「流ちょうな発音」 と 「正確な発音」
先週末の「トヨタの豊田章男社長の英語」関連の続きだが、alex さんはブログのコメントで、「流ちょうではなくても、ゆっくりであっても、『正確な発音』でしゃべればよかったのに」と書いておられる (参照)。これは私も賛成だ。
豊田社長の英語は、あれはあれで、日本の経営トップの英語力としては平均を遙かに上回るものだと思う。なまじ米国の大学で MBA を取得したなんて紹介されているから、その反動で失望されるだけだ。ただ、原稿棒読みでも、単語の発音をテキトーに丸めてしまって、何を言っているのかわからないところがある。
これは小泉前首相の英語も同様だったと思う。あの人もジョージ・ブッシュとサシで英語で会話している映像が流れ、それはそれで立派なものだったが、英国に留学していたにしては、ずいぶんお粗末な英語だなあと思ったものだ。
このあたりをさして、alex さんは「流ちょうではなくても正確な発音で」とおっしゃっているのだろう。ただ、ここで問題になるのは「流ちょうな発音」と「正確な発音」って、違うのかどうかと言うことだ。
結論から言えば「違う」というか、うぅむ、「同じじゃない」と言えばいいのかな。とにかく、ちょっとずれるのである。例えていえば、漢字の楷書、行書、草書のようなものだ。
「流ちょうな発音」というのは、はっきり言って、かなりくずした発音の場合が多い。例えば、"What time is it now?" を「流ちょう」に言うと、日本人の耳には「ワッツァイミズィナウ」 みたいに聞こえる。
そして、英語に慣れない日本人としてはそこまで流ちょうにリエゾンしなくていいから、「ホワッタイム・イズ・イット・ナウ」ぐらいに(当然、「タイム」と「イット」の語尾は子音だから飲み込むように)言えば、十分に通じる。
つまり、英語圏のネイティブ・スピーカーたちは、普段は行書か草書でしゃべっているのである。で、その行書や草書のしゃべりを真似するのが難しいなら、楷書できちんとしゃべればいいということだ。
ところが中途半端に英語をしゃべれる日本人の中には、行書でも草書でもない、妙に自分勝手なくずし方をしてしゃべる人がいる。とくに、単語の中でアクセントのある音節をモニャモニャっと(子音をあいまいにして)丸めてしゃべるという間違いをおかす人が多い。
英語というのはアクセントと子音の要素がとても重要だ。よく「日本語は母音の言葉、英語は子音の言葉」と言われる。日本語では、「なんだよ、お前」を「あんだよ、おうぇ」と、酔っぱらいみたいに発音しても通じる。
そして「そら」も「ほら」も大差ない。「ああ、そうか」を「ああ、ほうか」と発音する年寄りは多いが、それでもちゃんと通じる。「阿呆か」なんて聞き違えられる心配は、あまりない。
だが、英語で S音を H音に置き換えたら、まず通じない。"Sit back"(ゆったり座る)と"hit back"(やり返す)は全然違う。だから、英語のアクセントと子音を曖昧に発音してしまうと、何を言ってるのかわからないことがある。何とか通じても、ずいぶん自信のないしゃべり方に聞こえて、相手の信頼を得にくい。
これは、悪筆な人が漢字のくずし方の法則を無視して、自分勝手なくずし方をすると、当人以外には誰も読めない字になるか、読むのにものすごく苦労する字になってしまうようなものだ。悪筆は悪筆なりに、くずさずにきちんと楷書で書けばいい。それがalex さんのおっしゃる「ゆっくりであっても『正確な発音』で」ということなのだろうと思う。
言葉というのは、くずすにもくずす法則というものがある。「それは、違いない」を「そりゃ、ちげぇねぇ」とくずすのは十分に「あり」だが、「そりゃ、ちげぇない」は、むっちゃ違和感になる。「そりゃ、ちげぇにゃあ」なんて言ったら、「お前、どこの生まれだ?」 突っ込まれる。
東日本で「大根漬け」を「でぇこづけ」とくずしても十分に通じるが、「でこんづけ」だと、急に通じにくくなる。さらに、妙に考えすぎて「でこんづかい」なんてことになったら、そりゃもう宇宙人だ。
日本人の中には、これに類したことを英語でひょいひょいやってしまう人が結構多い。中途半端な英語だったら、楷書でしゃべるに越したことはないのだが、もしかしたら変なくずし方をしてしまう人は、自分のしゃべり方に無意識すぎるのかもしれない。
しゃべり方、とくに発音とかアクセントとかいうのは、身体感覚に類したものだから、頭でわかっていてもなかなか表現しにくい。ましてや、身に付いた母国語以外の言語の発音の違いを、頭でもはっきりとわかっていなかったら、その時次第のでたらめになるのも当然だ。
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コメント
実は私は、「流ちょうな発音」と言いたかったのではなくて、
「流ちょうな英語でなくていいから、正確な発音で」お願いしたい(笑)という事を言いたかったのです
ただ、tak-shonai さんのおっしゃるように【流ちょうな発音」というものも、確かにありますね
ネイティヴの人たちの発音
