『唯一郎句集』 レビュー #113
今回レビューするのは「後槻師へ三句」と題されている。「後槻師」というのは唯一郎の同郷の俳句同人、伊藤後槻氏のことで、「蛇を紙に包む生き物のだまつている重さ」「鱚の身の三つ四つ結めばあるじが云ふこと」といった句が残されている。
そして、この『唯一郎句集』の巻末にも「唯一郎を憶ふ」 とい追悼文を寄せてくれている。唯一郎よりは年上だが、その十七回忌を期して 『唯一郎句集』 が発行されたことを喜んでくれているのだから、長生きされた方のようだ。
さて、レビューである。
後槻師へ三句
鍛冶橋の停留所でお別れしてからのむなしき春
伊藤後槻氏はある時から酒田を離れたようで、この句は氏を見送った時のことを思い出して作られたもののようだ。
鍛冶橋というのは、酒田市内を流れる新井田川 (にいだがわ) にかかる橋。そこの停留所で氏を見送ってから、何か大切な存在を失ったような気がする心持ちを句にしたもののようだ。
多分、文学を語り合える身近な存在がいなくなって、生活に追われるだけの境涯になったことの空しさを訴えているのだろう。
居まさねばうつたへられず春夜の樹々とありき
「居まさねば」というのは、「貴兄がいらっしゃらないと」ということ。後槻氏が身近にいないと、俳句作りや人生の悩みを訴えることもできないと言っている。
そしてただ、春の夜のごつごつし樹々のみが目に入る。「後槻」という俳号の「槻」というのはケヤキのことだから、「今や身近には、あなたのようなすっきりとした方がおらず、ごつごつした存在ばかりです」と訴えているようにも読める。
人間のかなしさが春の樹皮へむけられてゆく
後槻氏という人は、唯一郎にとってかなり大きな存在だったようだ。
人生の悲しさをすっきりと受け止めてくれる存在を失い、自分のなかでますます悲しみの淵に沈んでいくような気持ちになることがあったのだろう。
本日はこれにて。
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コメント
ただ単に句を鑑賞するよりも、その背景を教えていただいてあじわうのとでは受ける感動が全然違うというのがよくわかりました。
人間のかなしさが春の樹皮へむけられてゆく
すごいと思いました。
投稿: jersey | 2010年3月21日 21:17
jersey さん:
本文で言い忘れましたが、「春の樹皮」 というのは、桜の木の樹皮かなあと思います。
ソメイヨシノの樹皮って、かなりゴツゴツで、ケヤキのすっきりさとはずいぶん違うんですよね。
投稿: tak | 2010年3月21日 22:12