"Burberry" というのは見当たらない。同社のドル箱ブランドなのに、サイトで紹介しないというところにも、もしかしたらこのあたりの事情が絡んでいるのかもしれない。

バーバリー本社にはこのほかにも、いかにして乗っ取りを防ぐかという悩みもあるらしい。同社は LVMH やプラダの標的になる要素を十分に備えた 「おいしいブランド」 なのである。これを防ぐために株式防衛をしなければならない。

そのためにも、先進的なマーケティングで実質を確保する必要があるとみているのだろう。この SNS が軌道に乗って拡大すれば、顧客リストが小売店経由でなく自社にストレートで入ってくる。これによって、顧客との直接的で、しかも楽しいコミュニケーションが可能になる。

本物のバーバリーの愛用者で、自信と度胸のある人は、この SNS にご自分の着用姿を登録してみてはいかがだろう。

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2009年11月 9日

季節の変わり目は眠い

まこりんさんのブログ、11月 1日付にのっけから 「んーーー。なんか猛烈に眠いぞ」とある(参照)。ああ、眠いのは私ばかりじゃなかったんだと、少しだけ安心したりする。

本当に近頃、めちゃくちゃに眠い。朝目覚めた時から眠いし、午後 2時頃は最悪に眠い。そして帰りの電車の中で眠っちゃったりする。

眠いだけじゃない、既に書いた(参照)ことだが、先週末は「かなり疲れてるから、今日は早く帰って眠らなきゃ」と思っていたその日の夜にじんましんが発症して、痒くて眠れなくなってしまった。

で、医者に行ったら、このタイプのじんましんは「体が疲れていたり風邪をひいたりして、抵抗力が弱まったときに、体の内側から出てきやすい」というのである。疲れていていつも以上の睡眠が必要な時に限って、こんなことで眠らせてもらえなくなる。世の中はかくも不条理である。

ただその時は、「確かに疲れているけど、風邪まではひいていないぞ」と思っていた。ところが、薬のおかげで痒みが薄らぐと、自分がなんとなく風邪気味であることに気付いた。大したことはないが、微熱があってちょっと喉が痛い。歩くときに膝関節がカクカクしたのは、このせいだったのか。

人間、一番辛いところとか症状に感覚が集中すると、ほかには気付かなくなったりする。例えば、ひどい腰痛のときには肩凝りに気付かない。「手が痛いときは眼を突つけば収まる」なんて乱暴なことを言う人もある。というわけで私も、あまりの痒さに自分が風邪をひいていることに気付かなかったようなのだ。

まあ、これは単なる風邪で、例の新型インフルエンザとやらではないようだ。家族の誰にも移っていないし、週末に大人しくしていたら、もうだいぶ楽になってきた。

眠さの話に戻るが、多分、人間は季節の変わり目に眠くなっちゃうんじゃないかという気がする。医学的見地からのお墨付きはないけれど、経験値からしてきっとそうだと確信している。「春眠暁を覚えず」 というが、秋というのも死ぬほど眠いときがある。

こんなに眠いと、「寝だめ」というのをしたくなってしまうが、これがなかなかできないのである。少なくとも、いっぺんに 8時間寝てしまいたいと思うのだが、なかなか 6時間以上の睡眠時間が取れない。平均したら 5時間足らずかなあ。短いときは 4時間も眠れない。

不思議なことに、夏の間は 5時間近く寝れば十分なのだ。4時間でも、翌日にちゃんと 5時間寝ればなんとかなる。ところが、秋が深まると急に眠くなる。4時間台の睡眠が 3日続くと、もう辛い。時々 PC に向かって仕事をしていても、気を失う如く眠ってしまうことがある。

これまでは寝不足ごときは通勤電車の中の居眠りで解消できると思っていたが、この歳になると、なかなかそうもいかないようだ。寝不足と過労で、風邪を引いたりじんましんになったりしてしまう。なかなか面倒なことである。

