« 北陸新幹線の金沢-敦賀間着工が実現しそうだが | トップページ | 「結界」 の意義 »

2011年12月17日

人間の「幸福を感じる能力」が活性化されるには

北陸新幹線の金沢-敦賀間が着工しそうだという話に関連して、昨日の記事で、基本的に新幹線が延長されると出張は便利になるというような話を書いた。現在は長野までしか開通していないので「長野新幹線」と呼ばれている北陸新幹線が、2015年までに金沢まで開通するので、それだけでもかなりありがたい。

この記事に庄内在住の伊藤さんから、なかなかはっとさせられるコメントがついた (参照)。

話は変わって、先日、法政大学のグループが“幸福度ランキング”を発表して賛否両論話題になりましたが、ざっと見渡すと何故か日本海側の方が高順位だと感じます。

(中略)

交通網が完備されているところほど幸福度が低いということも言えるのかな、と感じてしまいます。
福井は陸の孤島と言われるそうですが、第1位です。(庄内地方もかつては陸の孤島と言われましたね。)

交通網が整備され開発が進むと人間の幸福度は下がってしまうのか・・・?

法政大学のグループによる「幸福度ランキング」というのは、こちら で見ることができる。ベストテンは上から順に、福井県、富山県、石川県、鳥取県、佐賀県、熊本県、長野県、島根県、三重県、新潟県となっている。

10県のうち、6県が 「日本海側」 といわれるところで、佐賀県、熊本県も、日本のメジャーな大都市が連なる「太平洋側」のラインからは外れている。整備新幹線が通っているのは、熊本県、長野県、新潟県だけで、日本の大動脈といわれる東海道新幹線の通っている都府県は、一つもベストテン入りしていない。

伊藤さんは件のコメントの中で、「出張は当然仕事ですので、太平洋側のように交通網が整備されていた方が楽ですが、仕事を抜きに考えると、車で走っていて楽しいのは日本海側の一般道だったりしますね」 と書かれている。うむ、確かに私もそう思う。同じ地方道でも、日本海側の道はちょっと心にしみるような良さがある。

伊藤さんは「交通網が整備されて開発が進むと、人間の幸福度は下がってしまうのか?」と書かれているが、それで思い出すのは、国民総幸福度(Gross National Happiness: GNH)ナンバーワンのブータンである。

この国では 2005年 5月末の国勢調査 (ちなみに、これがブータンで最初の国勢調査だといういう)で、「あなたは今幸せか」という問いに対し、45.1%が 「とても幸福」、51.6%が 「幸福」 と回答した。合わせて96.7%が幸福だという、とても幸せな国である。

本当に、交通網が整備されて開発が進まない方が幸福度が高いのかなあと、思ってしまうではないか。

もしかしたら、人間の「幸福を感じる能力」というものは、元来とてもプリミティブなもので、現代の便利な環境に適応しきれていないのかもしれない。だとしたら、科学技術の進展がもっとずっとゆっくりしたペースになる方が、人間をより幸福にするかもしれない。

ちょっと話は飛躍するかもしれないが、スペック的にも機能的にもものすごくハイレベルになってしまった今日の PC を使うよりも、機能的な制限が大きい iPad を使っている方が、同じウェブページをみてもずっと楽しい感じがするのに似ているような気がする。

 

|

« 北陸新幹線の金沢-敦賀間着工が実現しそうだが | トップページ | 「結界」 の意義 »

哲学・精神世界」カテゴリの記事

コメント

『贅沢は敵だ』
何を時代錯誤な、と脊髄反射の起きてしまうフレーズではありますが、
人類の幸福(の感じ方)に対しては本当にエネミーなのかもしれません。

以前、県庁所在地の市街地にお住まいの方から
「ショッピングモールもカラオケもマクドナルドもないような田舎で生きていて何が楽しいのか」
というような事を言われましたが、この人は日々を逞しく過ごす能力に困窮しているのだな、というのが正直な感想でした。
田舎者としましては、そういうものに触れたくなった折りにだけ市街地に赴けば良いんです。
(借家住まいの人にとっては、ある程度中心部に近いに越したことはないでしょうが)

