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2010年12月18日

「参加」と「参画」と、お役所言葉

昨日の政府閣議で、「男女共同参画基本計画(第 3次)」が決定された(参照)。とりあえず論じてみたいのは、その計画の中身ではなく、「参画」という言葉についてである。「参加」とどう違うのか。

これは辞書を引けばすぐにわかる。Goo 辞書(大辞泉)では次のようになっている。

参加  [名](スル)

  1. ある目的をもつ集まりに一員として加わり、行動をともにすること。「討論に―する」 「―者」

  2. 法律上の関係または訴訟に当事者以外の者が加わること。「訴訟―」

参画 [名](スル)

事業・政策などの計画に加わること。「法律案の作成に―する」

つまり、事業、政策などの計画段階に関与することが「参画」なのである。それに対して、「参加」というのは共同行動一般に加わることだ。

ということを基本的におさえておいて、「男女共同参画基本計画」という言葉を改めて眺めてみると、どうも引っかかってしまうのである。なにしろ、 「男女共同参画社会」を目指す計画なんだそうだが、より詳しくいうと、次のようになるらしい。(Wikipedia より

男女共同参画社会とは、「男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、もって男女が均等に政治的、経済的、社会的及び文化的利益を享受することができ、かつ、共に責任を担うべき社会」のこと。

ここで使われている 「参画」という言葉は、本来は「参加」と言うべきところををもったいぶって言い換えただけにすぎないというニュアンスである。「参画とは「計画に加わる」ということなのだから、上記の「活動に参画する」という言い方は、本来そぐわない。敢えて杓子定規にいわせてもらえば、言葉の誤用である。国語のテストだったら、「×」 になる。

しかしまあ、ここは最大限好意的に解釈して、「活動の計画段階から主体的に関わっていく」というような意味なのだということにしてあげよう。本来そうあるべきなのだろうしね。

ただ、「男女共同参画社会基本計画」といってしまうと、言葉が入れ子になってしまう(文字通りに受け取れば 「計画に加わることの計画」ということになる ことで、意味するところがぼやけてしまう。そのようなイレギュラーなレトリックをあえて採用するほどの必然性があったとは、私には思えない。

そもそも、「男女共同参画」は、英語で公式には "gender equality" と表記するのだそうだ。なんだ、単純なことじゃないか。要するに「ジェンダーの平等」ということである。それを「男女共同参画」なんてもったいぶって言って、さらに「基本計画」なんていうのが加わるから、意味合いがぼんやりしてしまうのだ。

誠にもってお役所言葉というのは、簡単なことをもったいぶって(時には誤用をおかしてまで)わかりにくく言い、「君たち庶民にはわからんだろうから」と、お役人が大いばりで説明するためのものである。初めから簡単に言っておけば、お役人の数はもっと少なくて済むのである。

 

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