地震という名の日常
関東、しかも茨城県というところに暮らしていて、あの大震災以後、余震がこれほど日常になってしまうと、ライフラインが止まっているわけでもなく、ましてや避難所暮らしをしているわけでもないのだが、神経がちょっとだけまともじゃない状態になってしまっているのを感じる。
18、19日の 2日間、阿波の徳島に出張した。徳島もあの阪神淡路大震災ではかなり揺れたが、余震が 1ヶ月も続くなんてことはなかったという。そしてあれ以来、大きな地震には見舞われていない。
そんな地にたった一晩泊まって、翌日の夕方までいただけなのだが、「地面が揺れない」というごく当たり前のことが、とても新鮮で非日常的に感じられてしまった。それだけ、私にとっては余震が日常になってしまっているわけだ。
私の住む茨城県南西部というのは普段から地震の巣窟で、直下型の震度 4クラスの地震には慣れっこになっている。「ズーン」という突き上げの縦揺れが最初に感じられると、「ああ、直下型だから、これ以上強くはならない」と安心してしまう。逆にカタカタという初期微動が長引くと、次の瞬間にものすごい横揺れが来そうで、思わず身構える。
地震には慣れてしまっているだけに、ことさらにおびえているわけでもないのだが、これだけ続いてしまうと、やはりストレスがたまる。本来は非日常であるはずのことが日常になってしまうというのは、精神衛生によくない。
避難所暮らしをしている人たちは、既に限界を超えるほどのストレスを感じていることだろう。月並みな言い方しかできないのが悲しいが、一日も早い対策を講じてもらいたい。
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