『唯一郎句集』 レビュー #121
18日をもって、『唯一郎句集』 所載の全ての句をレビューし終わったのだが、実は、まだおまけがあった。「唯一郎を憶ふ」というタイトルの後書きを寄稿してくれている伊藤後槻氏が、唯一郎が肉親に注いだ真実の情を表わす句として、11句を紹介してくれているのである。
その 11句は、既にレビューし終えたものと同じ句もあるが、本文に所載されていないものもある。だから、それらをレビューし終えない限りは、完全にレビューしたとは言えないようなのだ。
何度も書いたが、なにしろ唯一郎は句帳をもたない人だったので、句は作り捨てである。だからこの『唯一郎句集』の編纂にあたっては、あちこちに散らばった句をかき集めるのに、かなり苦労した後が偲ばれる。ようやく編纂し終えたと思ったら、ひょんなところからこうして新しい句が現われる。
後槻氏の寄稿が届いた頃には、本文の編纂は終わっていただろうから、付け加えるわけにいかなかったようだ。ちょっとしたドタバタがうかがわれる。
というわけで、おまけの初回は、初期の 4句をレビューする。
父よけふも怒る声せり夜の蔦赤ければ何故頭を垂れ給ふや
唯一郎の父(つまり、私の曾祖父)は、なかなかに豪放な人だったらしい。その息子が文学青年というのもおもしろいが。
父の怒る声のする夜、蔦の葉が赤く染まっている。父のいる部屋をのぞくと、父はなぜか頭を垂れている。映画のような情景。
母を泣かせじとこの春の鯉幟かつぎあげたり
このレビューの #17 で、「母を泣かせじとこの春は身丈の鯉幟をかつぎあげ」 という句を紹介した。ほとんど同じだが、多分、句集に載った句の方が推敲の結果なのだと思う。
「この春の」 の方が趣がある。
弟重患の暁のランプよどの梅の実もしとど濡れたり
同じく #17 で紹介した句とほとんど同じ。句集に載ったのは、「梅の実も」 の 「も」 が省かれている。なるほど、「も」 はない方が切れ味がいい。
「句は作り捨て」と言いつつも、しっかりと推敲もしているところがおもしろい。
猿廻し妻と並んで見下ろしてる残照が尊く引締まつて行く
レビューの #34 に 「老骨の猿曳きがこの國の冬山へ唄ひかけてゆく」 というのがあるが、この時はまだ唯一郎は独身だったので、この句は後の作だろう。
それでも、やはり残照が山を照らす光景で、前の句と共通点がある。酒田では夕日は日本海に沈むから、山が西から照らされる。その光景と猿回しの対照がおもしろい。
妻に対する情感をこのようにそこはかとなくつづった句は、唯一郎にしては珍しい。
これまでのレビューでも、唯一郎の家族思いには何度か触れたが、あまりあからさまな情愛は示さないまでも、心の奥は家庭的な人だったようだ。
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