もう一歩踏み込む酔狂さ
"God is in the details." (神は細部に宿る) と言ったのは、ミース・ファン・デル・ローエという建築家であるとされる。彼はミニマリズムを旨としながらも、細部のデザインに凝り、しかもそれをいかにシンプルに見せるかに苦心した。だから彼のデザインによる建築は、ざっとみればシンプルだが、よくみると玄人をうならせるディテールに満ちていたらしい。
「神は細部に宿る」というのは、元々は建築デザインの分野の格言なのだが、いろいろな芸術分野でも言われる。とくにコメディ映画では、画面の隅っこにちょっとした伏線や、注意していなければ見落としそうなパロディをちりばめることがある。マニアックな映画通がそれに気付いて、宝物でも発見したように喜ぶ。
映像の醍醐味は、何度見直してもそこに新しい発見があるということである。いや、映像に限らず優れた芸術というのは、何度見直しても新しい発見や感動がある。ざっと見て、それでわかったような気になっている半可通を裏切りまくるほどの、ほとばしり出る、あるいはにじみ出るものがいつまでも持続する。
全体を見て受け取った感動が、どんなに細部に注目しても、姿やおもむきを変えつつ、しかも一貫したベクトルをもってにじみ出る。だから芸術の鑑賞は止められないのである。
絵にしても、「いかにも小器用なだけの絵」 というのは単なる記号だから、じっくり鑑賞しようという気にならない。美人や美男子にしても、あんまりお約束的すぎる美しさだと、とことん付き合おうという気が失せる。どこか崩れているぐらいが魅力的だったりする。
芸術表現で「月並み」「平凡」が嫌われる理由は、そこにある。一見してわかってしまって、それ以上細部に注目しても、新しいものが別に何もないのだ。だったら、もったいぶって芸術なんていう表現手段を取らず、単なる散文的な説明で済ましてもらえばいいだけなのである。
俳句や短歌の初心者にちょっとした指導をするとき、「いくら美しかったとしても『美しい』とは言わないでね」「いくら癒されたとしても、『癒しのなんとか』という表現はしないでね」「いくら楽しかったとしても『心楽しき』なんて言わないでね」というのだが、なかなかわかってもらえない。
いくら言っても、「桜花満天満つる美しさ」とか「バイオリン心を癒すその調べ」とか 「春の日に孫と遊べる楽しさよ」なんて、平気で作ってくる。それを言ってしまっては、それっきりでしかないんだけどなあ、人生における感動って、その程度のものであるはずないでしょうというのが、なかなか通じない。
表現って、そんなに難しいことかなあ。単に、感動にもう一歩踏み込むだけの酔狂さが足りないだけなんじゃないかなあ。人生に膨らみをもたせるのは、ちょっとした酔狂さだと思うんだがなあ。
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コメント
これは、素晴らしいお題ですね
これを一過性のエントリーにするのは、もったいない
いろいろ書きたいとは思うんですが時間が無い(笑)
芸術というものは「どう美しいか?」を説明するものなのに、「とにかく美しいんだ」と言ってしまうと身も蓋もない
西脇順三郎が詩論で、関係のない二つのものを結びつける事によって詩的な関係が出来る・・・と言うようなことを言っていますが、それも一つの芸術論ですね
投稿: alex99 | 2011年5月24日 11:03
例えばぶっきらぼうな若い男と鼻っ柱の強い若い女が出会い、最初は反目しあってるんだけど、いつしか恋に落ちていく。
典型的な恋愛映画のパターンだけど、出来の良い作品はその過程を描くタッチや背景、小道具、俳優の表情なんかがこちらの心を動かして説得力を持つ。ダメだなあと思う作品は、単に筋を追う感じで、「こうなるのがお約束でしょ」と一方的にフラットな理解を求められる。
「麗しのサブリナ」のリメイクを観たときにこんな感想を持ち(元の作品もそんなに特別なわけじゃないけど、リメイクは観てられない感じでした)ました。恋愛映画だけでなくアクション映画とかでも同じ。
おそらくリメイクがしばしば上手く行かないのはストーリーを追うことや、クレバーに翻案することにかまけていて、元の作品の持っていたタッチが失われるからなんじゃないかなと思います。
投稿: きっしー | 2011年5月24日 12:03
こんにちは~
おひさしぶりです~~
この記事
すてき!!!!!!!!!!!!
すばらしい~~~~
勉強になりましたぁ~~~~~
そうでしたね、
好きとか、気分がいい、とか美しいとかを
ずばりと言ってしまわずに、
べつの言葉で表すんですね。
はは~~~っ
ありがとうございました。
とってもよくわかります。
投稿: tokiko68 | 2011年5月24日 13:36
alex さん:
>芸術というものは「どう美しいか?」を説明するものなのに、
「説明する」というよりは、「表現する」の方が的確だと思いますが、とにかく、例えば天気でいえば気象用語なら 「晴れのち曇り」 で済んでしまうところを、いかにぐっとくる情景描写で、説明的でなく表現できるかというところなんでしょうね。
>西脇順三郎が詩論で、関係のない二つのものを結びつける事によって詩的な関係が出来る・・・と言うようなことを言っていますが、それも一つの芸術論ですね
ちょっと論理的なやり方をすると、エイゼンシュタインの 「モンタージュ理論」 になって、感覚的にやると 「シュールレアリズム」 になるんでしょうね。
投稿: tak | 2011年5月25日 14:20
きっしー さん:
「麗しのサブリナ」のリメイクは見ていませんが、オードリーのために作られた映画を他の女優でリメイクするんなら、換骨奪胎というか、基本コンセプトからしてがらりと一新しなければいけないんじゃないかと思いますね。
投稿: tak | 2011年5月25日 15:11
tokiko68 さん:
ありがとうございます。
朱鷺子さん、基本的に芸術家なんですね。
投稿: tak | 2011年5月25日 15:12