« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月に作成された投稿

2012年6月30日

タスクバーの右端のボタン

一昨日の 「フルスクリーン・モードを巡る冒険」 という記事に山辺響さんがつけてくれたコメントで知ったのだが、画面の下の (たまに右端に縦に置いている人もいるが) タスクバーで、右端の時計表示のさらに右に、妙な四角形のボタンがある。これ、「デスクトップの表示」 というボタンなのだそうだ。

このボタン、「こんなもの要らん」と思っても、消すこともままならない。こんなボタンを置いといて、さらにタスクバーに「デスクトップの表示」というアイコンをデフォルトで置いてあるというのも、なんだかなあという気がする。

それにしても、このボタン、多分 Windows ユーザーの 90%以上はその存在にすら気付いていないんじゃあるまいか。私も山辺響さんのコメントを読むまで、全然意識していなかった。

ちょっとググって調べてみると、このボタンはマウスポインターを合わせると、開いているウィンドウがすべて透明になり、クリックするとすべて最小化される。そしてもう一度クリックすると最小化されていたウィンドウがまた復活する。へぇ、ちっとも知らなかった。

そして、こんなことを知らなくても今まで一度も不便を感じたことがなかった。一昨日の記事に書いたように、私はデスクトップにアイコンを 3つしか置いていないので、ことさらに表示させる意味がないのだ。

ところで、私の PC ではこのボタンにマウスポインターを合わせても、ウィンドウが透明にならないのである。クリックするとウィンドウが最小化されるのだが、マウスポインターをどんなに慎重に合わせてみても、透明にならないのだ。

不思議に思ってタスクバーを右クリックして 「プロパティ」を表示させてみると、「タスクバー」タブの下に 「Aero プレビューによるデスクトッププレビュー」という項目があり、「Aero プレビューを使用してデスクトップをプレビューする」というチェック項目がある。私はこのチェックを外していたのだ。

そういえば、何となく憶えがある。Windows 7 を使い始めた時、「エアロ」という機能が邪魔でうっとうしいので、使わない設定にしたのだった。そしてこのチェックも「えいや!」と外しておいたのである。すると、タスクバーの右端のボタンにマウスポインターを合わせても、ウィンドウが透明化されないのだ。

試しにこのチェックを外してみると、なるほど、所定の操作でウィンドウが透明になる。しかし、こんな機能は、PC を 100年使っても用がなさそうなので、再びチェックを入れておいた。

聞くところによると、Windows 8 では、エアロが廃止されるそうだ。やっぱり、あまり使い道がなかったのね。

 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年6月29日

高いワインは、本当においしいのか?

私はずっと前から 「ワインはさっぱりわからない」 と、正直に公言している。日本酒のテイスティングなら結構自信を持っているのだが、ワインとなると、どんな高いものを飲まされても、そんなにおいしいと思ったことがない。

Wired の "「1,300万円のワイン」 はどんな味がするのか" という、世界で最も高い値段のついたワインの記事には、「人はワインの味を味覚ではなく値段の高低で判断していることを実証した」 という研究成果も、併せて紹介されている。

これは、カリフォルニア工科大学の神経経済学者アントニオ・ランゲル准教授の研究である。同じワインを飲んでも、それが高価なワインだと信じている時には、快感の認識に関わる脳の領域の活動がより活発になるのだそうだ。つまり、「このワインは高いんだよ」 と聞かされたら、それだけで 「おいしい」 と感じてしまうのだ。

この研究チームが、ワインの鑑定家ではない人を対象に、値段を知らせずにブラインド・テイスティングを行った際には、最も値段の安いワインが最もおいしいと報告された。それどころか、ワインのエキスパートと思われるスタンフォード・ワインクラブの人たちに対して同様の実験を行ったときも、結果は同じだったというのだから、ある意味、ひどい。

その辺のスーパーで売られている安物のワインでも、おいしいものは結構おいしい。そして、たまに何かの集まりの流れでちょっとした高級レストランなんかに行ってしまい、奮発して血圧の上がりそうな値段のワインを注文してしまっても、それが値段に釣り合うほどおいしいかといえば、そんな風に感じたことは、はっきり言って一度もない。

