「いい人」は地滑りの起点になっちゃう
今日の午前 10時過ぎに、"「いい人」というのは、泥をかぶるのを嫌う結果、自分が地滑りの起点になっちゃったりするからコワイ" と tweet してみた(参照)のだが、これ、鳩山首相のことを指してるんだと気付いてくれた人は、何人いるかなあ。
Twtter では私のフォロワーは今、107人しかいないので、いっそのこと、一日に何百人もみてくれるこっちの方に同じことをかいているわけだ。
私は、鳩山さんは多分「いい人」なんだと思っている。もしかしたら「すごくいい人」 なのかもしれない。一緒にお酒を飲んでもあまりおもしろくはないかもしれないが、一緒にお食事する程度なら、とくにそばに奥さんがいてくれたりしたら、案外楽しいかもしれない。もしかしたら、変てこなハトの真似なんかしてくれるかもしれないし。
ただ「いい人」 というのは、政治家に向かないんだろうと思う。今回の普天間の問題にしても、結局は前から決まっていたところにしか落としどころは見いだせないと、素人でもわかっていたのに、沖縄の人たちのことを思うあまり(彼自身としては、本当に心の底から思ったんだと思う)、いろんなことを言ってしまった。
そしていろんなことを言ってしまったために、あちこちに決して叶えられない期待を振りまいて、その後にどっと失望を醸造してしまった。結論自体は、自民党政権時代とほとんど変わらないんだから、いろんなことを言わなかったら、こんなに深い失望だって生じなかったのに。
私はずっと前から、「普天間の問題は、前政権からの引き継ぎ事項として、相手もあることだし、あまりいじらないで、粛々と進めるほかありません」と言っておきさえすれば、それが政治的には正しい判断になると思っていた。このブログでは、はっきりそう書いたことはないが、alex さんのブログに、こっそりそうコメントしたことがある(私も案外ずるい)。
上記のコメントに関しては、遅まきながらその記事にリンクしようと思ったのだけれど、探しても見つからなかったので、ここでこうして「書いたことがある」とだけ言っておくことにする。あとで見つかったら、ちゃんとリンクしようと思うのでよろしく。
で、alex さんご自身の鳩山評価はかなり低いようで、私は「多分いい人」(皮肉も交えて)と言っているのだが、alex さんはその程度にも評価していないようだ。まあ、それは人それぞれだからいいんだけど。
「いい人」というのはアブないということは、これはもう私は、何十年も前から言っている。「いい人」というのは常に「気持ちのいい側」 にいたがる。「気持ちのいい側」というのは、正しいとか正しくないとか、善いとか悪いとか、そういう価値判断からは離れている。要するに、「いい人がいい気持ちでいられる側」である。
「いい人」は、自分では決して泥をかぶらない。そんなこと、するわけがない。「いい人」なんだから、泥をかぶる理由がない。泥なんかかぶったら「いい人」じゃなくなるから、自身の存在理由がなくなる。
泥をかぶりたくなかったら、かぶらずに済むポジションにいればいい。つまり、あまり大きな影響力のない、ちまちまとまじめにこなしさえすればいいという仕事をするべきなのだ。そうすれば、死ぬまで「まじめないい人」でいられる。
ところが、ちょっと間違って大きな責任のあるポジションについちゃったりしたら大変だ。今回のように大規模な地滑りの起点になっちゃったりする。
私が「いい人」が苦手というのは、こんなことによる。多少は「悪人」の要素を持っていてくれないと、付き合いにくくて仕方がない。親鸞上人だってそんなふうなことを言ってくれているんだから、間違いない。自分は悪人でいいやと思えばこそ、平気で泥をかぶって、世のため、人のためになることだってできるのだ。
| 固定リンク
| コメント (8)
| トラックバック (0)












最近のコメント