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2010年11月24日

キリスト教なのに 「ウェストミンスター寺院」 とはこれ如何に?

英国のウィリアム王子とケイト・ミドルトンさんの結婚は、来年 4月 29日にロンドンのウェストミンスター寺院で行われると発表された。おめでたいことである。私なんかがどうこう言っても仕方ないことだが、ここでお祝い申し上げる。

で、今日の話題は非常に細かいことで、ウェストミンスター寺院はキリスト教の施設なのに、どうして「寺院」というのかということである。こういうことになると、どうでもよさそうなことが気にかかるというのは、私の業のようなものなので、ちょっとお付き合い願いたい。

日本では一般的に、「寺」とか「寺院」とかいえば仏教関係のもので、「神社」というのが神道関係のものと理解されている。しかし子細に見ればそうと言い切っていいわけじゃない。イスラム教関連の宗教施設も「寺院」と称することがあり、キリスト教関係でも、このウェストミンスター寺院だけでなく、セントポール大聖堂のことをセントポール寺院と言ったりする。

キリスト教関連の施設といえば、日本人はまず「教会」という言葉が思い浮かぶが、この問題は言語の問題でもあるので、とりあえず英語をあたってみよう。

「教会」は和英辞書的には "church" ということになっている。この  "church" という言葉は、教会の建物を指す場合も多いが、組織としての教会や教派のことを指すこともある。あるいは宗教上の集まりのことをいう場合もある。だから、建物そのものというわけではない。

建物そのものをいうのは、"cathedral" という言葉がある。日本語では「大聖堂」と訳されているが、この言葉の意味合いは、同じキリスト教でも宗派によって異なるようだ。

カトリックでは、大聖堂(cathedral)とは、内陣中央の司教座(ラテン語で cathedra = 司教の座る席)を持つ御聖堂のことであり、司教が長を務める教会堂を指す。必然的に大きな威厳ある建物となる。

「司教」という役職のないプロテスタントと東方正教会には、当然ながら "cathedral" に相当するコンセプトがない。しかしながらプロテスタントの教会でも規模の大きなものは便宜上、日本語で「大聖堂」と呼ばれることがある。東方正教会でも大きな教会はロシア語で「サポール」と呼ばれていて、それを日本語では「大聖堂」と呼ぶことが多いようだ。

つまり日本人のイメージとしては、「教会の大きいのが大聖堂」ということになっていて、それで特段の不都合はないのでうるさいことは言わない。ただし細かいことを言えば、大聖堂と cathedral は、すっきり一致するわけではない。

で、この「大聖堂」という訳語が定着する前に、いつの頃かしらないが、"cathedral" を「寺院」と言い習わしてしまったことがあるようなのだ。セントポール大聖堂のことをセントポール寺院と言うことがあるのは、どうやらその名残のようである。

英語翻訳の初期には、"church" は「教会」 と訳したものの、"cathedral" の訳語に困って、便宜的に「寺院」という言葉を当ててしまったのだろう。日本語では「神社」といえば神道の施設だが、明治期においては他の外来宗教の施設に「寺院」という言葉を当てることにそれほどの抵抗がなかったのだと思う。

元々は仏教だって外来宗教である。「寺(てら)」と和語で言ってしまうとそれはもう、生活に密着した仏教のものということになっていたが、「寺院」という気取った漢語なら、少しエキゾチックな感覚をも許容するいうところだったのではなかろうか。

しかし今回の話題の発端である「ウェストミンスター寺院」だけは、ちょっとややこしい。というのは、これは英語では "Westminster Cathedral" ではなく、"Westminster Abbey" という。

"Abbey" というのは、英単語集の最初の方に出てくるので、案外見覚えがあったりする。「大修道院」という意味だが、実際の場面で使う機会はほとんどない。Westminster Abbey と、ビートルズのアルバム、"Abbey Road" で使うぐらいのものだろう。英語で大文字の "The Abbey" と言えば、この Westminster Abbey のことを指すというぐらいである。