私の味覚中枢は、値段に影響を受けにくいのか、あるいは 「ああ、馬鹿なことに無駄金を使ってしまってるな」 というケチな後悔の念の方が先に立って、満足感までぶちこわしてしまうのか。少なくとも私は、値段にごまかされにくいか、あるいは逆に値段に反発してしまうタイプの味覚の持ち主のようなのだ。

ただ、「ワインはさっぱりわからない」 とはいえ、その味の違いまでさっぱりわからないかといえば、そんなことはない。自慢じゃないが私は以前、職場の誰もが 「全然区別がつかない」 と匙を投げた、水道水とエビアンとヴォルヴィックとクリスタルガイザーの目隠しテストで、あっさりとすべて言い当てた男である。

こんなのは私に言わせれば、全然大したことじゃなく、おそらく、庄内のおいしい米と水と魚で育った者なら、当たり前にできるだろう。「こんなに明々白々な違いが、どうしてわからないの?」 という程度のことだ。

だから、味や風味や舌触りやのど越しの違いなどは、ちゃんとわかる。ただワインに関しては、どうしてそんなことでべらぼうなまでの値段の違いがついてしまうのかが、さっぱり理解できないのである。

私の感覚でいうと、フツーに飲んでフツーにおいしいのは、1本 1,000円とか、庶民的な値段のワインである。500円でもおいしいのはおいしい。何しろ、クセがないのだ。一方、やたらと高い値段のワインは、「おいしい」 というより 「個性的」 なのである。簡単にいうと、「ちょっと変」 なのだ。

この 「ちょっと変」 を 「おいしい」 と認められるようになるには、かなり飲み慣れないといけないんだろうと思う。しかし私は、そんなに高いワインを 「飲み慣れる」 まで金を使うことに、あんまり意義を感じられないのだよね。要するに。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年6月28日

フルスクリーン・モードを巡る冒険

Windows のタスクバー(フツーは画面下に表示されるバー)には、デフォルトでは「デスクトップの表示」というアイコンがある。これをクリックすると、作業中のウィンドウが全部最小化されてタスクバーに収まり、起動直後のようなデスクトップが表示される。

私はこのアイコンが一体何のためにあるのか、理解できなかったので、さっさと削除してしまった。これがなくて困ったことは、一度もない。

私のリアルのデスクの上は、積み重なった書類でゴチャゴチャだが、PC のデスクトップはものすごくシンプルだ。なにしろアイコンを 3つしかおいていない。ゴミ箱と、その日の Wakalog に使う写真と、作業中の素材を放り込んだフォルダの 3つだ。そんな私のことだから、タスクバーにも余計なアイコンは置きたくないのである。

だが最近になって、この「デスクトップの表示」というアイコンが何のためにあるのか、やっとわかった。世の中には作業中のウィンドウを最大化 し、つまりフルスクリーン・モードで画面一杯に表示しないと気が済まない人がなぜか多いから、そういう人には必要みたいなのである。

例えばブラウザーと Word と Excel を一度に立ち上げて、それぞれのウィンドウを最大化していると、デスクトップに戻りたい時には 3つのウィンドウを最小化しなければならない。ところが、「デスクトップの表示」というアイコンがあれば、これをクリックすると一発でデスクトップに戻れるのである。なるほど、これは便利だ。

しかし私の場合は、デスクトップに戻ったところで、アイコンが 3つしかないのだから、ほとんど戻る意味がないのである。これはきっと、デスクトップにいろいろごちゃごちゃとアイコンを置いて、なおかつフルスクリーン・モードが好きな人のためのものなのだ。

ところで私は 8年前(IT の世界では一昔以上前だ に、「ウェブページの横幅」という記事で次のように書いている。

私のサイトは大抵の場合、横幅 695picsで作っているので、今時の 1024×768 の画面では、かなり横方向に余裕がある。

それは、私自身がウィンドウを最大化して画面一杯にして見るのが嫌いなことと、IE で、左側に 「お気に入り」 を表示させても十分表示できるようにしているためである。

ところが、最近のウェブサイトは、フルスクリーン・モードでないときちんと表示されないのが出てきた。例えば Facebook である。一番上のバーが、ウィンドウを最大化させないと端から端まで表示されない。

