英語式語順は、自然な思考の順番に反するらしいのだが
"「英語式語順は、自然な思考の順番に反する」研究結果" というとても興味深い記事を見つけた。「英語式語順」というのは、主語 (S)、動詞 (V)、目的語 (O))という順に文が構成されるシステムで、例えば "Bill eats cake." (ビルが、食べる、ケーキを)」 というような順番になる。英語に限らずほとんどのヨーロッパ語と中国語はそうなっているはずだ。
一方、日本語やトルコ語(韓国語もそうらしい)では 「ビルが、ケーキを、食べる」というように、主語(S)、目的語 (O) 、動詞 (V))という語順になる。私の友人の日系ブラジル人 (母語はポルトガル語) は、日本に来た頃、この語順の違いにかなり戸惑ったという。
「だって、『何がああして、こうして……』 という話を聞いていて、『ああ、そういうことなんだな』と思っていると、最後になって急に、『……じゃないんですよ』なんて言われるんだもの。頭の中がひっくり返っちゃう」
なるほど、ヨーロッパ語のシステムでは、「……じゃない」 というのは、主語のすぐ後にくる動詞に "not" に相応する言葉を付け加えることで、早々に明らかにしてしまう。日本語の語順だと、最後の最後で「どんでん返し」に聞こえてしまうというのも、わからないではない。
ところが、人間の思考の順序に自然に沿っているのは、英語式ではなく日本語式の語順なかもしれないという。Wired Archives から引用してみよう。
6月 30日 (米国時間) に 『米国科学アカデミー紀要』 (PNAS) に発表された論文によると、主語 (S)、動詞 (V)、目的語 (O))の順に文章が構成される (例えば「Bill eats cake (ビルが、食べる、ケーキを)」) SVO 型言語を話す人であっても、身ぶり手ぶりでコミュニケーションを取るよう求めると、主語、目的語、動詞の順番で意志を伝えたという。
例えば、「少女が、ドアノブを、回す」 という動作を身振り手振りで伝えるように求めると、ほとんどのすべての被験者が、主語 (少女が)、目的語 (ノブを)、動詞 (回す)の順に身振り手振りしたというのである。
身振り手振りという手段による固有で限定的な順序でないことは、絵の描かれた透明シートを任意に重ねて意味を構成するという実験においても確認された。ほとんどすべての被験者が、主語 - 目的語 - 動詞 の順で絵を重ねたという。
多くのヨーロッパ語が SVO 型の語順を採用しているのは、この実験にあたった Goldin-Meadow 氏が指摘するように 「言語は思考から独立している」 ということを証明しているのかもしれない。
自然な志向の順序に逆らってでも、SVO 型の語順を採用することによって、日本語の場合のような「最後のどんでん返し」が生じないように、論理を明確に整えたいという欲求が、ヨーロッパ語を話す人々の間には強いのかもしれない。これはつまり、言語としての「加工度」を高めているということになる。
一方、日本人やトルコ人は、論理の明確さを多少犠牲にしても、自然の流れをそのまま言葉にする方がしっくりくるということなのだろう。論理化するために順序を変えて(加工度を高めて)言語化するという行為が、ストレスになってしまうのだ。
しかし私自身日本人でありながら、英語で話す場合には SVO 式語順がごく当たり前のこととして、ほとんどストレスには感じられない。ということは、人間の思考というのは、使用する言語にかなり影響されるということなのかもしれない。
確かに、論理的なことを表現しようとすると、日本語より英語を使う方が楽だ。英語を母語としない私でもそんなふうに感じるのだから、言語の制約というのはかなり大きい。そういえば、ドイツ語、英語、日本語、スペイン語、イタリア語、中国語を話すドイツ人の友人は、「哲学は英語では考えられない」 と言っていたなあ。
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コメント
初めまして。
いつも楽しく読ませていただいています。
大変興味深い記事ですね。
確かに、日本語(母国語です)のほかにたった三ヶ国語、それも仕事で使えるほど流暢とはいえない、しか知らない私でも、そのときの話したい内容によって、使いやすい原語は異なるような気がします。
ところで、そのお友達は哲学は何語でお考えになるのでしょうか?やはりドイツ語なのでしょうか?
投稿: Aura | 2011年8月17日 22:09
印欧語も、元はSOVだったと聞いた気がしますが。
古英語の文献が残ってるのでSOVが確かめられるとか。
ドイツ語も従属節がSOVになるのはその名残だとか。
SVOへの変遷はV2語順とかなんとか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/V2%E8%AA%9E%E9%A0%86
投稿: Cru | 2011年8月17日 23:06
オブジェクト指向というコンピュータ用語を連想しました。
昔は「編集する→ファイルA」という順序で命令をしていましたが、現在では「ファイルA→編集する」という順序で命令をするのが主流になっています。
(プログラミングの話まで踏み込むともっと深い思想があるのですが私もよく分からないのでやめておきます。)
iPhoneの「連絡先」などもそういう思想でデザインされているわけで、IT業界は英語的発想から日本語的発想へ合理化されつつあるのだ、と強弁できるかもしれないと思いました。
投稿: HIROKAZU | 2011年8月17日 23:30
aura さん:
日本語の他に3カ国語とは、すごいですね!
彼は、哲学はドイツ語で考えるみたいです。
もしかしたら、フランス語も使うのかもしれませんが。
投稿: tak | 2011年8月19日 18:19
Cru さん:
私にとっては新情報です。ありがとうございます。
参照先、あとでゆっくり読みます。
(今、新幹線で戻ってる途中で、頭が疲れてるので ^^;)
投稿: tak | 2011年8月19日 18:22
HIROKAZU さん:
>オブジェクト指向というコンピュータ用語を連想しました
実は私も、似たようなことを考えていましたが、先を越されました ^^;
投稿: tak | 2011年8月19日 18:27