というわけで、少しは意識して体をいたわろうと思ってしまった週末なのであった。

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2009年11月 8日

『唯一郎句集』 レビュー #77

じんましんというのも馬鹿にできない。あれだけひどい症状になると(発疹なんかは出てないのに)、回復するのにかなりの体力を使うようで、ちょっとぐったりしている。

とはいえ、昨日よりはずっと楽なので、今日は仕事にでかけようと思う。私は土曜も日曜もないのである。

出かける前に、週末恒例の『唯一郎句集』のレビューをしておこう。これは多分、秋頃の句なのではないかと思う。

沙魚釣りの父子にけふ野菊が咲き遠い山見え

「沙魚」は「ハゼ」。庄内浜にいくらでもいる魚である。とくに黒鯛とかを狙って釣るのではなく、素人が何の気なしに釣り糸を垂れると釣れてくる。

親子で庄内浜に釣りに出かけたときの情景だろう。「けふ野菊が咲き」というのがいい。別にその日に咲き始めたわけではないにしろ、それまでのあわただしい生活から逃れた時に、その年初めて野菊の咲くのに気付いたのかもしれない。

そして、海岸からは遠い山が見える。秋の空気が澄み切っているので、輪郭がとてもはっきりしている。

えんまごほろぎも來るよをつどひ座す家人ら

日が暮れてから座敷に集まり、四方山話をして楽しむ家族。唯一郎は寡黙なタイプだったが、家族の団らんに心の和まないはずがない。

その「小さな幸せ」にえんまこおろぎまでが引き寄せられてやってくる。

俊一の下痢が止まらない起き出でて月が出ているよ

俊一は、唯一郎の長男の名。かなり前に亡くなったので、私には「とても静かな人」という印象以外に、はっきりした記憶がない。

子どもの下痢が止まらず、夜になっても頻繁に目を覚まして便所に駆け込む。当時のこととて、便所は戸外にある別の建物だったろうから、親が付き添っていく。見上げれば秋の空に皓々と月が照っている。

月を見上げているしかない唯一郎。

五圓札をたたみなさい月が高く出ている

五円札というのがあったらしい。昭和初期の五円の価値がどのくらいだったのかというと、一概には言えないが、今の一万円ぐらいだったんではないかと思う。

これは子どもに対しての呼びかけのようなものだから、やはり唯一郎の家の子どもは、けっこう恵まれていたのだなあと思う。小遣いか何かでもらった五円札を、無駄遣いしないようにたたんでしまっておきなさいと言っている。

その次に続くのが、「月が高く出ている」 という言葉。五円札よりも風流の方に目を向けてもらいたいという願いが、自然に出ていて、おもしろい。

本日はこれぎり。

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2009年11月 7日

『唯一郎句集』 レビュー #76

一昨日の晩からのじんましんは、薬が効いてきたのか、痒みの範囲が段々狭くなり、少しは楽になってきた。髪の毛の中の頭皮までかきむしらずに済むようになった。

夕べは少しはまともに眠れた。暖かさが戻ったが、体が温まると痒いので、布団を薄いものに掛け替えたりしたのもよかったようだ。

さて、週末恒例の『唯一郎句集』レビューである。本日レビューするのは 2句。「久生三男を悼む二句」とある。唯一郎の子どもの中で私の母をのぞく男の子 3人(つまり私の伯父)は全員知っているが、一番下の伯父の上にもう一人男の子がいたようだ。

それについては、私はついぞ聞いたことがないが、その子は生まれて間もないうちに亡くなったものらしい。その子を悼む 2句である。

ところが、死を悼む句とはいいながら、クールでさりげない。自分の子の死を悼むものとはわからないぐらいだ。しかし、よく考えれば名前を付けたばかりの頃に亡くなってしまった子に対して、過度にセンチメンタルな思いを抱く方が偽善的といえるかもしれない。

唯一郎は、三男の死をどう捉えたらいいのかわからず、ただ呆然としているのだろう。

  久生三男を悼む二句

ポンポンダリア投げ入れる露のまま

ポンポンダリアの小さな花が集まってまん丸くなっている形が、もしかしたら、幼子の頭のように見えたのかもしれない。それを露のまま、つまり生きているままのようにして花瓶に活ける父。

悲しみの形をどう捉えるべきかわからず、露に濡れて生き生きと輝くダリアを眺めながら心の奥をのぞく父としての唯一郎。

白い茸のけさひらくを見て戻る

白い茸のひらいていたのは、墓地の周辺だろうか。白い茸がいたいけな赤子の化身のようにみえ、自らに語りかけているような気がしたのだろうか。

本日はこれにて。

 

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2009年11月 6日

「大人のじんましん」 とやら

うぅ、かゆい! 頭の先から足の甲あたりまで痒い! ジンジンするほど痒くてまともに眠れなかったので、今日は頭がボケボケである。ただでさえ寝不足で疲れ気味なのに。

痒いといっても、発疹が出ているわけじゃない。ほんの少しだけ皮膚に赤みがさしている程度である。一体これは何なんだ !?