…… と思いこんでいたのだが、最近になってそれは思い過ごしとわかった。

近頃の PC のディスプレイは、1200×800 以上のワイド画面が多い。これだと、フルスクリーンでなくても、Facebook がきちんと表示されるのである。

ただ、私の PC は Let's Note の CD-S9 で、1200×800 のディスプレイなのだが、何しろモバイル・ノートなので、画面が小さい。それで自宅で作業する時は、19インチの外部ディスプレイにつないでいるだが、これが 1024×768 のオールドタイミーなモデルなのである。それで、Facebook はフルスクリーン・モードを前提としているなどと思いこんでいたのだ。

ウェブサイトの横幅というのは、そのサイトが古くからあるのか、ニューカマーなのかを見分ける基準になるかもしれない。

そしてさらに、新しい動きである。最近の Mac はフルスクリーン・モードをデフォルトとしているらしいというのである。私は近く Mac に乗り換えようと思っているのだが、それを聞いて驚いた。何しろ複数のウィンドウを重ねて表示するマルチタスク画面というのは Mac が元祖で、MS-DOS ユーザーには、あれがかっこよく見えてたまらなかったのだから。

あるいは Retina ディスプレイのメリットを最大限に生かそうとしているからなのかもしれない。そして私は Mac に乗り換える前に、iPad でフルスクリーン表示が標準という環境に慣れてしまいそうなのである。

世の中というのは、本当に移り変わりが激しいものである。

 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年6月27日

政局には付き合いきれない

消費増税法案への「造反」 で、小沢さんがまたぞろ新党を作るだのなんだのとかまびすしい件について、何か書いておいた方がいいのかとも思ったが、なんだか馬鹿馬鹿しいので傍観することにしておく。

小沢さんが作る新党は「大阪維新の会」や「みんなの党」と同様に「理念型政党」になるなんて言われているが、それもまた信じられない。私の印象としては、小沢さんの言うことは案外コロコロ変わるし、政策を政局の道具にしているとしか思われないところがある。

だから、またぞろ新党を作ってどうのこうのという話になったところで、「やりたかったら、どうぞ」と言うほかない。もうこっちは付き合いきれないから。

こんな中途半端なところでフラフラしているのも、もううんざりなので、小沢新党でもなんでもいいから、とっとと内閣不信任案を出して、国会解散して総選挙というところにもっていってもらいたいものである。そうなるとまた総理大臣が代わることになるだろうから、対外的な信用がまたしても低下するだろうが、そりゃもうしかたがない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月26日

今の時期の花粉症

近頃スギ花粉の時期はとっくに終わったというのに、鼻水、くしゃみ、目のかゆさに悩まされている。目のかゆさは、スギ花粉の時期よりずっとひどい。一体何のアレルギーかと調べてみると、5月から 7月はイネ科植物の花粉アレルギーが出やすい時期なんだそうだ。とくに「カモガヤ」というのが曲者らしい。

「カモガヤ」 ってどんなんだと、画像を表示させてみると(参照)、家の廻りに結構生えている。さらに調べてみると、「最も世界に普及している牧草で、オーチャード・グラスと呼ばれる。日本でも牧草として栽培されるほか、全国に広く野生している」とある。なるほど、多いわけだ。

雨の日などはあまり花粉が飛ばないが、晴れ間が続くと急に飛散量が増えるという。なるほど、梅雨の中休みっぽいこの 2日間ぐらいは、目がかゆいわけだ。イネ科の花粉は、スギとは違ってあまり遠くまで飛散しないとはいうものの、家の廻りにこんなにたくさんあっては、一度アレルギー症状が発生してしまうと辛い。

こうなると、さっさと梅雨らしい雨降りに戻ってもらいたいなどと、勝手なことを考えている。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月25日

還暦が近いのだよ

今日は朝から仕事。某お祝いの会の司会をした。楽しい仕事ではあったが、いささか疲れた。

一年に数回しか着ないスーツを着たので、暑かったらしんどいなあと思っていたが、明け方は肌寒いぐらいの涼しさで、あまり汗もかかずにすんだ。夕方からはさわやかな風が吹いて、帰路も快適だった。とはいえ、一日仕事だったから、やはり疲れたことには違いない。

考えてみれば、来月の今頃は還暦である。それを思うと、へぇ~と、自分で感動してしまう。自分が還暦になるなんて、想像すらできなかったが、今や、「還暦、どんと来い!」という心境である。