そしてややこしいことに、ロンドンには 「ウェストミンスター寺院 (Westminster Abbey)」とは別に 「ウェストミンスター大聖堂 (Westminster Cathedral)」というのがちゃんと存在する。前者はイギリス国教会の施設で後者はカソリックの施設だから、宗派も違う。

それだから「ウェストミンスター寺院」だけは、いつまで経っても「ウェストミンスター大聖堂」と言い換えるわけにいかず、他のキリスト教大型施設が「大聖堂」の呼称に集約されつつある今の世でも、「寺院」のままで残っているというのが実情のようなのだ。

ちなみに、日本人の多くは "temple" は仏教の「寺」のことと思っているが、英国に仏教が伝えられる以前から  "temple" という言葉はあったので、そう単純でははい。英語の  "temple" は、主としてキリスト教以外の宗教施設を指す。だから、イスラム教でもヒンドゥ教でもユダヤ教でも、古代遺跡の宗教施設でも、大抵 "temple" で済ませる。

おもしろいことに、モルモン教の教会も "temple" である。モルモン教はキリスト教では異端とされているので、"church" とは言わないらしい。そのくせ、仏教の施設のことを "Buddhist church" なんて言う(参照)。キリスト教は近親には厳しいのかもしれない。

最後に言うまでもないことだが、ロンドンで 「ウェストミンスター寺院」 への道順を聞くときに、"I'd like to visit the Westminster Temple." などと言ってはいけない。

 

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コメント

いつも楽しみにROMさせていただいています。

ウィリアム王子婚約のニュースで私もこの事が
非常に気にかかっており(笑)今回の記事で
非常にすっきりすると言うか溜飲が下がる思い
で数日来のもやもやが晴れました。
ありがとうございます。

Abbey Roadもそれに由来する名前なんでしょうね。

言葉は40年前にBeatlesに教わってもその意味
を初めて知りました(お恥ずかしい)

投稿: ryu | 2010年11月24日 16:09

ryu さん:

>Abbey Roadもそれに由来する名前なんでしょうね。

そうか、本文中にこれを入れるのを忘れてました。
さっそく訂正して入れます。

思い出させてくれてありがとうございます。

投稿: tak | 2010年11月24日 16:15

クロード・ドビュッシーの曲に
「沈める寺」というのがあります。
これはブルターニュのケルト伝説を題材にしてます。
だから、「沈める教会」では更におかしい。

ヨーロッパ人ですらキリスト教オンリーじゃないのに、
日本人にキリスト教を理解させるのは難しい。
つまり、無い袖は振れないっていうか、
無いものは言葉に出来ないってことでしょう。

火山が無いイギリスでは、ラテン語由来の「volcano」
を使うしかなかったように。

投稿: ケジボン | 2010年11月24日 19:57

ケジボン さん:

なるほど。
「沈める寺」 は、英語で言えば "temple" に相当する単語なんでしょうね。
で、直訳して 「寺」 と。

イギリスに火山がないとは知りませんでした。

アイスランドにはすごいのがあるのに。

投稿: tak | 2010年11月24日 20:12

相変わらずの深い話、ありがとうございます。

Abbey Road って、そういうことだったんですね。
Abbey は40年前から眼にしてるのに何も知らなかった、くやしい。

モルモン教の正式名称は
The church of Jesus Christ of Latter-day Saints 日本語訳が 末日聖徒イエスキリスト教会。

自分たちの組織と毎週集う教会(建物)は “Church”、様々な儀式を行う神殿を “Temple” と使い分けているようです。ややこしいですね。
他のキリスト教は彼らのことをどう呼んでいるか分かりませんが。

投稿: ハマッコー | 2010年11月24日 21:18

ハマッコー さん:

>モルモン教の正式名称は
The church of Jesus Christ of Latter-day Saints 日本語訳が 末日聖徒イエスキリスト教会。