ベッドの中で体が温まると、それはそれはもう気も狂わんばかりに痒かったが、起きてからも痒い。髪の毛の中まで痒い。これじゃ、まともな仕事にならん。あまりにもつらいので、仕事先の近くの皮膚科で診療を受けた。

その皮膚科は美容皮膚科とやらも併設しているこじゃれたクリニックで、けっこう繁盛しているようだ。ただ待合室が暖かすぎる。暖かいと痒みがますます増幅する。「うぅ、なんとかしてくれ!」と心の中でつぶやきながら耐えていると、ようやく自分の番になった。

診察室に入ると、なんと思いがけない若い女医さんで、かなりのべっぴんさんである。やばい、こんなべっぴんさんの前でシャツなんか脱ぎたくないなあと思っていると、ちょっとした問診をしてから手の甲や顔を見ただけで、即座に診断が下った。なんと「じんましん」 なんだそうだ。

「じんましん? 昨日はいつもと変わらないものしか食べてないんですけど」
「食べ物が原因というわけじゃなくて、大人の方のじんましんというのは、体が疲れていたり風邪を引いたりして、抵抗力が弱まったときに、体の内側から出てきやすいんです」
「へぇえ、そうなんですか」

そういえば、このところずっと仕事が続いて、まともに休みを取っていない。昨日も「ちょっと疲れ気味だなあ、早めに帰って寝なきゃ」と思っていた矢先なのである。早めに帰って寝るはずが、痒くて眠れなかったのだから、泣き面に蜂なのである。

それに、この女医さんの「大人の方のじんましん」という言い方が、ほんの少し心に刺さってしまった。オブラートに包んだ言い方だが、要するに、「中年過ぎのオッサンのじんましん」ということなんだろうなあ。

うぅ、若い頃はどんなに疲れても平気だったのに、中年過ぎると、ちょっと疲れただけで気も狂わんばかりのかゆみに襲われてしまうのか。悲しいことである

で、結論的には、処方された 2種類の痒み止めの薬を 1週間飲み続けろという。痒みが少し収まっても波があるから、中断せずにきちんと 1週間飲めというのである。あぁ、私は基本的にずぼらだから、ちょっと収まったら飲むの忘れてしまいそうだなあ。というか、早く忘れたいなあ。

というわけで、最初の 1錠を飲んだら、しばらくしてからほんの少しだけ効き目が現れてきたようで、「じんじんくる痒さ」から「いらいらする痒さ」程度にトーンダウンしてきているような気がする。だが、夕方にもう 1錠飲んで、寝る前に別の種類をもう 1錠飲まないと、本当の効き目というのは現れないのかなあ。

いずれにしても、二日続けて寝不足になってしまっては、ますます抵抗力が弱まって、じんましんの症状がますます出やすくなってしまいそうだ。何としても、今夜はちゃんとぐっすり眠ろう。

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2009年11月 5日

レヴィ=ストロースは 1冊も読んでないけど

今さらながらのようなことを書くが、クロード・レヴィ=ストロースが先月の 30日に 100歳で亡くなったのだそうだ。ずいぶん長生きしてるとは知っていたが、100歳とは知らなかった。

レヴィ=ストロースは、なんだかお馴染みのような気がしていたのだが、考えてみれば彼の著作は 1冊も読んでいないのだった。

1冊も読んでいないのに、なんでそんなに身近に感じていたのかというと、これはもう、構造主義哲学の入門書とか構造主義的人類学を論じた本とかを読むと、必ず彼の業績がしっかりと紹介されていて、それはもう、「構造主義の前提」みたいな位置づけになっているようなので、いつの間にか少しは読んだような錯覚にさえとらわれていたのだった。

で、レヴィ=ストロースの業績に触れるにつけても、彼以後の思想というのは、「哲学」という感じではなく、それはもう、「思想」というほかないみたいな、何というか、時代の転換点を作っちゃった人みたいな気がするのである。