精神的には、還暦なんてもうとっくに過ぎたような気さえする。ただそれは、老け込んだというわけではなく、肉体的には多分、もう少し若いんだと思う。肉体的に老いていない分だけ、まだ大丈夫だ。結局は体力だという気もする。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月24日

「ゆれくる」 というアプリ

iPhone に「ゆれくる」というアプリをインストールしている。よくある緊急地震速報通知アプリで、地震発生した時に、設定した予測地点に到達する震度と時間を通知してくれる。例えば私は自分の住んでいる茨城県つくば市周辺を予測地点とし、ここで震度 3以上の揺れが感じられるであろう地震が発生すると(設定によって変更可能)、アプリが知らせてくれるのである。

例えば茨城県沖を震源とするちょっと強めの地震が発生すると、「ピロピロ~」という音とバイブレーションとともに、「震度 4がおよそ 3秒後」 なんて表示され、同時に震源地がどの辺りかも知らせてくれる。とても正確な通知いうわけではないが、ある程度は役に立つ。

ただ役に立つとはいっても、通知されるのは早くて揺れの発生する 3秒前で、1秒前なんてことや、ほぼ同時なんてことも珍しくなく、本当にしっかりと心の準備をするには、やはり時間が不足だ。

役に立つのは、地震の前の対応を行うというより、今揺れている地震のレベルを知る手がかりになるというのが大きいと、個人的には思っている。カタカタと揺れ始めて iPhone を見た時に、「震源地: 茨城沖、最大震度: 3」なんて表示されていると、ひとまず安心して、あわてず騒がずそのまま仕事を続けたりする。

それがもし「震源地: 房総沖、最大震度: 5強」なんて表示だったりしたら、今揺れているのは初期微動段階で、間もなく肝を冷やすような大きな揺れが来るということだから、あわてて机の下に潜るなんてことになるだろう。

その意味で、iPhone を持っている人は(もしかして Android 版もあるかもしれないが)、インストールしておいても決して邪魔にはならない。

とはいえこのアプリで、ちょっと便利でいて時々やっかいなのが、「予測地点」 を設定登録するという機能である。先々月だったか、九州に出張して夜中にビジネスホテルのベッドで寝ている時、iPhone の「ゆれくる」が突然「ピロピロ~」と鳴り出した。あわてて飛び起きて表示をみると、「震度 4がおよそ 3秒後」と表示されている。

「震度 4程度なら、別に逃げ出す必要もないか」と、揺れ出すのを待ったが、全然揺れない。それで、「そうか、この情報はつくば周辺に向けたもので、今いる九州とは関係ないんだ」と、寝ぼけた頭で気付くのに 10秒ぐらいの時間がかかった。

つまり、予測地点として設定した土地以外にいる時は、単なる人騒がせな機能でしかなくなってしまい、さらにその地域の近くで地震が発生しても、全然感知してくれないということになる。かといって、行く先々で設定をし直すのも面倒くさいしなあ。

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年6月23日

自爆歴更新に向かう小沢さん

小沢さんがまたぞろ、新党を立ち上げるそぶりを見せている。見ている方としては「またか」と思うばかりで、よほどのお人好しでもなければ、期待なんかしないだろう。これまでの小沢さんのやってきたことを見ても、「自爆の虫」がまた騒ぎ始めたということなんだろう。

彼の「反増税、反原発再稼働」というかけ声だけをみれば、ちょっと賛成したくもなるが、この人の言うことは結局「戦術」に引っ張られているだけで、一貫した主張なんてものではない。何かあったらまたコロコロ変わるだけだと思えば、恐くて乗っかれない。馬鹿馬鹿しくて付き合いきれないということである。

彼が立ち上げる新党にある程度以上の人数が集まれば、内閣不信任案が通るなどと言われているが、それならそれで大変結構だ。総選挙が早まって、民主党も彼の新党も一緒になって沈没するだけである。そうなってくれればありがたいというばかりである。

だから、「新党立ち上げ、どうぞどうぞ」 ということだ。自爆歴をまた更新してくれればいい。今日は熊本から帰ってきて疲れたから、以上。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月22日

