『唯一郎句集』 レビュー #117
このページに載せられた 4句は、季節的には春から夏にかけてのもので、作風も共通しているので、同じ年に作られたものだろう。とくに意表をつくところもなく、淡々としたイメージの句である。
さっそくレビューである。
この旅のおはりかかはたるる山櫻水の音
「かはたるる」は「彼は誰時(かはたれどき)」の「彼は誰」を動詞化した言い方だろう。芥川龍之介にも 「かはたるる靴の白さやほととぎす」という句がある。「黄昏れる」という動詞が認知されているのだから、「かはたるる」だって当然あっていい。ただ我々が聞き慣れていないだけだ。
「彼は誰時」は、近世では「黄昏(誰そ彼)」の反対で、明け方の薄暗い時を指すということになっているが、本来は明け方でも夕方でもどちらもそう言ったらしい。
そうすると、この句はどちらかといえば夕闇の迫る頃という方がイメージに合うような気がする。旅の終わりの山里で、夕闇に溶けていく山桜を眺めながら、谷川の音を聞いている唯一郎。
ことし蚊帳をつり青萱の匂ひして子らと眠り
その夏初めて萱を吊って寝た夜のことだろう。まだ真夏にはなっていない頃、子供らと横になると、汗もかかず、すがすがしい青畳の匂いがする。
唯一郎の家庭人としての側面が表現されている。
姉妹おのおのの職業をもちマーガレット咲き
ここに登場する 「姉妹」 がどこの姉妹かはわからないが、この当時、姉妹が揃ってそれぞれ職業を持つというのは、なかなかハイカラなことだったのだろう。
そのハイカラさは 「マーガレット」 というカナカナ名前の花が咲いているとしたことで、さらに強調されている。
つばくらよ我家軒深く声かける
ツバメが軒深くまで入り込んで巣を作っている。卵がかえれば雛が口を開けて餌を待ち、親鳥は忙しく行き来する。
ツバメは 「まれびと」 のようなもので、異邦から来たるものではあるが、歓迎される。思えば不思議な存在である。
本日はこれにて。
| 固定リンク
「唯一郎句集 レビュー」カテゴリの記事
- 『唯一郎句集』 レビュー 番外編1(2011.10.21)
- 『唯一郎句集』 レビュー まとめ(2010.04.25)
- 『唯一郎句集』 レビュー #123(2010.04.24)
- 『唯一郎句集』 レビュー #122(2010.04.18)
- 『唯一郎句集』 レビュー #121(2010.04.17)
コメント