「哲学」だと思って彼の業績に触れると、「ちっとも哲学っぽくないじゃん!」という印象を、誰もが持つと思う。サルトルの思想(「実存主義」っていう、よくわからないやつね)が「すっご~く、哲学っぽい」とすると、レヴィ=ストロースって、いわゆる「哲学」とは印象が全然違うんだよね。

Wikipedia でも「フランスの社会人類学者、思想家」と紹介されている(参照)。ところが、西洋で言うところの「哲学」(pholosohy)って、ものすごく裾野が広いらしくて、例えば、英国の大学でマーケティングを勉強したやつが、Master of Philosophy (哲学修士)なんていう称号をもらって帰ってきたりする。よくわからんところがあるのだ。

だから、人類学者のレヴィ=ストロースが実存主義哲学者のサルトルを批判して、「君たち、ずいぶんエラソーな論を展開しているけど、人間とか世の中の成り立ちって、そんなもんじゃないだろうよ」と、とても実証的な見地からものを言って、当然の如く勝っちゃったというのも、まあ、そういうことなんだろうなあと思う。

「そういうこと」ってどういうことなんだと言われても、うまく説明できないけどね。何しろ、まともには彼の著作を  1冊も読んでないから。

ただ、私は構造主義というものを知る前からフォークロアに関してはずいぶん入り込んでいたので、レヴィ=ストロースの人類学的アプローチというのが全然違和感なく、「そりゃそうじゃん、当たり前じゃん」みたいな感じで受け入れられたという気がする。つまり、私はレヴィ=ストロースが好きなのである。 1冊も読んでないくせに。

今から少しは読めと言われても、なかなか時間が取れないから、ちょっと大変だろうなあ。

ちなみに、クロード・レヴィ=ストロースと、あのジーンズのリーヴァイ・ストラウスとは、どちらも "Levi Strauss" で同じスペルである。スペルが同じだけではなく、遠縁に当たるという説がまことしやかに語られているが、それは実は明確には証明されていないらしい。

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2009年11月 4日

ユニクロの「過剰品質」

文藝春秋 9月号に載った「ユニクロ栄えて国滅ぶ」というエコノミストの浜矩子氏による論文が、まだあちこちで話題になっている。

私はその論文を読んでいないし、読もうという気にもならないが、アパレル業界ではユニクロを目の敵にする人が少なくない。それで、その論文のタイトルだけが一人歩きしている。

私自身は、アパレル業界でメシを食ってはいるのだけれど、ユニクロをことさらに否定しようとは思わない。「ユニクロ大好き」というわけでもなく、かといって「大嫌い」というほどの理由もないという立場だ。そして気付いてみれば私自身、ユニクロで買った品物が結構な数になっている。

はっきり言って、ユニクロ、商売がうまい。ちょっと前までは「やっぱり田舎から出てきたカジュアル屋のおやじの発想だなあ」というところがあったが、最近はそうした欠点が見えにくくなった。品番を絞ってスケールメリットで迫る企画と、もう少し多品種にまで広げてファッション性をぎりぎり確保する企画のメリハリがついてきている。

それにユニクロの製品を「安かろう悪かろう」の代表のように言う人がいるが、はっきり言ってそれは間違いだ。ユニクロの製品は、値段の割には「慇懃無礼なほど」品質がいい。「そこまでするか」というほどである。

例えば、値段がやたらと安いのに、チノパンに使っている素材が「エクストラファインコットン」だったり、ニットに使っているのが「ファインメリノ」だったり「カシミア混」だったりする。チノパンなんて、定番のゴワゴワ・コットンで十分だし、安物のセーターなんて中番手ウールで十分なのに、ユニクロはことさらに高級素材を使いたがる。

ただ、ユニクロの「過剰品質」は、それなりの戦略に裏打ちされているのではないかという気もする。

まずあれだけの「過剰品質」を訴求すれば、「安かろう悪かろう」では決してないというイメージを定着させることができる。今、ユニクロを「安かろう悪かろう」と言っているのは、ユニクロを着たことのない人だけである。

それから、素材に細番手の高級素材を使いたがるのは、ちょっとパラドキシカルな効果がある。細番手素材というのは見た目が滑らかで、感触がソフトで、なかなかいいものなのだが、物理的にはそれほど強度がない。そりゃ、細い糸で薄くできているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。

