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2011年7月11日

エアコンを使わない夏 4

一昨日の 「エアコンを使わない夏 3」 という記事に、先輩 alex さんから

エネルギー問題については、波長のあった議論が容易では無いようですので、勝手ですが、この辺でサスペンディッドとさせていただきたいと思います

というコメントをいただいた。私も、そろそろサスペンディッドのタイミングかなあと思っていたのだが、念のためその後に、かなり長いレスを書いて一応のケリを付けようかと思った。ところが、そのケリの付け方が思いの外にヘビーなものになった気がするので、改めてここで一本の記事にしたいと思うのである。私も自分が思っていた以上にしつこい。

原発問題に端を発したエネルギー問題で、いわゆる「原発擁護派」と「反原発(脱原発を含む)派」 の議論がかみ合わない要因は、端的に言えば、原発を経済的側面から語るか、倫理的側面から語るかの違いなのではないかと思っている。

これに関しては、既に先月 21日に「原発は経済問題である以上に哲学的問題である」という記事でも述べている。この問題に関して、きっしーさんは行動経済学の観点から、「それでも私は経済的問題だと思います」とコメントされているが、経済に素人の私としては恥ずかしながら、倫理的、哲学的問題と捉える方がピンとくる。

私は原発問題に関しては「世代間倫理」を無視しては語れないと思っている。つまり、核廃棄物処理という難題を、子孫に丸投げしてしまうという身勝手は、いかがなものかというのが根底にある。

そのため、いわゆる経済的側面に関しては、やや軽視しているということも自覚している。そこまで無自覚なお気楽ノー天気というわけではないのだが、経済を成長・維持することを至上命題とする考えからは、「おとぎ話」と思われてもしょうがないだろう。私としては、この状況で経済成長にこだわる方が、ずっとおとぎ話に思えるのだが(参照)。

ちなみにきっしーさんからは、行動経済学の視点からの指摘をいただいているので、かなり困難なことではあるが、この視点からの議論もする価値があるだろう。

「世代間倫理」に関しては、義務とか権利とかいう近代的法律論に立脚した価値観からは矛盾も指摘されている。しかし端的にいえば、「自分さえよけりゃいいというのは、ヤバイよね」というごく当たり前の倫理を、中長期的な時間軸においても適用しようという考え方と理解している。

「そのためには、かなりのガマンもしなきゃね」ということにもなって、それが価値観のパラダイムシフトにもつながる。あの震災以後、このパラダイムシフトを実感している人は少なくない。

節電のための「脱エアコン」からわかることは、単純に言うと、「ガマンも、してみると結構いいもんだよね。単純な欲求の実現のみが幸福ってわけじゃないとわかるよね」というようなことだ。これは、やってみるとわかる。つまり「真夏にエアコン無しなんて、まっぴらご免」と思っている人には、わからないかもしれないということだ。

さらに経済学的にも新しい視点から「自然環境の経済価値」「自然資本」というものが見直されていて、短期的視点の開発は、既に与えられているかなり大きな経済価値を損なうことで、実は損失なのだという指摘もある。新しい視点を加えて計算してみると、確かにそんな結果が導き出されるのである。

まあ、仏教徒である私としては、すべての小理屈は御仏の前では詭弁だと思っているので、「そうも言えるかもね」ぐらいに認識している程度ではあるのだが、「そんなことは思いもよらなかった」という人には、ちょっと知って頂きたいと思うぐらいの価値はある(参照)。

ちなみに「すべての小理屈は詭弁」ということの理論武装(?)は、「論理思考の限界」という記事で述べてある。この記事、alex さんからは「飛躍がある」とご指摘頂いているが、私個人としては、それほどの飛躍があるとは思えないどころか、ごく当たり前のことと認識しているんだがなあ。

「詭弁」というのが抵抗ありすぎという方には、「方便」と言い換えてもいいと思う。「方便」はそれほど悪い意味ではない(参照)。

自然エネルギー活用促進の、決定的な方便ってないものかなあ。

 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

もう、けりはついたと思った矢先(笑)