CD が売れない理由

CD が売れないのだそうだ。マイナビニュースによると、2000年の CD 生産枚数は、シングルが約 1億 500万枚、アルバムが約 2億 7,600万枚だったが、10年後の 2010年にはそれぞれ約 5,100万枚、約 1億 5,600万枚と、ほとんど半減してしまったという。(参照

どうしてこんなに減ってしまったのか。iTunes などネットショップからの購入が増えたからとか、JASRAC なんかは違法ダウンロードのせいだなどと言っているようだが、それは表面的な考えというものだろう。

本当のところをいえば、消費者が CD を買いたいと思わなくなったことが根本的な問題のようなのだ。マイナビニュースの調査によると、CD の購入については次のような結果になっている。

調査期間:2012/2/29~2012/3/4
アンケート対象:マイナビニュース会員
Q.CDを購入しますか? 
はい 38.4% いいえ 61.6%

Q.なぜCDを購入しないか、その理由を教えてください。
インターネットショップ (itunesStore など) で購入するから 18.7%
レンタル店で借りるから 49.0%
音楽ソフトを購入しない 35.9%
そのほか 7.5%

サンプル数などの問題があるかもしれないが、CD を購入するという層は 4割弱しかいない。6割強は、CD を購入しないというのである。

CD を購入しない理由としては、インターネットショップからのダウンロード購入は 19%以下でしかなく、ほぼ半数はレンタル店から借りるからと答えている。そしてそもそも 「音楽ソフトを購入しない」 という回答が 3分の 1以上。「買わない理由なんていう以前に、買う理由がないのだ」ということだ。

「そのほか」という回答が 7.5%あるが、その内容としては「YouTube などの動画サイトで聞く」というのが一番多かったという。これは 「違法ダウンロードに近いかもしれないが、数字としては 7.5%の中の 17%にすぎない。

要するに CD が売れない理由としては、レンタル店で借りて済ませるからというのが一番大きいみたいなのである。数字だけをごく短絡的にみると、レンタル店で借りて済ませる分が、CD の生産減につながっている。「そもそも買わない」 というのがそれに次ぐが、それは昔から変わらないだろう。

自分のケースについていうと、そもそも最近はほとんど CD を買っていない。大抵は iTunes で買っているし、それも最近のものよりも、元々 LP で持っていたものを買い直すということが多い。

そもそも、最近の曲はほとんど聞かないのである。昔に馴染んだ曲の方がずっといいと思っているから、最近の曲なんて仕入れる必要をあまり感じないのだ。

私のような音楽好きが、最近の曲にほとんど魅力を感じないというのは、引き出しの中には既に名曲がどっさりで、お腹一杯になってしまっているということがあるかもしれない。

それからもう一ついうと、最近の曲は音楽だけで自立していないからということを挙げたいと思う。多くはダンスとセットで売られているのだ。だったら、セットの中身として重要な部分を占めるダンスが見られない CD なんて、誰が買うというのだ。

まさに、YouTube の動画を見る方がいいということになるだろう。そして私のようなおっさんは、ダンスを抜いて残りカスだけになってしまった音楽なんて、ほとんど魅力を感じないのである。

 

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年6月21日

吉本と巨人軍は似ている

巨人の原監督が女性問題に関して、元暴力団だったかそうでなかったかは知らないが、1億円の金を支払っていたというニュースには驚いた。あるところにはあるものだなあと思うばかりである。

このニュースは、今日の出がけの電車で、週刊文春の吊り広告で知った。週刊文春は先日の小沢さんの件といい、かなり部数を伸ばしただろう。

で、私は週刊文春を買うほどの興味も覚えなかったのだが、ネットのニュースでちょっとした中身を知って(参照〕、先日の吉本お笑い芸人の母の生活保護需給問題と似たような感慨を抱いてしまった。

お笑い芸人の時に私は、次のように書いた。

芸人にはうじゃうじゃ仲間がいて、論点をズラしまくってでもかばってくれるが、片山さんはよっぽど友達がいないみたいで、表立っては誰もかばってくれないみたいだということである。もつべきものは友達である。

そして、ジャニーズ事務所と吉本ってのは、結構えげつない力をもってるんだなあということだ。

今回も、野球関係者、とくに巨人関係者が寄ってたかって原監督をかばってくれている。一方、このスキャンダルをリークした本人と名指しされている元球団代表の清武英利氏には、感情的ともいえる批判が集中する。