だから、細番手素材の服やパンツをカジュアルに、もっと言えばラフに着倒したら、型くずれしやすいし、それに何より、裾や縫い目がすり切れやすい。だからユニクロのチノパンは回転が早まる。回転が速いから、安くても数が売れる。それに「品質はいい」という既成観念ができているから、買う人の多くはリピーターになる。

というわけで、ユニクロの「過剰品質」は、回転を速めることを狙った戦略なのではなかろうかと、私はちょっとひねくれた見方をしているのである。回転さえ速まればちょっと高めの素材を使っても、あれだけの規模なのだから利益的にはおつりが来るだろう。

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2009年11月 3日

狭山茶にみる美しい関係

先日、車を運転しながらカーラジオを聞いていたら、聴取者参加で、「知られざる郷土自慢」 という企画があった。

聞いていると、なるほど、極々マイナーな知られざる郷土自慢が、各地にあるものである。自慢してもしょうがないような郷土自慢というのも、なかなかほほえましいものだ。

で、その番組にどんな郷土自慢が寄せられていたのかというと、申し訳ないがほとんど忘れてしまった。その程度の、どうでもいい郷土自慢だったのである。それでも、その土地の人にとっては、ちょっとしたプライドのようなのである。まあ、それはそれで大切にしてもらいたいという気はしたのだった。

そうしたマイナーな郷土自慢の中で、たった一つ、今でも覚えているのが、入間市在住の聴取者からの、「狭山茶の生産量は、実は狭山市ではなく、入間市の方が断然多い」 というものだった。これは統計上、本当のことなのだそうだ。

そして、彼はこう続けるのだった。

「入間市で生産されているのに、名称が 『狭山茶』 になっていることは、別にいいんです。名前は狭山に譲ってあげているんです。そんな小さなことに、入間市民はこだわらないんです」

これを紹介したラジオのパーソナリティは、「入間市民はなかなか太っ腹ですね。まあ、東京ディズニーランドみたいなものですかね」 とコメントしていた。

しかし、この見解は甚だ疑問である。というのは、入間で生産された 「狭山茶」 は、狭山市民からみたら、細かいことを言ってしまえば 「ブランドただ乗り」 と言われても仕方ないのではなかろうかという気もするのである。

しかし、そこはお互いに太っ腹であるおかげで助かっている。狭山茶を狭山市内だけで生産されるものに限定していたら、ブランドとしての規模を保持するためには、ちょっと流通が少なすぎるということになるだろう。入間のお茶も加えて、初めて 「狭山茶」 のブランド価値を維持できる。

これこそきっと "win - win" の関係というものなのだろうと思う。お互いに内心では 「ブランドただ乗りしやがって」 とか 「生産量が少ないくせに看板だけは譲らない」 とか、少しの不満を抱いているのかもしれないが、表立って我を張らないおかげで、両方ともハッピーな関係を維持できている。

ちょっとずつ我慢して譲り合うというのが、実は最も美しい関係なのかもしれない。

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2009年11月 2日

ホーバークラフトがなくなった

日本唯一のホーバークラフト、「大分ホーバーフェリー」が、先月 31日に最終運行を終えて、廃止になってしまったのだそうだ。(参照

私はこのホーバークラフトに、たった 1度だけ乗ったことがある。5年ちょっと前のお話だ。大分市に出張した帰り、大分空港まで行くのに、話のタネにと思って乗ったのである。

その時のことは、ちゃんとブログに書いてあるので、ご参照願いたい(参照)。5年も前のこととて、ホーバークラフトは、まだまだ立派に現役だった。大分市から別府湾の対岸にある大分空港に行くのに、バスで延々と湾岸を辿るよりも、湾を直線的に縦断するホーバークラフトは、時間的なアドバンテージがあった。

当時、大分空港から大分市までは、バスで 1時間以上かかったように記憶している。名称は 「大分空港」 なのだが、実際には大分市から別府を越えてさらにずっと南にくだらなければならない。あれじゃ、むしろ「別府空港」とする方がふさわしい気がしたほどだ。

それで、帰りは土地の人の「話のタネに、一度は乗ってみたら」という勧めに従って、乗ったのである。確かに、空港までの所要時間はかなり短縮された。

ただ、短縮されると言っても、1時間ちょっとが 25分になるだけというのは、それほど大きなアドバンテージとは言えない。2時間が 45分に短縮されるというのとは、ちょっとわけが違う。それに、運賃がバスの倍近くかかるので、どちらを選ぶかとなると微妙な選択という気がした。

