『唯一郎句集』 レビュー #98
今日レビューする『唯一郎句集』は、 「湯温海にて」 という添え書きのある 3句。温海は湯野浜と並ぶ温泉地で、湯野浜は海岸に沿って温泉が湧いているが、温海は海岸からは少し陸地に入ったところに温泉街がある。
だから、普通は 「温海」 といえば海岸をイメージするが、「温海温泉」 とか 「湯温海」 とかいうと、そこから少し離れた温泉街を思い浮かべる。前にレビューした 「湯野浜にて八句」 は海の香りが濃厚だったが、今回は少し違う。
湯温海にて
柚子湯を呑み粉雪の夜暗い温海嶽
温海嶽は、芭蕉の奥の細道の俳句「温海山や吹浦かけて夕涼み」の「温海山」と同じ山と思われている。正式な地名としては、温海山ではなく温海嶽なのだそうだ。
芭蕉の句は夏の雄大な景色を詠んだものだが、唯一郎の句は対照的に粉雪の舞う冬の句である。旅館の部屋で柚子湯を呑み、外をみると温海嶽の暗い影がすぐ近くに見える。それ以外には何も見えない。
閉じこめられた冬。しかし閉じこめられているのは旅先の非日常である。
口あけて温海蕪をくふ冬夜の想念
温海蕪は、温海地方だけで栽培される伝統野菜。甘酢漬けにすると赤い色に染まり、とてもおいしい。今でも温海の名物になっている。
温海蕪の漬け物は、薄く切ってあるが結構大きい。食べるときには口を大きく開けなければならない。
大きく開けた口の中に温海蕪を押し込む。何もかも閉じこめられる冬の夜の印象と、どこか重なる。
日にけに雪つもる土の中温海蕪あらむ
「日にけに」 は、今ではほとんど使われないが 「日増しに」 というような意味。唯一郎は不意にこうした古風な表現をするときがある。
日増しに積雪が増すその下の土の中に、温海蕪があるのだろうという。唯一郎は温海蕪が好物のようである。
真っ白な雪の下にある赤い蕪。目には見えないが、想念の中にある見事なコントラスト。
本日はこれぎり。
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