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2011年5月18日

越谷の殺虫剤誤飲事件 ― 行政の惰性という問題

もうちょっと早めに書こうと思っていたのだが、つい忘れているうちに詳細が少しずつわかってきたので、ちょっと遅めではあるけれど書くことにする。埼玉県越谷市で、70代の女性 2人が市から配布された殺虫剤を誤飲して重体に陥ったという件についてである。

経緯をみると、この殺虫剤は越谷市から連合自治会を通じ、女性の所属する自治会(女性宅は班長を務めていた)に 18リットル入り 2缶が配られた。そして同自治会ではペットボトルなどに小分けして、14日夕方までに、翌日の自治会清掃のために 26班ある班長宅へ配布したということになっている。

越谷市ではペットボトルなどに小分けしないように指導していたが、それは以下に引用する毎日新聞の記事にあるように、全然徹底されていなかったようだ。(参照

越谷市の女性と同じ自治会の 70代男性は、毎日新聞の取材に「ペットボトルなどに小分けするのは十数年前からやっていた。何ら問題はなかった」と話した。

お茶と同じような色をした殺虫剤をペットボトルに入れて一般家庭に配布するというのは、常識論からすれば乱暴すぎる話である。しかし根本的な問題は、大量の殺虫剤が無造作に自治会に配られるということではなかろうか。

実は私の住む地域でも、以前はそのような形で殺虫剤が自治会に配られていた。しかし、そんなものを配られても処置に困るので 「いらない」 ということになり、ある時から配られなくなった。もしかしたら、希望する自治会には今でも配られているのかも知れないが、詳しくは知らない。

惰性で続いてきたことほどやっかいなものはない。配布を希望しないということに決定するときも、「地区の衛生のために必要だ」「共同の清掃に使わなくても、家庭で使うこともある」などとと言い張る会員もいて一筋縄ではいかなかった。どんだけ無料でもらえるものが好きなんだ。

越谷市ではこの事件を受け、殺虫剤の配布を中止したと伝えられる。どうせ惰性で続いてきたことなのだから、中止されても誰も困らないのである。そもそも町内の清掃時に散布する殺虫剤なんて、下水が普及する以前に汚いドブに撒くためのものだったのだから、ほとんどの地域で既に使命が終わっているのだ。

独立行政法人の仕分けに限らず、行政レベルでは、一度始めたことは容易に止められないのである。どんなに税金の無駄遣いと言われても、利権も絡めば市役所職員の担当が要らなくなったりするという人事問題も発生する。止めるのが難しいのは、原発だけではない。

 

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コメント

世の中,“惰性”で続いていて本質的に意味をなしていないことってよくよく考えると,日々の生活の中にも実は山のように存在することが予想できますよね.

企業然り,行政然り,教育現場然り,,,

「ずっとこうしてきたから」という趣旨の良い訳を武器に.

投稿: 紅いも | 2011年5月19日 14:03

紅いも さん:

始めるためには 「こんなの、あるといいな」 というたった一つの理由で十分なんですが、一度始まったものを止めるためには 「なくても済む」 という理由だけでは足りないんですよ。

「あると邪魔」 でもまだ足りなくて、「あると危険」 ぐらいの理由をつけないと、なかなか廃止にはもちこめません。

というわけで、世の中は余計なものだらけです。

投稿: tak | 2011年5月19日 15:53

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