流ちょうな発音というものは、帰国子女や、留学経験のある人でなければ、なかなか困難だと思います
われわれとしては、そこである意味あきらめて(笑)、ハードルを下げて、ゆっくりとではあっても、各単語を正確に、はっきり発音する事は可能なはずです
われわれ、みんな、中・高で「発音記号」というものを習ったのですから
それをやれば、最低限のハードルはクリアーできたと言える、少なくともネイティヴ達に理解はしてもらえると思います
それに、あの英語は、三度も留学して、MBA を持っている人としては、メチャメチャです
「ノンネイティヴが英語をしゃべる際は、子音を明瞭に、しかも強調して発音すると、いい英語に聞こえる」と言う事を読んだ事があります
「印欧語ではもともと子音しか、文字に表さなかった」と言う事も聞いた事が利ます
アラビア語では今でも、子音しか表示しません
投稿: alex99 | 2010年3月 1日 18:11
alex さん:
>実は私は、「流ちょうな発音」と言いたかったのではなくて、
>「流ちょうな英語でなくていいから、正確な発音で」お願いしたい(笑)という事を言いたかったのです
はい。それは理解したつもりです。
>われわれとしては、そこである意味あきらめて(笑)、ハードルを下げて、ゆっくりとではあっても、各単語を正確に、はっきり発音する事は可能なはずです
それを私流にいうと、「楷書でしゃべればいい」 ということになるわけです。
ただ、それが案外難しいみたいなのです。
>われわれ、みんな、中・高で「発音記号」というものを習ったのですから
>それをやれば、最低限のハードルはクリアーできたと言える、少なくともネイティヴ達に理解はしてもらえると思います
私自身は幸運にも、中学入学前の 1ヶ月で発音記号をほぼ完全に身体化して、発音記号通りの発音が苦もなくできますが、周囲を見ると、それのできる人は滅多にいません。
あれは総体的にみると、万人に有効なメソッドでは決してないようです。
発音記号をしっかりと理解して、その上で、その理解通りの発音を実際に正しく実行できる身体性を持つ人は、案外少ないということです。
投稿: tak | 2010年3月 1日 23:30
実は田舎の中学校では発音記号については大して教わらなかったりします。
学校によってかなり格差があると思いますが,うちの地域ではアクセント記号についてのみしか教えてもらえず苦労した記憶があります。
教わってもいないものを読めと言われても…という感じでしたね。
そのうえ2年生になっても(下手したら3年生になっても)
『 ア~ィア~ムァ スチュ~デ~~~ント !!! 』
なんて高らかに連呼してる教師がいたりして,困ったものでした^^;
(そして高校で困る事になるのです)
そりゃあつきませんよね,英語力。
投稿: 抹茶 | 2010年3月 2日 09:34
抹茶 さん:
>実は田舎の中学校では発音記号については大して教わらなかったりします。
私もほとんど教わってません。あれは、自力で学ぶしかないんじゃないかなあ。
田舎の中学校の英語教師の多くは、まともな発音を教えられるレベルにありません。ですから、発音記号も避けて通りたがります。
発音記号を教えると、自分の発音の悪さに跳ね返ってきますから、それは当然です。
私は幸運にも、中学校入学直前に発音記号をモノにしました。
(ビートルズの歌を、ちゃんと英語っぽく歌いたい一心で ^^;)
そして中学校に入学してすぐに、英語教師のでたらめな発音に唖然とし、以後、中学校の英語教師を信じないことに決めました。
あんなのを信じていたら、今の私の英語力 (といっても、大したことはないんですが) は、ありません。
余談ですが、中学校の英語のリーディングでは、教師を傷つけないように、わざとカタカナ英語で読むことに苦労してました。
しかし、それにも疲れたので、高校になってからは思いっきりまともな英語でリーディングしてました。
(AFS で米国留学して帰ってきた女の子もいたので、気兼ねなしにいけました。ストレス解消できました)
ちなみに、カタカナ英語の教師は、決して私にリーディングさせませんでした。
比較されたくなかったみたい (^o^)
投稿: tak | 2010年3月 2日 11:22
よし。
ウチの小僧には。「発音しっかりできれば、授業中当てられないぞ!」と指導しておきます。
という小5の小僧も、学校でネイティブさんに教わっているそうです。
その割には…。
はてさて…。
投稿: 乙痴庵 | 2010年3月 2日 12:15
乙痴庵 さん:
>ウチの小僧には。「発音しっかりできれば、授業中当てられないぞ!」と指導しておきます。
ナイス ボケ!
座布団 3枚。
>という小5の小僧も、学校でネイティブさんに教わっているそうです。
>その割には…。
耳で聞いた音を、自分で正確に再現できる人というのは、それほど多くないです。
発音記号というのは、それをなるべく可能にするための補助記号だと思います。
これが、私の場合はすごくよく機能してくれましたが、万人に機能するわけではないようです。
投稿: tak | 2010年3月 2日 13:40