それで今回も、「野球選手にはうじゃうじゃ仲間がいて、論点をズラしまくってでもかばってくれるが、清武さんはよっぽど友達がいないみたいで、表立っては誰もかばってくれないみたいだ」と思ってしまったわけだ。巨人軍がえげつない力を持っているのは、元々知れたことだし。

片山さんのキャラは大阪受けしないし、清武さんのキャラはスポーツ界受けしないというのは、一目瞭然だしね。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月20日

台風 4号去る

台風 4号が未明に関東を通り過ぎた。6月に関東を襲う台風としては、異例の強い台風だった。というより、6月にまっさらの強いままの台風が、いきなり東日本を襲うなんてことが、そもそも異例である。

これまでのイメージだと、台風というのは南方海上で発生して、勢力を強めながら日本に近づき、その強い勢力のまま、まず九州とか四国とかに上陸して、そこでかなり体力を使い果たし、力を弱めてから東日本にやってくるというのが、典型的なパターンである。

だから、台風が関東や東北を通過するなんていっても、それはもう、青年期や壮年期を過ぎて、中年のヨレヨレになった台風という感じで、あまり大きな被害にはならずに済んでいた。だから関東の会社は、台風が来るとわかっていても、従業員を早めに帰すなんてことはあまり一般的でない。

ところが最近はいきなり関西とか東海とかに上陸して、ヨレヨレになる前の体力を保持したまま、元気満々で関東に進んできて吹き荒れるという、ちょっとイメージから外れるパターンが多いので、油断がならない。今回の台風 4号も、高をくくっているうちに帰宅難民になってしまった人がかなり多かった。

私自身は昨日は仕事の予定が入っていて、朝から東京都心に出ていたのだが、ありがたいことに思ったより早めにサクサクと処理できて、雨風が強まる前に帰ってこれた。日が暮れてしまってからは電車が止まり、大変なことになったらしい。

我が家の辺りも夜の 8時頃から大変な雨風で、ごうっという音とともに家が揺れるほどだった。昨年あたりから、こんなふうな勢力の強いままの台風に襲われることが続いて、風で家が揺れるたびにあの東日本大震災の記憶が甦るほどである。

もしかしたら、こんな具合に元気満々のままの台風が関東をちょくちょく襲うようになったというのは、温暖化と関係しているのかしらん。ちょっと前の九州のように、元気な台風を引き受ける役割を、関西からこっちの地域まで果たすようになってしまったとしたら、これはもう、覚悟を決めなきゃいかん。

 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年6月19日

iPad 用の 「キーボードケース」 を入手

昨年 8月に「iPad 用に折りたたみ式キーボードをゲット」という記事を書いた。折りたたみ式のコンパクトなキーボードで、出張の時などに持っていくと長文入力などでストレスを感じないで済むという話である。

ところが今日、あれよりもっと使い勝手のいいキーボードを入手してしまった。先月 26日に書いた 「iPad を MacBook Air に変える、ロジテックのキーボード」(キーボードケース TK700) という商品である。先月末にヨドバシカメラに注文しておいたのを、今日ようやく受け取ることができた。在庫が少ないようで、ずいぶん手間がかかった。

名前の通り、iPad を立ててあたかも MacBook Air の如くに使え (写真左)、使わない時には iPad のケースにもなる (写真右) という便利なものだ。

Cr120619

 

これまで使っていたのは、折りたたみでコンパクトになるとはいえ、それでもやはりかさばらないわけじゃない。そして、それだけでは iPad が立ってくれないので、iPad を立てて使える専用のケースも別に必要になる。iPad というのは、壁によりかけるだけでは滑りやすくて、なかなかうまく立ってくれない。

ところが今回入手したのは、ケースから本体を取り出して立てればいいという仕掛けなので、持ち運びがコンパクトである。何しろ持った気がしないほど軽く、本体と一緒に一枚板のようになるので、バッグに入れる時にかさばらない。

実際に試してみると、前に買った折りたたみ式よりもいい感じで打鍵できる。これは当たりだ。今週末は熊本に出張するので、これを持って行くつもりである。

ところがさっきググって見て唖然とした。これよりスリムなニューバージョン、TK710 というのが、今月末に新発売になると発表されているではないか(参照)。なんだ、それならもう少し待てばよかった。

