« 「パンポン」 を巡る冒険 | トップページ | 近頃、日の暮れるのが早いので…… »

2009年11月19日

「ハイジ」 と 「楓」 を巡る冒険

「アルプスの少女」 の主人公は言うまでもなく「ハイジ」という名前の少女だが、山本憲美・訳 (大正 14年・福音書店刊) では、主人公の名前が「楓 (かえで)」で、タイトルも「楓物語」となっている。

平成15年11月26日放映の「トリビアの泉」でも取り上げられた、知る人ぞ知る話である。

「ハイジ」が「楓」になっているだけではなく、「クララ」が「久良子」で、「ペーター」は「辨太」になっている。このように外国人の名前を日本人風にしてしまうのは、明治期の翻案小説以来よくある手で、別に驚くほどのことではない。

「トリビア」でこの話が出たとき、あまりテレビを見ない私がたまたま見ていて、出演者が、「何で?」「かけ離れすぎ」などといった反応を示していたのを覚えている。確かに「ハイジ」が「かえで」では、 「久良子」や「辨太」と比べてかけ離れすぎという気がするのかもしれない。

当時、誰かのブログかなんかでその話が出たときに、「別にかけはなれていない」というコメントをした覚えがあるのだが、どのブログだか忘れてしまった。そして、自分のブログにも書いたような気がしていたのだが、試しに検索してみても出てこない。

そこで、今さらという気もするのだが、ちょっと気に掛かっていたことなので、改めて書いてみたい。

結論から言おう。「楓」という名前がオリジナルからかけ離れているという気がするのは、それは日本人が「ハイジ」という表記に何の疑いもなく慣れ親しみすぎているからである。本当は "Heidi" という名前であって、発音は「ハイディ」に近い。だからヨーロッパに行って「ハイジ」と言っても通じない。

ちなみに、野上彌生子の初訳では「ハイヂ」という表記になっている。「ザ行」ではなく「ダ行」と考える方がより正確なのだから、別に奇をてらったというのでもなく、当然と言えば当然の表記である。

「ハイディ」の「ディ」が「で」になるのは、これで許せる。そして「イ」が「え」に変化するのは、今でもよくある話である。「田へしたもんだよ蛙の小便」が「大したもんだよ蛙の小便」になるのと同じだ。

さあ、最後に残ったのは「ハ」が「か」に変化したことの理由である。これも実はそれほど不自然なことではない。【h】と【k】は、案外近い発音なのである。「は」と発音するときの喉の奥をもう少し閉じてやるだけで、あっという間に「か」になる。電話なんかだと、文脈によっては「カナダ」と「花田」を取り違えやすかったりする。

「摩訶不思議」「摩訶般若波羅蜜多心経」(いわゆる「般若心経」のこと)などの「摩訶」 というのは、サンスクリットで 「偉大なる」 とかいう意味の接頭語で、日本語では「まか」と読まれるが、元々の発音は「マハ」と「マカ」の中間だという。

英語では大乗仏教のことを "mahayana" (マハーヤーナ)という。この "maha" の部分が、日本語でいう「摩訶」と同じ語で、「マハーヤーナ」は元々のサンスクリット語では「大きな船」という意味だ。

オウム真理教がやたらと「マハーなんとか」という言葉を使い散らかしたために、イメージが下がってしまったようなところがあるが、元々はとてもありがたい言葉なのである。

また、折口信夫は、「ばか」と「あほ」はどちらも語源が「烏滸(をこ)」であるとしている。「おこがましい」の「おこ(元々は「をこ」)」 だ。「を」は元々【wo】という発音で、唇を閉じ気味に発音するから、力んで言うと【b】に近づきやすく、「こ」は「か」と「ほ」に変化しやすい。まあ、これぐらい【h】と【k】は近い。

長々と持って回ったふうなことを書いてしまったが、要するに、"Heidi" を「楓(かえで)」 とするのは、それほど突飛な発想ではないということだ。ただ、トリビア放映以来、自分の子に「楓」と書いて「はいじ」と読ませるという名前を付ける親がいるらしいが、これはちょっと考え物と思うがなあ。

毒を食らわば皿まで・・・本宅サイト 「知のヴァーリトゥード」へもどうぞ

|

« 「パンポン」 を巡る冒険 | トップページ | 近頃、日の暮れるのが早いので…… »

言葉」カテゴリの記事

コメント

赤ちゃんの命名ランキングで、Heidiは近年上昇中のようです。
http://babynamesworld.parentsconnect.com/meaning_of_Heidi.html

