中原に鹿を逐いたくなんかない
「内田樹の研究室」の「豊臣秀吉の幻想」というエントリーを読んだ。ものすごく手短にまとめてしまうと、豊臣秀吉の朝鮮出兵は、国家主義的なコンセプトによる朝鮮侵略などではなく、朝鮮半島を経て中国大陸に統一王朝を打ち立てる(中原に鹿を逐う)という、当時の東アジアでは当然の欲望によるものだということである。
そして西郷隆盛の征韓論もその流れにあるが、それは当時受け入れられず、後の韓国併合は、別のコンセプトで実行された。「華夷秩序コスモロジー」から「帝国主義コスモロジー」への移行が、明治期の日本で行われたというのである。なるほど、そのようにみると納得いくものがかなりある。
そして内田先生は、"ある社会集団の「狂気じみた」ふるまいの意味を理解したり、次の行動を予測したりする上では、その集団の「狂気じみたふるまい」を主観的には合理化していた幻想の文脈を見出す必要がある" とおっしゃる。それはまったくその通りだと思う。
さらにそれは、そのふるまいを「今の時点」で合理化するためではなく、「私たちもまた今の時点で固有に歴史的なしかたで『狂っている』ことを知るため」だと指摘されている。これもまた、全面的に同意する。
内田先生のおっしゃるごとく、我々はまさに、歴史的に固有な仕方で「狂っている」のである。それを自覚しないで、歴史など語れるわけがない。
で、ここから突然自分に都合のいいこじつけに走ってしまう私であるが、"「勝間和代 VS ひろゆき」を、「読んだ」" という記事で私が表明している勝間和代氏への違和感の源は、この辺にあるのだと気付いた。
勝間さん、自分が「歴史的に固有な仕方で『狂っている』こと」 を自覚していらっしゃらないのである。逆にエターナルな価値観において、自分こそが唯一正常であると思っているようにさえ見えてしまうのだ。これが、私が彼女に抱く違和感の実体である。
それからまた別の話だけれど、中国は今「華夷秩序コスモロジー」と「帝国主義コスモロジー」とのどちらの領域に属しているのだろうかと考えてしまうのだが、実はもしかしたら、その過渡期にあるのじゃないかと思うのだ。長い長い過渡期になるかもしれないが。
中国は、下手すると日本が今でも「中原に鹿を逐う」ことを狙っているんじゃないかと思いこんでいるのかもしれない。だからこそ、あれだけ日本を敵視するのだ。他の西欧諸国にいくら侵略されようとも、日本に対するほどには露骨な態度に出ない。さらにチベットだって、属国的に従えておきたい。
日本やチベットが中原の辺境にあるからこそ、「こいつらに鹿を逐われちゃたまらん」という、前近代的意識を反映させてしまうのかもしれない。それならば、中原に出てこられる前に叩いておけという意識になるのも理解できる。
共産党という「現代の中原」の内部で勢力争いをしている彼らの感性には、油断するとあいつらまで鹿を逐いに来るという危機感があるのかもしれない。今やほとんどの日本人は、あんなややこしい大陸で鹿を逐おうなんて、これっぱかりも思っていないのだが。
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コメント
私はよく「時代の思想」と言う事を書きます
「その時代の意識」と言い換えてもいい
欧州の列強は「帝国主義」という時代の思想に則って、世界を制覇し、世界中に植民地を持った
その時代には、それは極悪非道なことでは無く、むしろ賞嘆されるべき事だった
英国の海賊達は女王に勲章をもらっています
国家の方針に則った事を実行したからです
しかし、時代が変われば時代の思想も違ってくる
戦前の日本は、帝国主義を極め、その結果、ありあまる植民地を世界中に持った列強からすれば、「遅れてやってきた、compete しようとする初の「有色人種国家」であって、白人制覇の世界秩序を破壊しかねない危険分子だった
だから、中国に領土的野心を持ち,租界を持ちながら,日本だけを悪者にして、その進出を阻んだ
おおよそそのように考えています
軍国に本がいいといっているわけではありません
日本は,人種の壁と時代の思想のズレに敗れたのです
私の意見では,中国はいまだに日本を恐れています
中国が出来なかった近代技術の導入を実現し、清中国とロシアを破り、さらも白人同盟と、良かれ悪かれ,軍事的に互角に渡り合った日本の潜在力を
だから、中国は,日本にいつまでも平和ボケでいて欲しいのです
投稿: alex99 | 2010年5月23日 23:24
alex さん:
>私はよく「時代の思想」と言う事を書きます
まさに、現代の単純な正義感で歴史を裁くのは、愚かな行為です。
>日本は,人種の壁と時代の思想のズレに敗れたのです
それは確かにありますね。
>だから、中国は,日本にいつまでも平和ボケでいて欲しいのです
平和ボケでいてあげてもいいから、あんまり変な刺激をしてこないでねと言いたい (^o^)
投稿: tak | 2010年5月24日 17:28
私も面白く読ませてもらいました。
ただ中国は辺境国ではないので、「華夷秩序コスモロジー」=「帝国主義コスモロジー」ではないかと。俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの、ですね。
事実あちこち手出してますし。チベットは山脈にぶつかるまで進みましたが、台湾や日本は海があるから手を出していません、西域は砂漠で頓挫したみたい、モンゴルは万里の長城のせいだったりして。
投稿: vagari | 2010年5月25日 00:19
vagari さん:
>ただ中国は辺境国ではないので、「華夷秩序コスモロジー」=「帝国主義コスモロジー」ではないかと。俺のものは俺のもの、お前のものは俺のもの、ですね。
まあ、本質的な違いはないと言えばいえますが、基本的な世界観というところで、ある程度の線は引けるかと (^o^)
>台湾や日本は海があるから手を出していません、
出そうとはしましたけどね。
>モンゴルは万里の長城のせいだったりして。
万里の長城は、基本的には漢民族が防壁として造ったんですね。それほどモンゴル民族への警戒心は大きかったみたいですね。
当初の壁の高さは、馬と羊が越えられなければいいという程度のものだったようです。
モンゴル族は、馬に乗って攻め入ってきて、後で羊を連れてくるから。
(羊というのは大きな財産だったようです)
投稿: tak | 2010年5月25日 08:35