初めて知りました。
最初に "The church" と付くんですね。
これは「教会」というより「教団」というニュアンスでしょうかね。

>自分たちの組織と毎週集う教会(建物)は “Church”、様々な儀式を行う神殿を “Temple” と使い分けているようです。

ほほう、そういう使い分けがあるんですね。
Church の中に temple がある場合もあると聞いたことはありますが、まさにそれえすね。
おもしろいですねぇ。

投稿: tak | 2010年11月25日 00:07

明治神宮をMeiji templeと表記するのもまま見られるようです。

投稿: 匿名希望 | 2010年11月25日 21:34

匿名希望 さん:

>明治神宮をMeiji templeと表記するのもまま見られるようです。

神社とお寺の区別の付かない外国人が、そう表記しているんじゃないかと思われます。

ただ、キリスト教以外は temple という慣習からすれば、彼らにとっては何も違和感がないんでしょうね。

日本人の中にも、お寺の参拝で柏手(かしわで)を打つ人がいるぐらいですから、しょうがないですね。

投稿: tak | 2010年11月25日 22:36

そういえば。
Jedi(ジェダイ騎士団です)は、Temple(Templo?) ですね。
と言う事は仏教系なのかな? まあ、東洋からヒントを得たらしいので、これで良いのか...。

(STAR WARS 1-3 で出てきた Temple って、イスラム系のような気がしなくもないのだが。塔が沢山って、仏教系ではない気もする。まあ、イメージの世界で、宗教とは関係ないのだが。)
> http://www.portal-cifi.com/scifi/content/view/2085/4/

投稿: luckdragon2009 | 2010年11月26日 01:10

luckdragon2009 さん:

すみません、この方面にはまったく疎いので、コメントすることができません。

(さっぱりわからんのです^^;)

投稿: tak | 2010年11月26日 13:33

あーすみません。(^^;
> さっぱりわからん話題を振ってしまった。

投稿: luckdragon2009 | 2010年11月28日 04:45

luckdragon2009 さん:

こちらこそ、対応不能にてすみませんでした。

投稿: tak | 2010年11月28日 11:22

Abbeyは、カトリックのベネディクト修道会の修道院の建物を指す言葉だそうです。
もともと、ウェストミンスター大寺院はイギリスがカトリックだった時代、エドワード懺悔王によって建立された、ベネディクト修道会の聖堂でした。16世紀にヘンリー8世の宗教改革により、イングランドはプロテスタントの英国国教会(英国聖公会)に改宗しウェストミンスター大寺院は英国国教会の聖堂になりました。
英国国教会と同じ系列の教会は、日本にもあり(日本聖公会と呼ばれ、たとえば、立教大学、聖路加国際病院、桃山学院大学などを経営しています)そこの牧師さんの話によると、日本聖公会では、『ウェストミンスター大礼拝堂』と呼んでいるそうです。大寺院よりも大礼拝堂と翻訳するほうがふさわしいと思います。

投稿: かずみ | 2014年4月13日 07:41

かずみ さん:

ほほう、そうでしたか。

>日本聖公会では、『ウェストミンスター大礼拝堂』と呼んでいるそうです。大寺院よりも大礼拝堂と翻訳するほうがふさわしいと思います。

そうですね。
今からでいいから、そのようにしてもらいたいぐらいです。

投稿: tak | 2014年4月13日 23:17

来週末からちょっとロンドンに行くのですが、地図を見ていたらウェストミンスター「大寺院」とウェストミンスター「大聖堂」とあって、お上りさん的にはどっちに行けばいいんだよと悩んでいて、そういえばtakさんのところでそんな話題があったなぁと思ってたどり着きました(笑)

……で、どっちに行けばいいんだろう(笑) ガイドブックを見て考えます(^^;

投稿: 山辺響 | 2015年9月11日 13:43

山辺響 さん:

おお、いいなあ、うらやましいなあ!

私とナポレオンは、ドーバー海峡を越えてないのです。
イングランドからアイルランドまで、行ってみたいんですがねえ。

投稿: tak | 2015年9月11日 19:53

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