家紋のトリビア ― 丸が付いたり取れたり
ウチの本家は清和源氏の血筋らしく、私はそれを見たことがないのだが、蔵の中にはちゃんと源氏の白旗も保存されているという話である。それで、ウチの家紋は源氏ゆかりの 笹竜胆(ささりんどう)」なのだと、先祖代々教わってきたし、私より二つ年下の本家の総領息子も、何の疑いもなくそう信じていた。
ところが先日の父の葬儀の時に、打ち合わせに来た葬儀屋の担当者が「それは単なる『笹竜胆』ですか? それとも、『丸に笹竜胆』ですか?」と聞くのである。そこにはたまたま本家の総領息子も居合わせて、私と二人で「何ですか? その『丸に笹竜胆』ってのは」と、目が点になってしまった。
「いえ、今家紋のカタログを見たら、単なる『笹竜胆』と、『丸に笹竜胆』というのがありますので、確認までと思いまして」と、彼女は言う。「そこに飾ってある家紋の額には、丸がついていますので」
「なぬっ !?」とばかりに振り返ると、知り合いの刺繍好きのおばさんが作ってくれた大きな家紋の刺繍が、額に入れられて飾ってある。改めてそれを見ると、確かに笹竜胆の図案が丸で囲まれているのである。それまで、そんなのは意識したことすらなかった。
「へえ、この丸って、単に飾りのための付け足しじゃなかったのか!」
「単なる『笹竜胆』の他に『丸に笹竜胆』ってものがあって、ビミョーに別物だったのかよ!」
びっくりした本家の総領息子は、その場でさっそく自宅に電話して、家中の家紋を調べてもらった。すると、ことごとく丸で囲まれているというのである。改めて愕然である。
「俺は半世紀以上も『ウチの家紋は笹竜胆』と言ってきたのに、実はそうじゃなくて、『丸に笹竜胆』という家紋だったのか!」
人間誰しも、事実とは微妙に違うことを、単なる思い込みで信じ続けてきたというのは、いくらでもあるかもしれない。大雑把とは、普段はさしたる実害もなく、それどころかほとんどの場合は便利でさえあるが、いざとなると危なかったりする。
落ち着いてから調べてみると、家紋に丸が付いたり付かなかったりするのは、かなりテキトーな運用ルールに沿っていて、地方によっていろいろな慣習があるらしい。
男の紋付きでは丸を入れ、女の紋付きでは取る (これを「女紋」ということもあるらしい) なんてこともあり、さらにその逆の地方もあるという。丸を点けるといかめしい感じになるので女の場合は取るとか、逆に丸の中の図案が控えめで小振りになるので女用には丸を付けるとか、いろいろな運用がある。ということは、元々は大した問題じゃなかったのだろう。
多分、長い間にいろんな気まぐれで丸が付いたり取れたりするうちに、定着したり変わったり、登録商標でもないので、ごく曖昧に扱われてきたのだろう。近頃では自分の家紋を知らない若い人も増えていて、それどころか、親に聞いてもわからないなんてことが珍しくなくなっているようなので、今後はますます混乱するに違いない。
ちなみに、我が家の墓を確認したら、墓石にちゃんと『丸に笹竜胆』が刻まれていた。「ウチの家紋は『笹竜胆』だよ」 と言い伝えながら、運用上ではちゃんと「丸に笹竜胆」の図案で統一されてきたようなのである。
つまり我が一族のローカルルールで、「笹竜胆には丸が付くもの」という暗黙の了解があったのだが、私と本家の総領息子の代になって、「笹竜胆」という名称だけが一人歩きし、「丸が付く」という暗黙の了解はどこかに吹っ飛んでしまっていたもののようだ。
そうなると、家中どこをみても「丸付き」の家紋があるのに、その「丸」は見えていなかったのである。「見ようとしなければ、見えていても見えない」というのは、まさに真理だ。フォークロアというのはこうして、意識されぬうちにビミョーに変化していくのものなのである。
| 固定リンク
「比較文化・フォークロア」カテゴリの記事
- 銭湯の混浴がフツーだった江戸の庶民感覚の不思議(2025.06.08)
- どうしてそれほどまでに夫婦同姓にこだわるのか(2025.05.13)
- 鯉のぼりは一匹から群れに変化しているらしい(2025.05.10)
- 「くわばらくわばら」を巡る冒険(2025.04.19)
- 席を譲るって、どんな種類の「恥ずかしさ」なのか?(2025.03.14)
コメント
私の家紋は「違い釘抜き」です。
釘抜き系の家紋も複雑でして混乱必至なのですが、
今回は女紋に反応いたしました。
私と相方は共に京都の出身で現在は大阪在住ですが、
女紋と言えば母から娘に伝えていく紋のことで、
単に丸を省くこととは違うのでは?と思ったのです。
引用されているサイトを参照してみましたが、
私が思い浮かべた家紋のことは母系紋と表現されていますね。
今回の記事を契機に、また一つ疑問が解消されました。
毎度有難うございます。
投稿: ちいくま | 2011年11月14日 14:38
ちいくま さん:
>私の家紋は「違い釘抜き」です。
今回調べてみて、「違い釘抜き」の名称と図案が初めて一致しました。
なるほど、バリエーションが豊富ですね。
>女紋と言えば母から娘に伝えていく紋のことで、
東北出身者としては、そのような複雑なことには馴染みがなく、耳学問として 「母系紋」 というのがあるらしいということしか知りませんでした。
なるほど、それを通称 「女紋」 と言うこともあるんですね。
なかなか奥が深いモンですね (と、オヤジギャグ ^^;)
投稿: tak | 2011年11月15日 00:00
私の家の家紋も「笹竜胆」でして、ウチは丸は付きません。やはり源義家から別れた清和源氏(河内源氏)の家系のようで、宗家は武家で、戦国時代三河松平氏(言うまでもなく後の徳川氏)に仕え江戸時代は大名でした(私の先祖はかなり早くに分家し江戸時代は商人になっていたようですが)。
宗家は「丸に笹竜胆」でして(調べれば名字わかっちゃいますね)、俗に分家筋が丸を付けるといいますが一概にそうとも言えないようです。武家では江戸時代になると従来の紋に丸をつけるのが流行りだしたようで、見栄えとかの理由があったとかなかったとか。
私と同じ地域に住む同姓の方も(先祖は共通と思われます)丸が付いていたり、なかったり様々です。それぞれの家の歴史が影響しているのでしょうね。
投稿: デブネコ | 2011年12月12日 01:06
デブネコ さん:
>宗家は武家で、戦国時代三河松平氏(言うまでもなく後の徳川氏)に仕え江戸時代は大名でした(私の先祖はかなり早くに分家し江戸時代は商人になっていたようですが)。
そういえば、徳川家も源氏の流れなのですよね。
それはそうと、デブネコさん、すごい家柄ですね。何代も遡れそう。
>宗家は「丸に笹竜胆」でして(調べれば名字わかっちゃいますね)、
わかっちゃいました (^o^)
>俗に分家筋が丸を付けるといいますが一概にそうとも言えないようです。
そうなんですね。
いろいろテキトーみたいですね。
投稿: tak | 2011年12月12日 21:30