日本はそこまで特別ってわけじゃない
今日は仕事で福島まで車ででかけ、夜の 10時頃に帰ってきた。近頃、またずっと休みなしなので、さすがにひいひい言っている。10時頃の帰宅で済んだからよかったが、日付が変わる頃だったら、睡魔との壮絶なる戦いを展開しながら帰ってきただろう。
道中は楽しかった。常磐道のいわきの手前で磐越道に入り、東北道に向かうと、そこはきれいな紅葉の世界だった。今年は紅葉が遅れているらしく、まだ「燃えるような」と表現するには物足りなかったが、やっぱり日本の四季の景色は美しい。
ところで、どこで見かけたんだか忘れてしまって、多分 Twitter での 誰かの tweet だったかなあと思うんだけど、「秋に紅葉と黄葉が入り交じって見られるのは日本だけだそうだ」というような書込みがあった。これ、何を根拠にそんなことを言ってるんだろうか。
甚だしくは、「明確な四季があるのは日本だけ」なんていう書込みも、どこかで見たことがある。いやはや、そんなはずないじゃないか。そんなんだったら、ビバルディの『四季』なんて、どうして生まれたんだ。
赤や黄色の入り交じった秋の光景は、外国でだって見られる。何なら、"autumn leaves" というキーワードで、Google の画像検索をしてみればいい。いくらでも探せる。
それにしても、こんなような「日本はかなり特別」という思い込みは、どこから生まれたんだろうと思う。確かに日本はかなり特別な国で、その光景はとてもコンパクトで親密な美しさに満ちているが、四季や紅葉・黄葉といったような事項まで特別だなんてことはない。
これが 「日本はこれだけ特別なんだから、国際性が多少欠けていても仕方ないよね」 みたいなエクスキューズに使われているのだとしたら、そりゃちょっと問題だ。
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コメント
>日本はそこまで特別ってわけじゃない
政府首脳が、これだけ中国に配慮するっていう「ゆかしさ」を見るにつけ、「日本は特別」と思います
投稿: alex99 | 2010年11月15日 05:14
Takさま
はじめまして。
いつもこっそり読ませていただき、刺激を受けております。
日本人が日本について「特別だ」と思いたがる傾向は確かにありますが
この傾向自体も日本人に特有なものではない気がします。
私はアメリカで言語やコミュニケーションの研究をしている学生ですが
比較研究に限らず文化を語るとなると
やはり各々の文化を「特別だ」と捉えることが前提になっているように思います。
「いかに特別か」という根拠づけがあれば噂話は研究と呼ばれ
いくらか篩いにかけられるのでしょうが
根本的には同じつくりなのかもしれません。
殊更に違いを取り上げて、盛りぎみに語ると注目度が上がるというのは
なんというか、残念なことですね。
私にはナニジンでも何語でも
人がすることはどこでも同じように見えるので
きっと研究者としてはうだつが上がりません。
emi
投稿: emi | 2010年11月15日 05:41
alex さん:
>政府首脳が、これだけ中国に配慮するっていう「ゆかしさ」を見るにつけ、「日本は特別」と思います
彼らの頭の中では、日本は中国の属国となっているらしいので、当然のことをしているつもりなのだと思います。
次は絶対に票を投じません。
投稿: tak | 2010年11月15日 10:24
emi さん:
>日本人が日本について「特別だ」と思いたがる傾向は確かにありますが
>この傾向自体も日本人に特有なものではない気がします。
確かに、どこの国でも、どの民族でも、自らの独自性を意識することでアイデンティティを形成するということはあるでしょうね。
ただ、日本の場合はちょっとその傾向がことさらなのではないかと思います。
プリミティブな人は、世界との差異を意識しませんが、一度知識を得て意識し始めると、ことさらに差異を強調したがる傾向があると思います。
ある意味、プリミティブとインテリの間の、その傾向差もかなりなもので、その差故に、インテリはますます得意げに強調したがる傾向があるのかとも思っています。
デフォルトで、「みんな同じ」 という意識が強すぎるのが問題なのかもしれませんね。
一歩外に出ると、「ありゃ、同じじゃない!」 というショックが強すぎるので。その反動でことさらに差異が意識されすぎるというか。
投稿: tak | 2010年11月15日 10:34
もともとは、
「自分たちの価値観は普遍性の低いものだ。
無条件に受け入れられると思ってはいけない。
だから、異文化と接する時には、
違和感が生じることを覚悟せねばならない。
相手を困惑させることのないように、
慎重に行動するべきだ」
というような考えが根っこにあったのではないかと思っています。
ところで屁理屈を一つ。
「日本人ほど強く、自分たちは特別だと思っている国民はいない」
投稿: キセ | 2010年11月15日 12:26
キセ さん:
>「自分たちの価値観は普遍性の低いものだ。
> 無条件に受け入れられると思ってはいけない。
> だから、異文化と接する時には、
> 違和感が生じることを覚悟せねばならない。
> 相手を困惑させることのないように、
> 慎重に行動するべきだ」
これは、とても謙虚な態度だと思います。
私としては、日本人が自らの文化をことさらに特別と思いたがるのは、上のレスで述べたように、
>デフォルトで、「みんな同じ」 という意識が強すぎるのが問題なのかもしれませんね。
>一歩外に出ると、「ありゃ、同じじゃない!」 というショックが強すぎるので。その反動でことさらに差異が意識されすぎるというか。
という要素もあるのではないかと思っています。
投稿: tak | 2010年11月15日 13:03