それに乗ってみて初めてわかったのだが、あれは、海の上を行くというような風情が全然ない。デッキに出て海風に吹かれるなんてことはできない。そもそも、デッキなんてない。ひたすら船室 (と言っていいのかなあ?) に閉じこめられて、バホバホ揺れるのに耐えるだけだ。窓ガラスも飛沫に濡れるので、景色もあまりよく見えない。

つまり、所要時間がちょっと短縮されるという以外には、メリットはほとんどない。あるとすれば、本当に「話のタネ」というだけのことである。しかも、その話のタネにしても、あれは陸上の発着場で位置をほとんど変えずに方向転換したり、海の上をしぶきをを上げて豪快に疾走する姿を外から見たりする方がずっとおもしろい。

乗ってしまうと、何がなんだかわからないうちにバホバホ揺られて向こう岸に着くというだけで、はっきり言って面白みとか風情とかいうものはない。よほど忙しい人でもなければ、大分市と空港との行き来に必ずホーバークラフトを使うなんて気にはならないだろう。私だって、一度乗ってしまえば、話のタネとしては十分という気がしていたほどだから。

とはいいながら、日本唯一のホーバークラフトがなくなってしまうというのは、ちょっと残念に思う。人間というのは、つくづく 「ないものねだり」 が好きな種族である。もしかして、乗降客がずっと多い別府温泉から運行したらいいという気もするが、それだと所要時間の差がますますなくなって、やはり安いバスとの競合に勝てないだろう。

どこかのアミューズメント施設で買い取って動かすなら、あんな船室に閉じこめたりせずに、屋根を取っ払い、ビニールの雨具をしっかり着せてデッキの椅子にシートベルトでしっかり固定して座らせたら、かなりスリルがあって受けるかもしれない。でも、それならジェットコースターの方がいいかなあ。

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2009年11月 1日

『唯一郎句集』 レビュー #75

今回も 2句。夏の季節の句が続く。夏とはいえ、庄内の夏である。それほど灼熱の太陽というわけではない。夕暮れから夜にかけての情景が似合う夏だ。

俳人には育った土地の風土が乗り移るのだろうか。確かに唯一郎の句は庄内の風土を感じさせるところがある。

庄内の風土には、穏やかさと厳しさの両面がある。春から秋にかけての、極端に走らないやさしい天候と、その間の農作業を勤勉に細やかに継続するきまじめさ。そして、冬の間の地吹雪が吹きまくる厳しさ。そしてその厳しさの中、人は必要以上に暗くなるわけでもなく、ただ淡々と堪え忍ぶ。

唯一郎の句は、とくに十代の頃はややペシミスティックなところがあるが、絶望感を漂わせているわけでは決してない。淡々と哀しんでいるといえばいいのか、不思議な諦観のようなものを感じさせる。そして、視点は鋭いが、まなざしはあくまで穏やかだ。

いづべよりか朴の花散り來て池に敷けり

「いづこ(何処)よりか」 ではなく「いづべ(何辺)よりか」としたのが、この句の肝だ。少し離れたところではあるが、朴(ほお)の花の咲き乱れる木が、確実に存在するという確信をいだかせ、その木が見えるような気にさえさせる。

その朴の白く分厚い花びらが、散ってきて池の水面を覆うほどに浮かんでいる。それを 「池に敷けり」 としたところも見事だ。

如意をかふて來て夜は夏草のかよはきに眼を移し

「如意」というものを買ってきたというのであるが、一体それが何なのか、調べるまではわからなかった。Goo 辞書では、「意の如く」という本来の意味以外に、次のような語義が示されていた。

〔仏〕 読経・説法・法会などの際に僧侶が手に持つ仏具。もとは「インドの孫の手」 といわれ、棒状で先端が指を曲げたように丸くなっている。骨・竹・木・金属など各種の材料で作る。

仏具なんか買ってきてどうするのかと思ったが、よく考えれば、単に「孫の手」のことを言っているのだろうと思われる。背中の痒いところをかくあの孫の手だ。

日が暮れてから孫の手で背中をかきながら、縁側に座って庭を眺める唯一郎。夏草の茎のか弱い細さと、孫の手のしなる弾力、自らの存在はどんなものだろうという疑問が、ふと心をよぎったのかもしれない。

本日はごれぎり。

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