◆ まだ死者が出ていないし、主に、経済問題ですよ
◆ 原発をタブーに押し込めないで、公平に論ずる必要がある 敗者復活戦もあり
◆ 地震・津波による被災と原発の被災は分別して考えて欲しい 現在はすべてひっくるめて原発のせいの様に錯覚させている
◆ 後生の世代への責任問題というなら、火力発電の大気汚染による地球温暖化は、人類を滅亡させるんじゃなかったでしょうか?
◆ 再生可能エネルギーは、まだ実用化されていない 原発・火力発電の代替にまでなるには、少なくとも数十年が必要 夢を語るのは自由ですが
◆ 電力不足は産業にダメージを与え日本経済を沈下させる エアコン無しの暑さにも耐えられない人が、失業などの致命傷に耐えられますか?(笑)
◆ エアコン無しで熱中症で死亡する高齢者が続出するでしょう 私を含めて(笑)
◆ 仏教的思考・価値観を都合のよい時に持ち出して来ますね(笑)
◆ 往生際が悪いというか、負けず嫌いというか(笑)

面倒なので、敢えて乱暴な意見にしてみました(笑)

投稿: alex99 | 2011年7月11日 15:23

alex さん:

>◆ まだ死者が出ていないし、主に、経済問題ですよ

それは見方によるのでしょうね。

>◆ 原発をタブーに押し込めないで、公平に論ずる必要がある 敗者復活戦もあり

それには異論ありません。

>◆ 地震・津波による被災と原発の被災は分別して考えて欲しい 現在はすべてひっくるめて原発のせいの様に錯覚させている

それにも異論ありません。

◆ 後生の世代への責任問題というなら、火力発電の大気汚染による地球温暖化は、人類を滅亡させるんじゃなかったでしょうか?

というわけで、再生可能エネルギーの適用を急がなければなりません。

>◆ 再生可能エネルギーは、まだ実用化されていない 原発・火力発電の代替にまでなるには、少なくとも数十年が必要 夢を語るのは自由ですが

実用化されていないわけではなくて、導入不足なのだと思っています。
本腰入れて取り組むことで量的にも拡大します。

◆ 電力不足は産業にダメージを与え日本経済を沈下させる エアコン無しの暑さにも耐えられない人が、失業などの致命傷に耐えられますか?(笑)

逆に再生可能エネルギーを産業化することで、浮揚させることも可能と思います。
これは私の夢物語というわけではありません。

>◆ エアコン無しで熱中症で死亡する高齢者が続出するでしょう 私を含めて(笑)

エアコンの必要な方はお使いください。
一昨日の本文でも「健康なうちは、汗を流している方が気持ちいいってわかったよね」 と、念のため 「健康なうちは」 と入れておきました。

◆ 仏教的思考・価値観を都合のよい時に持ち出して来ますね(笑)

よく読めば、この記事では、むしろどちらかといえば都合悪い方に持ち出しているとご理解頂けると思います。
「自然資本」 のコンセプトを礼賛しているわけではなく、仏教的見地から軽くあしらっちゃってます。

◆ 往生際が悪いというか、負けず嫌いというか(笑)

個人的な問題なら、むしろ往生際はいい方なんですが、こっちの方面になると、自分でも驚くほどしぶといですね (^o^)

投稿: tak | 2011年7月11日 15:44

私の根負けで、tak-shonai さんの判定勝ちと言う事で・・・(笑)

投稿: alex99 | 2011年7月11日 17:11

alex さん:

いえいえ、ノーサイドで (^o^)

投稿: tak | 2011年7月11日 19:01

あっはっはっはっは
お二人がおもしろい~~

投稿: tokiko68 | 2011年7月13日 07:36

tokiko68 さん:

これをエンタテインメントにしてしまう朱鷺子さんには敬服です。

投稿: tak | 2011年7月13日 09:57

takさんの敬老精神には頭が下がります。

投稿: 山辺響 | 2011年7月13日 14:02

山辺響 さん:

「長幼の序」ってわけじゃないんですが (^o^)