日本でのunconventionalな赤ちゃんの命名については議論が増えているようですね。好きずきだとは思うものの、社会階層の固定化につながるのではないかと心配してしまうケースもあります。
楓(ハイジ)ちゃんくらいなら人畜無害の範疇に入るのでしょうが、それでもなんだか。人それぞれでしょうけど、「かえで」とか「Heidi」と「ハイジ」を比べ、後者の響きがより魅力的に感じますか?単に「変わった読み方でしょ、私たち賢いでしょ?」って感じの意匠というか、親のエゴしか感じないのですが…

投稿: きっしー | 2009年11月20日 10:57

>【h】 と 【k】 は、案外近い発音なのである。
これは全然気付きませんでした。たしかにチンギスハンも昔はジンギスカンと言っていましたね。
カエデとハイジが似ているとは、目からウロコです。

昔の人が外国の名前を日本の名前に直してしまったのは、違和感があって感情移入がしにくいという配慮からなんでしょうね。
そういえば自分が子どものころに見た外国の漫画の中にも、名前を変えてあったものが結構ありました。

Yogi Bear → クマゴロー
Scooby Doo → (弱虫)クルッパー

ブラック魔王とケンケンが気になったので調べてみたら、Dick Dastardly と Muttley だそうです。ケンケンが Muttley だと、だいぶイメージが変わっちゃいますね。

トムとジェリーも訳す人が違っていたらタマとチュー太郎とかになってたんでしょうか(^^;

投稿: ぐすたふ | 2009年11月20日 18:45

きっしー さん:

>赤ちゃんの命名ランキングで、Heidiは近年上昇中のようです。

本当ですね。
Naomi がけっこういるぐらいだから、Heidi が多くても不思議はないんでしょうけど、ちょっとびっくり。

>単に「変わった読み方でしょ、私たち賢いでしょ?」って感じの意匠というか、親のエゴしか感じないのですが…

賢さの何倍もエゴを感じますね。

投稿: tak | 2009年11月22日 21:52

ぐすたふ さん:

>Yogi Bear → クマゴロー
>Scooby Doo → (弱虫)クルッパー

ブラック魔王とケンケンが気になったので調べてみたら、Dick Dastardly と Muttley だそうです。ケンケンが Muttley だと、だいぶイメージが変わっちゃいますね。

換骨奪胎による日本化ですね。
明治以来の伝統が脈々と生きているんですね ^^;)

トムとジェリーも訳す人が違っていたらタマとチュー太郎とかになってたんでしょうか(^^;

ありえたかも (^o^)

投稿: tak | 2009年11月22日 22:11

>「楓」 と書いて 「はいじ」 と読ませる
「『かえで』で――いや、『かえで』の方が絶対いいじゃん!」というのが私の率直な感想です。秋の風情も感じますし……。

おそらく、「楓(はいじ)」と名前を付けられた人は将来、会う人会う人に「かえでさん」と呼ばれて苦悩すると思います。なぜ正しく呼んでもらえないのか、なぜ親は私にこんな「読まれにくい」名前を付けたのだろうか、と。

これに限らず、unconventionalな名前の子は確かに増えてきたような気がします。このまま行くと、近い将来、読まれにくいことを理由に改名を望む人が続出するかもしれないですね。


>単に「変わった読み方でしょ、私たち賢いでしょ?」って感じの意匠というか、親のエゴしか感じないのですが…(きっしーさん)
賢さは、わが子の名前の「珍妙さ」より、知識・教養の深さや態度で示してもらいたいですよね(笑)。

投稿: 綾川ほとり | 2009年11月22日 22:41

綾川ほとり さん:

>>「楓」 と書いて 「はいじ」 と読ませる
>「『かえで』で――いや、『かえで』の方が絶対いいじゃん!」というのが私の率直な感想です。秋の風情も感じますし……。

私もそう思います。奇をてらう必要は毛頭なし。

>賢さは、わが子の名前の「珍妙さ」より、知識・教養の深さや態度で示してもらいたいですよね(笑)。

それとともに、名前の付け方で 「愚かさ」 を自己暴露してしまうこともないように願いたいものです ^^;)

投稿: tak | 2009年11月23日 18:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「ハイジ」 と 「楓」 を巡る冒険:

« 「パンポン」 を巡る冒険 | トップページ | 近頃、日の暮れるのが早いので…… »