ありがとうございます/ありがとうございました
先日の TBS ラジオの「ラジオ寄席」は、死んだ十代目桂文治の特集だった。今年の秋に十一代目を襲名する桂平治が、スタジオで亡き師匠の思い出を語っていた。
文治師匠はチャキチャキの江戸っ子だけに、言葉遣いにはうるさい人だったという。「ありがとうございました」 という言い方を嫌って、「過去形じゃなく、ちゃんと 『ありがとうございます』 と現在形で言え」 と、常に言っていたそうだ。
そのくせ、その話をした帰り際に 「ありがとうございました」 と声をかけられた時に、自分も 「ああ、ありがとうございました」 なんて応えていたそうで、平治によれば、「その辺がウチの師匠なんですよ」 ということのようである。ちょっとおもしろい。
それでその番組の締めでは、パーソナリティーの浦口直樹が、「それでは今日はどうも、ありがとうございました……とは言っちゃいけないんだ。ありがとうございます」 なんて洒落ていた。
確かに感謝やお礼の言葉は、フツーは現在形で言うものである。何かしてあげたり、プレゼントを上げたりした時に、いきなり 「ありがとうございました」 と言われると、文治師匠じゃないが、「ああ、そうかい、それでおしまいかい」 と、そのまま帰ってしまいたくなったりする。
しかし、そればかりで硬直してはいけない。過去の好意に感謝するような時には、当然ながら 「その節はどうもありがとうございました」 などと過去形で言うのが自然である。過去形だからもう感謝してないというわけじゃなく、改めて再度のお礼を言っているのだから、十分ていねいなのだ。
それから、帰り際や別れ際など、そこで完了して自然なシチュエーションでも、「ありがとうございました」 の方が自然だ。これはいわば現在完了形である。完了形だからありがたさもそれで完了かというと、これも決してそういうわけじゃない。
先日のラジオ寄席の締めは洒落だからいいが、フツーの別れ際に 「ありがとうございます」 なんて言うと、やっぱりとって付けたようで、「あれ、まだ帰っちゃいけないのかな?」 なんて思ってしまう。
日本語ってのは、やっぱりいろいろと難しいところがある。
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