米国人、肩凝らない
「肩凝り」という言葉が英語にないというのは、一部では結構知られた話である。いや、「英語にない」というのは正確な表現ではない。英語でだって言おうと思えば言える。しかし、一般的な会話の場面では「肩凝り」と直訳される言い回しが、出てこないのである。
私が自分の iPhone にインストールしている 英和・和英辞書 (Wisdom) で引くと、肩凝りは
(have) a stiff neck; (have) stiff shoulders (!前の方が普通)
と出てくる。つまり英語圏では、肩ではなく「首が凝った」と表現するのが一般的のようなのだ。
前に読んだ記事では、米国人に聞いても、「僕ら、肩なんか凝らないよ」という返事が返ってきたと書いてあった。その記事では 「米国人はノー天気だから、肩が凝らないようだ」みたいな結論になっていたと思う。
しかし、ノー天気だからといって肩が凝らないと結論づけるのはあまりにも乱暴だろう。私の母はかなりノー天気な人だったが、結構な肩凝りだった。私は母の肩をもんでいるうちに、マッサージがかなり得意になったほどである。それに、私だって相当ノー天気なんだけれど、肩は凝る。ノー天気と肩凝りは、あまり関係がないんじゃないかと思う。
とまあ、「米国人、肩凝らない」という怪しげなテーゼを考えているうちに、私の中に一つの試論が思い浮かんできた。それは、連中は会話しているときにジェスチャーが多く、盛んに身振り手振りをするので、自然に肩の運動になっていて、それで肩が凝らないのかもしれないということだ。
肩凝り予防のためにはどうすればいいかを書いたサイトに行くと、必ずと言っていいほど「同じ姿勢で長時間仕事をすることを避け、時々仕事を中断して適度な運動をする」なんてことが書いてある。米国人はそれが自然にできているんじゃなかろうか。何しろ、連中は電話で話しているときですらかなり大げさなジェスチャーをしている。
それから、Twitter で Kinme さんにサジェストされたのは、客観的に肩が凝っていても、主観的にはそれと自覚されないのではないかということだ。Kinme さんは鍼灸師としてのキャリアをお持ちで、いくら米国人でも「凝らないって事はないですよ。プロから見るとちゃんと凝ってるし、マッサージとかすると凄く気持ちいいって言いますね」とコメントされている。
つまり、ちゃんと肩凝りしてるのに、当人たちにはそれがわからないということがあるようなのだ。もしかしたら、「肩凝り」と言わずに「首凝り」としか言わないので、肩が凝ったと自覚できないのかもしれない。
言葉がないと自覚できないというのは、面白い現象である。まあ、あまり極端な肩凝りを経験しないから言葉ができず、言葉がないので自覚もしないと、堂々巡りで卵と鶏のようなものなのかもしれないが、身体感覚でさえ言葉に依存するというのはとても興味深い。
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コメント
>もしかしたら、「肩凝り」 と言わずに 「首凝り」 としか言わないので、肩が凝ったと自覚できないのかもしれない。
これ、本当にそうかもしれませんね。backache と腰痛なんかも結構近いような。
それはともかく、自分の場合、肩ではなくて本当に首が凝るので、実際に「首凝り」と言っています(笑)。
投稿: ぐすたふ | 2010年1月22日 18:26
ぐすたふ さん:
>>もしかしたら、「肩凝り」 と言わずに 「首凝り」 としか言わないので、肩が凝ったと自覚できないのかもしれない。
>これ、本当にそうかもしれませんね。backache と腰痛なんかも結構近いような。
Kinme さんによると、腰痛は lowback pain だそうです。
そういえば、日本語の 「腰」 にぴったり相当する英語もないんですね。
そのかわり、waist にぴったり相当する日本語もないから、「ウェスト」 というカタカナ語を使ってるわけですね。
そういえば 「腹」 にぴったり相当する英語もないなあ。Stomach とも belly ともちょっと違うし。
日本語の身体性において、「肩」 と 「腰」 と 「腹」 は、結構重要なキーワードかも。
投稿: tak | 2010年1月22日 21:29
身体感覚さえ言葉に依存するというのを読んで、原始人は温度を理解したかという疑問を思い出しました。
