何とか歩いていこうと思うのだ
近頃このブログで書く記事に、我ながらスマッシュヒットが少ないなあと思うのである。書いている内容は手抜きしているわけじゃないのだが、それでもなんとなく「物足りなさ」を感じるのは、世の中の方がのっぴきならなくなっていて、それをそれなりに掘り下げて書くほどの時間と体力が不足してしまっているからだと気付いた。
それでなくてもあの震災以来、手に負えない難題が、ごく身近で降りかかり続けているのである。なんとなく無力感にとらわれることすらある。なにしろ今年の福島への放射性セシウム降下は 683万ベクレルで、福島以外の 45都道府県合計の 47倍なんだそうだ。
ちなみに、私が居住する茨城県の放射性セシウム降下は福島県に続く 第 2位で、約 4万ベクレル。そして第 3位が私の生まれた山形県で、約 2万 2000ベクレル。これだけでも 「ちょっとヤバイな」 と思うのに、福島県は茨城県の 168倍なのだ。福島には親戚、友人、知人が多い。
会津の地でパン屋を営む 「食工房」 の mikio さんは、ブログに次のように書いている。(参照)
ゆるぎないもの・・・、この度の原子力災害を前に、果たしてそんなものがあるだろうか・・・? という気持ちにさせられています。
母なる地球の営みに身をゆだねる。
どんな時でも帰るべきはそこ以外にないと信じて来ましたが、今はそれさえ揺らいでいます。
空も、山も、川も、海も、今までとはちがうのですから。
自然を愛し、自然豊かな会津の地で自然のパン作りを続けてきた人間にとって、その地に放射性物質が降っているというのは、どんなことなのか、想像してほしい。それはアイデンティティに関わることなのだ。
しかし mikio さんはその翌日の記事に、今年のシュトレン(菓子パン)の注文が難しいことになるのではないかと懸念していたが、昨年とほぼ同程度の受注だったとしてして、次のように書いている。(参照)
そして嬉しかったのは、皆さまが、深いご理解と納得の上でご注文くださったことです。
状況として、来年が今年よりずっと良くなるとは思っていませんが、何とかこの仕事を続けて行くことは出来るのではないかと、希望を持たせていただきました。
本当に、本当に、ありがとうございました。
うれしい記事である。何があっても絶望はしないでおこうと思う。人間を、自然を信頼して、何とか歩いていこう。歩いているうちに、また何か希望が見つかるだろうと思うのである。
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