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2009年11月11日

逃亡生活のパラドックス

例の英国人女性殺害事件関連の市橋容疑者が整形手術をしていたというニュースが流れ、「そういえば、そんな事件があったな」 と思い出させ、ついでに、彼のあの特徴的な顔写真が何度も何度もニュースで流れた。

結果的にはこれが仇となって、大阪のフェリー乗り場にいるのが見つかってしまった。

要するに彼は、余計なことをしてしまったのだった。大人しく潜行し続けていれば、人々の記憶から消えてしまうことも可能だったのに、せっかく稼いだ大金をはたいて整形手術なんかしてしまったために、あの「覚えやすい顔立ち」が、人々の「鮮明な記憶」としてダメ押し的に焼き付いてしまった。

ちょっとぐらい整形手術をしても、骨格までは変えられないので、彼の顔のあの特徴的な輪郭や印象までは変わらないだろう。現に、フェリー乗り場に居合わせた人たちも彼を見て、「似てるね」と囁き合っていたというほどだから。

こんな風に、余計なことをして自ら墓穴を掘ってしまうのは、犯罪者の「業」のようなものなのだろうか。逃げおおせたいという過度の欲求が、その欲求の実現自体を困難ににしてしまったという事実は、人間の心のパラドックスを見せつける。

ところで、市橋容疑者は 2年 7ヶ月もの逃亡生活を、一体どんな気持ちで送っていたのだろう。医者のぼんぼんで、働きもせず怠惰なニート生活を続けていた彼を、辛い肉体労働を続けてまで逃げ続けようとさせたのは、一体どんな熱情なのだろう。

人目を忍ぶ辛い逃亡生活と、刑務所暮らしとを比較しても、それほどまでに逃亡生活の方にアドバンテージがあるとも思われない。彼の場合、逃亡を助けてくれる裏社会の繋がりがあったわけでもないようだから、それはなおさらである。

となると、彼の逃亡生活の目的は、ただ 「捕まらないこと」 ということに尽きるような気がする。「捕まらない」という目的のためには、かなりの苦労を引き受けてもいいという、ある種奇妙な心理状態だったのではあるまいか。

しかし、その目的のために行った整形手術が逆効果となって、日本中の話題になってしまい、追いつめられた状態で沖縄に逃げようとした矢先に警察の手に落ちたとき彼は、一瞬の間にそれまで目的としていた思いこみが崩壊してしまったのだろう。

フェリー乗り場で身柄を確保されたときに、とくに抵抗もせずに素直従ったというのは、それを物語っている。彼は 「あぁ、これでやっと楽になれる」 と思ったのではなかろうか。彼は無意識のうちに、結果として自分が楽になるような方向に舵を切っていたのである。

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コメント

「捕まらないこと」が目的になったというtakさんのご指摘は示唆に富んでいると思います。短期的には、そういう目的が出来たために、肉体労働にも耐えられるようになったとも考えられます。

が、この「目的」は、時間と共に達成することの意義が減少し、徒労感だけが蓄積して行くようになるというのが人間の心理でしょう。新しい目的、普通の人が人生の目標とするような何か、を求めて新天地へ(彼はパスポートを取得して海外に行こうとしていたのですよね?)と動き始めたとたんに逃亡生活は綻びを見せたという次第ではないかと憶測します。

ちなみに、「スコットランド・ヤード」というボードゲームで「怪盗」役をやってみると、逃亡者の心理(まだ逃げることに意義を感じている段階の、ですが)がすごくよくわかります。ロンドンの街を舞台に、5人の刑事がタクシー、バス、地下鉄などの移動手段を用いて一人の怪盗を追い詰めるゲームで、怪盗の駒は数回に1回しか姿を現さないルールなので、追い詰める側にとっては蜃気楼を追いかけているような感じがします。ところが、怪盗になってみると、結構ヒヤヒヤしながら、偶然などにも助けられつつなんとか追っ手の横をすり抜けるようなピンチの連続で、とてもストレスフルです。悪いことはしないほうがいいということが実感できるので、子供の教育には重宝するゲームです。

投稿: きっしー | 2009年11月11日 11:36

きっしー さん:

>新しい目的、普通の人が人生の目標とするような何か、を求めて新天地へ(彼はパスポートを取得して海外に行こうとしていたのですよね?)と動き始めたとたんに逃亡生活は綻びを見せたという次第ではないかと憶測します。

パスポートを 「偽造」 ではなく 「取得」 しようなんてしていたらしいというところに、彼の世間知らずぶりが出ていると思います。
(指名手配中の人間がいかに偽名を使おうとも、正規の窓口で 「取得」 なんてできるわけがない)

パスポート取得が不可能とわかったので、沖縄に行こうとしたんでしょうね。

石垣島まで行けば、台湾は 「すぐそこ」 で、さらに台湾からはフィリピンが 「すぐそこ」 です。

金さえ積めば、小さな船で密航を手伝ってくれるのがいるでしょう。

(昔の 「海燕ジョーの奇跡」 という映画を思い出します)

>「スコットランド・ヤード」というボードゲームで「怪盗」役をやってみると、逃亡者の心理(まだ逃げることに意義を感じている段階の、ですが)がすごくよくわかります。(中略)
>追い詰める側にとっては蜃気楼を追いかけているような感じがします。ところが、怪盗になってみると、結構ヒヤヒヤしながら、偶然などにも助けられつつなんとか追っ手の横をすり抜けるようなピンチの連続で、とてもストレスフルです。

なるほど、逃げる側というのは常に 「意識過剰」 状態になりやすいという宿命があるようですね。

あの事件がせっかく忘れかけられているのに、市橋容疑者は 「整形でもしないと安心して街も歩けない」 と思いこんで、余計なことをしてしまったと。

投稿: tak | 2009年11月11日 12:55

体験したことはありませんが、逃亡・潜伏生活ではあまり目立つ行動は取れないでしょうから、皮肉なことに、事件前よりも規則正しい真っ当な生活を送っていたかもしれませんね。

ところで、例の「整形後」の写真って、当然ながらCGによるモンタージュですよね。逮捕した当人の顔とどれくらい近かったのかが気になります。まぁどうでもいいことですが(笑)

それにしても過剰報道という気がしましたね。不謹慎な暴論ですが「人を1人殺したくらいで……」などと人の道に外れたことを思ってしまいました。

投稿: 山辺響 | 2009年11月11日 18:11

山辺響 さん:

>体験したことはありませんが、逃亡・潜伏生活ではあまり目立つ行動は取れないでしょうから、皮肉なことに、事件前よりも規則正しい真っ当な生活を送っていたかもしれませんね。

まあ、人畜無害的生活だったかもしれませんね。

>それにしても過剰報道という気がしましたね。

殺した相手が英国人女性じゃなくて、例えばフィリピン人女性とかだったりしたら、あれだけ騒いだか……

とか、私も思いました。

投稿: tak | 2009年11月11日 21:07

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