『唯一郎句集』 レビュー #109
「唯一郎句集』 もだんだん押し詰まってくると、もう、いつ頃の句なんだかわからない。今回の 3句は、家業の跡を継ぎ、家庭人として生きようとしている頃の句のような気がする。前にレビューしたその頃の句と共通の雰囲気がある。
妻よいとまなくくらしつつ南瓜の花
唯一郎の句に「妻」が出てくると、とたんに視点が日常そのものになる。彼は自分の妻に、文芸とは対極にあるものを見ているようなのだ。
そして、いとまのない生活と、カボチャの花が、妻の代名詞のようなのである。
花火あほぐ人々よ人々のくらしよ
酒田は夏に「港祭」が行なわれ、盛大に花火が打ち上げられる。二階の窓や物干し場に集まってその花火を無心に見上げる人々の、その横顔を唯一郎はみる。
市井の人々の暮らしを、唯一郎は大切にしたいと思いつつ、自分との微妙な距離を感じてしまっている。
児を抱きて海に入る秋近き西日の中
旧盆になると、酒田の夏は急に涼しくなり、海水浴場もだんだんと人影まばらになる。
子どもを連れて海水浴に来た唯一郎。夏の名残りの中で、海に入る。少し冷えて、海水の温度と変わらない体温の子どもが、同じぐらいの体温の自分にしがみついてくる。
海水と自分と子どもの境目がわからない中で、日は次第に傾いていく。夏の終わりは、いつも少しだけもの悲しい。
本日はこれにて。
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コメント
妻よいとまなくくらしつつ
ここにひっかりました。
しばし考察したところ、自分なら
妻とまよいなくくらしつつ
であるなあと。
まあ、本質は一緒ですが
投稿: jersey | 2010年3月 7日 01:20
jersey さん:
>しばし考察したところ、自分なら
>妻とまよいなくくらしつつ
>であるなあと。
唯一郎は妻とのいとまのない暮らしの中で、多少の迷いは常にあったのかもしれません。
まよいなく暮らすというのは、素晴らしいことです。
投稿: tak | 2010年3月 7日 18:41