« ダイエットと 75kg の壁 | トップページ | 「細かく頑張ろう」 というフレーズに目を開かれる »

2012年1月 7日

オウム信者が知らずに犯した罪

オウム真理教の平田信容疑者が出頭したことについて、これまで触れてこなかったのは、忌まわしい記憶が呼び覚まされて嫌な気持ちになるからだったが、ここらで一言書いておこうかと思う。

麻原彰晃は当初、ヨガの修行団体「オウムの会」(後に 「オウム神仙の会」)というのを始めたということになっている。そのまま修行団体として地道に活動していればよかったのに、怪しげな教義を振りかざして一種のカリスマ的存在となり、ついに反社会的行動に走るようになった経緯が、私には一番気にかかる。

これは麻原彰晃自身の、「変な目立ちたがり」という性格と、信者をどんどん増やしていく過程での社会との軋轢、そして金銭的事情の合わせ技なんじゃなかろうかと、私は思っている。

当時、ヨガだのタントラだのという、神秘的カウンター・カルチャーに染まると、ある程度の社会的軋轢は避けられなかった。何となくお約束みたいにロング・ヘアーになり、ひげを生やし、「どうみても、きちんとした人じゃない」みたいな外見になってしまうし、「まともに働きもしないで」と、後ろ指を指される。

こうした精神的修行団体に参加する人間というのは、基本的には「マジメ」な人である。マジメだからこそ、フツーのお仕事で金儲けにあくせくするよりは、親に泣かれようとも、精神的修行というのをしたいのである。

こうしたマジメな人、とくに若い連中を集めて、宗教みたいな団体を維持していくからには、一人当りの「ご奉納」なんてたかがしれているから、人数を集めなければならない。人数集めて怪しげなアルバイトをさせ、共同生活でコストをとことん切りつめて、そして収入はごっそり教団が取ってしまう。

こんなことをしていたら、信者の親には泣かれるし、逃げ帰った元信者を強引に連れ戻したりして、ますます恨まれるし、近所の住民からはつまはじきになるし、それに怪しげなクスリなんかを使って神秘体験させたりするので、反社会的存在になるのは当然である。

元々は「マジメ」な動機で精神的修行をしたかったのに、世の中からは糾弾される。ここで、教団側は自らの理不尽さを棚に上げて、「自分たちは社会から圧迫される受難者である」という意識をもつことになる。自分たちはあくまでも「被害者」なのだ。それで、邪悪な社会と戦い、勝利するというシナリオまで持つようになってしまう。

自らを省みることなく、周囲を「悪」とする単純二元論的な対立的構図を教義の中に持ち込むと、その宗教はことごとく「邪教」になる。世の中にはそうしたプロセスを経て自己破滅に陥った団体がいくらでもあるが、オウム真理教は、この原則を最も端的に現した団体だったと思う。

17年前の平成 7年、私は都心にある外資系団体に勤めていて、JR 常磐線の北千住で地下鉄千代田線に乗り換え、国会議事堂前まで通っていた。この年の 3月 20日、いつものルートを辿ってオフィスに着き、しばらくすると妻から電話が入った。息せき切った様子である。

「あなた、大丈夫?」
「大丈夫だけど、一体どうしたの?」
「何だかよくわからないけど、大変なことになっているのよ。ニュースを見て」

というわけで、皆、会議室に集まってテレビを付けると、地下鉄で毒ガス散布事件があり、多くの人が病院に運ばれ、死亡した人もいるということだった。地下鉄入り口の路上で横たわり、苦しげに息をついている人が何人もいる。救急車のサイレンがひっきりなしに聞こえる。皆、唖然となった。

その日はなぜか、いつもよりほんの少しだけ早めに家を出て、いつもより一本早い電車に乗っていたのだった。霞ヶ関と国会議事堂前は、たった一駅違いである。いつも通りの時間に出勤していたら、私だって今頃どうなっていたかわからない。

「命拾いした」と思ったが、それ以上の感慨はなかった。まったくなかった。何しろ、現実感がまるで伴わない。しかしその現実感のなさは、オウム信者たちにとっても同様だったのではなかろうか。彼らは何だかよくわからないうちに犯行に及んだのである。

釈尊は「知って犯す罪より、知らずに犯す罪の方が重い」とおっしゃった (参照)。まさにその通りである。知ってしまってから後悔しても遅い。

 

|

« ダイエットと 75kg の壁 | トップページ | 「細かく頑張ろう」 というフレーズに目を開かれる »

哲学・精神世界」カテゴリの記事

コメント

ほんとにあの手の事件 事故 災害は、巻き込まれた人 待つ人共に後々までなんとも言えない感情を残しますね。僕も妹がテロに巻き込まれそうになった日は生きた心地じゃ無かったです。その日が3月11日。去年は地震が起こった日でもあり、いまだにトラウマですね。

投稿: シリオンパパ | 2012年1月 7日 19:21

シリオンパパ さん:

3月11日のテロというと、2004年のスペイン列車爆破事件?
(Wikipedia で調べてみました)

東海村の臨界事故も、1997年のこの日だったんですね。あの時も、茨城県民としてはびっくりしたなあ。

投稿: tak | 2012年1月 7日 20:21

そうです。当時マドリード大学に妹が留学してまして、毎日利用してる駅でした。いつもの時刻、車両ならアウトでした。たまたま寝坊して少し出るのが遅れてセーフでした。

投稿: シリオンパパ | 2012年1月 8日 10:51

シリオンパパ さん:

>たまたま寝坊して少し出るのが遅れてセーフでした。

そういうことって、ありますよね。

地下鉄サリン事件の時、私がたまたまいつもより早い電車に乗っていたというのもそうですが、何となく「守られてるんかなあ」という気がして、仏壇にお線香上げたくなったりします (^o^)

投稿: tak | 2012年1月 8日 13:51

tak-shonaiさんはいつもラッキーボーイですね!
やっぱりお徳の高い家柄なんでしょうね?

>知って犯す罪より、知らずに犯す罪の方が重い

リンク読みました。
すばらしい~
こういう考えがあったのか・・・
ありがとうございました。

投稿: 朱鷺子 | 2012年1月17日 12:33

朱鷺子 さん:

>tak-shonaiさんはいつもラッキーボーイですね!
>やっぱりお徳の高い家柄なんでしょうね?

先祖は偉いんです。
自分はどうだかわかりません (^o^)

投稿: tak | 2012年1月17日 18:10

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: オウム信者が知らずに犯した罪:

« ダイエットと 75kg の壁 | トップページ | 「細かく頑張ろう」 というフレーズに目を開かれる »