都会の利便性は確かに魅力ですが、田舎では生活できない人間を形作る環境は果たして正しいのか?とも感じます…
さしたる苦労なく享受できてしまう贅沢ほど、毒としても機能しやすいのかもしれません。

投稿: 抹茶 | 2011年12月18日 08:31

抹茶 さん:

>以前、県庁所在地の市街地にお住まいの方から
>「ショッピングモールもカラオケもマクドナルドもないような田舎で生きていて何が楽しいのか」
>というような事を言われましたが、この人は日々を逞しく過ごす能力に困窮しているのだな、というのが正直な感想でした。

まさに同感です。

投稿: tak | 2011年12月18日 17:48

カラオケもマクドナルドも別にいらないですけど(ありますけど)。っていうか、あの美味しいとは言えないファストフードがないと幸せじゃないという基準がよくわからないですよね(笑)
私は庄内で幸せに暮らしてますよ(^_^)v

投稿: shun | 2011年12月18日 19:52

shun さん:

>カラオケもマクドナルドも別にいらないですけど(ありますけど)。っていうか、あの美味しいとは言えないファストフードがないと幸せじゃないという基準がよくわからないですよね(笑)

まさに、まさに、同感。

投稿: tak | 2011年12月18日 21:25

みはと申します。突然失礼いたします。いつも楽しく拝見させていただいております。愚考ながら上位県においては信仰(浄土真宗他)の影響ではと思っております。一般的に病気回復や結婚などが無ければ、幸不幸を考えることは少ないと思いますが、門徒衆は朝夕生きていることの感謝(幸せ)をお念仏で唱えますから。

投稿: みは | 2011年12月20日 15:59

みは さん:

なるほど。浄土真宗の盛んなところが多いですね。

法政大学のグループによるランキングの指標には 「信仰」 というファクターはないようですが、見方を変えれば、多くの指標のバックグラウンドとして、信仰の要素はあるのかもしれませんね。

投稿: tak | 2011年12月20日 21:03

では私からも気になった郷土ネタを一つ。

自県熊本は、県外に「出たがらない」傾向が極端に強い土地です。
若者はそうでもないようですが、年配の方ほどこの傾向が強く、これが奇妙なほど意見の一致をみます。

自他共に認める男尊女卑県のせいか、女性の県外進出については特に重い。
知り合いが「娘が就職で県外に出るなんてとんでもない!実家の市内でなければ許さない!寧ろ町内で職を探せ!数年勤めた後は県内の男と結婚しろ!」
などと強烈な思想…いえ考えを主張しているのですが、
それに対する周辺の反応が「多少過保護だけど気持ちがよく分かる」位の共感具合でございました。
私はといえば、このご時世に何をとち狂っているんだ、とかなり引いてしまいました。
うーん、私がおかしいのでしょうか。

ちなみに就職でこれなので、進学はもっと視野が狭いです。
熊本に文系学部を持つ私大は三校しかなく、そのうち一校には文学部がなく、他の一校は国文学系の学科を持たないのですが…
県立図書館の蔵書数も九州内で最も少ないそうなので、そんなもんですかね。ああ、なんか不名誉。

私的結論としては、余所を見ようとしないという事は、ある種の幸福であるという事です。
(他の県までそうだとは思っておりませんので、悪しからず)

投稿: 抹茶 | 2011年12月20日 22:26

抹茶 さん:

>私的結論としては、余所を見ようとしないという事は、ある種の幸福であるという事です。

他に出て行かなくても、ここで十分満足ということなんでしょうかね。

気持ちとしてはなんとなく分かるような気もします。

投稿: tak | 2011年12月22日 21:49

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人間の「幸福を感じる能力」が活性化されるには:

« 北陸新幹線の金沢-敦賀間着工が実現しそうだが | トップページ | 「結界」 の意義 »