暑さ寒さは当然理解していたろうけど、火傷してしまう火の熱さや氷の冷たさがその延長線上にあることは理解していなかっただろうと、どこかに書いてあった気がします。
投稿: clark0226 | 2010年1月23日 01:31
clark0226 さん:
>暑さ寒さは当然理解していたろうけど、火傷してしまう火の熱さや氷の冷たさがその延長線上にあることは理解していなかっただろうと、どこかに書いてあった気がします。
なるほど。
気温 10度の 「寒さ」 の中にいても大丈夫ですが、水温 10度の 「冷たさ」 の中にいたら、命に関わります。
測定すれば同じ温度でも、印象は全然違います。
現代人でも、頭では同じ温度と理解できても、感覚的にはかなりの違和感です。
原始人が 「暑さ寒さ」 と 「熱さ冷たさ」 を別物と考えていたとしても、不思議じゃないですね。
投稿: tak | 2010年1月23日 09:16
そういえば、野球の選手などが「肩が強い」という時には、strong arm (shoulderではなく)と言いますよね。
一方、重い任務を「背負う」というときには、shoulder a big responsibilityと、肩の話になりますね。
投稿: きっしー | 2010年1月23日 09:48
>気温 10度の 「寒さ」 の中にいても大丈夫ですが、水温 10度の 「冷たさ」 の中にいたら、命に関わります。
測定すれば同じ温度でも、印象は全然違います。
これは少し文脈が違うような。
気温10度と、水温の10度に漬かっていたときに単位時間当たりに失う熱量が違います。「寒い」と「冷たい」を使い分けるのは言語的な背景も大きいと思いますが、人体の感覚が絶対値より、変化率を感じている表れでもあるような。
「美人は三日で飽きるが、○△は三日で慣れる」変化率が少なければ、どちらのケースでも「感じなく」なるわけです。
投稿: あ~る。 | 2010年1月23日 18:13
自分の場合、「寒い」は接触していない。「冷たい」は接触している――というように皮膚の感覚で区別している気がします。それを感覚的に説明するとtakさんのおっしゃっているようなことになって、物理的に説明するとあーる。さんのおっしゃっているようなことになるのかもしれませんね。
同じ漢字でも「冷える」になると接触していないケースのほうが多いのが不思議なところです。
どうでもいいことですが、頭寒足熱という言葉を思い出してしまいました。この言葉を聞くと、頭が寒いはないだろう、といつも違和感を覚えてしまいます。
投稿: ぐすたふ | 2010年1月24日 12:02
きっしー さん:
>そういえば、野球の選手などが「肩が強い」という時には、strong arm (shoulderではなく)と言いますよね。
英語感覚では、"arm" は 「腕っ節」 ですね。
「武器」 を "arms" と複数形で言うのも、むべなるかな。
対して、日本語の 「腕」 は、どっちかというと、スキルに寄っています。
「腕前」 とか。
>一方、重い任務を「背負う」というときには、shoulder a big responsibilityと、肩の話になりますね。
で、英語の "shoulder" は、重荷を背負う 「負」 の部位なのかもしれませんね。
投稿: tak | 2010年1月26日 00:49
あ~る。さん:
>これは少し文脈が違うような。
かなり微妙ではありますが、近代的解釈としての文脈の違いを、原始人は体感の違いと思っていたということもできそうな気がするのです。
投稿: tak | 2010年1月26日 00:52
ぐすたふ さん:
>自分の場合、「寒い」は接触していない。「冷たい」は接触している――というように皮膚の感覚で区別している気がします。それを感覚的に説明するとtak さんのおっしゃっているようなことになって、物理的に説明するとあーる。さんのおっしゃっているようなことになるのかもしれませんね。
あーる さんへのレスで書いたように、これはかなり微妙な話ではありますけどね。
どうでもいいことですが、頭寒足熱という言葉を思い出してしまいました。この言葉を聞くと、頭が寒いはないだろう、といつも違和感を覚えてしまいます。
寒い地域で寝ていると、布団をかけている体は大丈夫でも、布団から出ている 「頭が寒い」 という感覚があります。
これは多分、すきま風が吹き抜けるあばら屋で寝るときの感覚かもしれませんが ^^;)
投稿: tak | 2010年1月26日 00:56