投稿: tak | 2011年7月14日 00:54

敬老精神
ありがとうございました。
うっく・・ひぃ・・

投稿: tokiko68 | 2011年7月14日 10:05

あれ?
 takさん、自衛隊出身なんですか?(なんちゃって)

投稿: 乙痴庵 | 2011年7月14日 12:17

tokiko68 さん:

「明日は我が身」ですから ^^;)

投稿: tak | 2011年7月14日 14:27

乙痴庵 さん:

>takさん、自衛隊出身なんですか?(なんちゃって)

実は、現役自衛官、自衛隊出身者の友人知人は結構いたりします。
みんないいヤツですよ。

既にあちこちで指摘されているようですが、自衛隊で重要なのは 「長幼の序」 よりも 「階級」 だそうです。

防衛大学校出身なんかだと、自分より年上の部下を持つなんてザラのようなので、「長幼の序」 なんて言ってたら仕事にならないそうで。

ただし、一応年上の人には気を使うそうですが、自衛隊は相当お偉方にならないと定年が早いので、年上は案外早くいなくなるらしい (^o^)

投稿: tak | 2011年7月14日 15:02

こんにちは。

現時点での自宅ソーラー発電についての興味深いレポートを見かけたのでご紹介します。
http://www3.coara.or.jp/~tomoyaz/higaax11.html#110705

私はtakさんの意見にほとんど同意か、内心はもっと過激な位なのですが、やはり今後も原発に関しての論争が続くと思います。そのこと自体は健全ですが、ちょっと厄介なのはリスクを最小に見積もることで経済性にメリットを見出す側と、安全を最大限に要求する側の溝が過去のイデオロギー合戦込みでなかなか埋まりそうもない点だと思います。

私は以前ちょいとコメントしましたように、1985年くらいの生活水準に戻すのが十分便利な程度の落とし所じゃないかな、と思っています。核廃棄物の問題は貨幣がなくなっても続くでしょうから、経済的な範疇で済むと思っているとしたら、それこそ不適切な「想定外」の置き方じゃないでしょうか。

今更大した内容でない意見を続けて失礼しましたm(_ _)m

投稿: koji | 2011年7月14日 16:57

ええっ、「今日の必ずトクする一言」って、まだあったんだ!? 以前(ブログとかSNSが登場する前の古き良きウェブ時代)、けっこう熱心に追いかけていたサイトです。

すっかりご無沙汰していた……。

kojiさん、ありがとうございます。

※ って、takさんの記事とはまったく関係のないコメント失礼しました。

投稿: 山辺響 | 2011年7月14日 17:09

koji さん:

>現時点での自宅ソーラー発電についての興味深いレポートを見かけたのでご紹介します。
http://www3.coara.or.jp/~tomoyaz/higaax11.html#110705

情報、ありがとうございます。

そうなんです。
リンク先の記事の後半にある

>我が家の大容量でないシステムでも日中の消費の殆どを太陽光で賄うことがでいる。価格も車ならカローラにナビを付けた程度にすぎない。これが新築住宅の多くに備われば、夏季電力消費のピークを平準化でき、原発の必要性なんか霧散してしまう。

というのが、とりあえず訴えたいことなんです。

3Kw の設備で、雨が降ってもエアコン1台分ぐらいは発電できると書いてあるし、「雨の日は発電できない」というのはデマだということですね。

前にも書きましたが、日本中に小規模な発電所(屋根の上の太陽光パネルなど) がたくさんできれば、電力会社はベースロードの供給を保証すればいいので、原発の必要性は低くなる (もしくはなくなる)し、電力会社の投資も小さくて済むようになる。

太陽光パネルの供給が少ないというならば、増やせばいい。
それで新規雇用も生まれます。

うちも、もう少し余裕が出たら太陽光パネルを設置したいんですがね。

なにも、メガソーラーでなくてもいいわけです。

私は孫さんが言ってるメガソーラーに関しては、「やりたければ、どうぞ」 という程度の関心です。

投稿: tak | 2011年7月14日 19:44

山辺響 さん:

私も追いかけることにします。

投稿: tak | 2011年7月14日 19:46

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