いや、それでも新型は値段が 9,980円もするではないか。TK700 はその半額に近い値段で買えたのだからいいとしておこう。いやいや、それでも実売価格は多分、8,000円を切るだろうから、もう少し待った方がよかったのか。

まあ、いいや。ごちゃごちゃ考えたらきりがないから、当分はこれを使い続けよう。

 

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2012年6月18日

Windows PC でフォトストリームがどうしても同期できないときは

Apple のクラウド・サービスである iCloud を利用していない人には、まったくもってどうでもいいお話だと思うが、Windows PC で「フォトストリーム」がまったく同期できなくなった人の参考になるだろうと思うので、ここに書いておく。

フォトストリームというのは、iCloud の写真同期サービスで、iPhone で撮影した写真が、Wifi 環境下に入ったとたんに自分の iPad にも PC にもサクサクっと送り込まれてくるという、とても便利なサービスだ。別に iPhone でなくても iPad で撮った写真でもいいのだが、フツーは写真の撮影には iPhone を使うだろう。

ところが私の Windows PC で、今週初め頃からフォトストリームが全然同期できなくなった。iPhone で撮った写真が、iPad の方にはしっかり送り込まれるのに、PC の方には全然入ってこなくなったのである。つまり、iCloud はちゃんと機能しているのだが、PC の方からアクセスできない状態になったのである。

こんな場合、ググって見ると、こんな風な簡単な解決策が紹介されている。PC で iCloud のコントロールパネルを開き、一時的にフォトストリームの同期を行わない設定にして、またすぐに同期を行う設定に戻すといいというのである。つまり、フォトストリームを忘れていた PC に、強制的に思い出させるということなんだろうね。

確かに、ちょっと前にはこの方法でうまくいったことがある。しかし、今回はこれでは全然ダメなのだ。うんともすんとも言わないのである。

それで、一度 iCloud からサインアウトし、改めてサインインしてみたのだが、やはりダメ。iCloud プログラムの修復インストールも試したが、それもダメだ。この世界には「困ったときの再起動」という格言があって、原因不明の不具合は PC を再起動してやれば大抵解決するのだが、今回はこの手も通じない。何をしてもうまくいかないのである。

それで、しかたがないから iCloud のプログラムを一度アンインストールしてから、インストールし直すことにした。Windows のコントロールパネルから 「プログラムと機能」 を開いて、iCloud を削除。そして再インストールするために Apple のダウンロード・サイトに行くと、まず iTunes の最新版をインストールしろと言ってくる。

そういえば近頃、iOS が PC フリーになったせいで、自分の PC にある iTunes のバージョンにはほとんど頓着していなかった。それで試しに最新版をダウンロードして実行させてみると、インストールの手順が粛々と進む。やっぱりバージョンが古かったらしい。

iTunes の最新版インストールが完了して、改めて iCloud をインストールしてみると、あ~ら不思議、あれだけうんともすんとも言わなかったフォトストリームがあっという間に同期された。ということは、もしかしたら iCloud の再インストールなんてしなくても、iTunes を最新版にしてやるだけで、フォトストリームは復活していたのかもしれない。

というわけで、フォトストリームがどうしてもいうことを聞いてくれないという方は、iTunes のアップデートをするだけで解決するかもしれない ―― とまあ、今回は単純にそういうお話なのである。今度同じような症状になったら、試してみようと思う。

【後日追記】

またしても、どうしても同期できなくなったので、自分で書いたこの記事を思い出し、iTune のバージョンを確認してみたら、最新になっている。そこで、試しに iCloud の修復インストールを試したが、前回同様にだめ。そこで一度アンインストールしてからインストールし直したら、まともに動くようになった。

ということで、Windows PC でフォトストリームがどうしても同期できなくなったら、迷わず iCloud の再インストールをすればいいということに決定。

【またまた追記】

何度か iCloud の再インストールを繰り返すと、フォトストリームの保存先のフォルダが「入れ子」みたいになったり、別フォルダになったりすることがある。だから、再インストールする時は、保存先フォルダも削除する方がいいようだ。

保存先フォルダの削除は、iCloud からサインアウトするか、iCloud そのものを一度削除した後でないとできないので、注意。保存先フォルダを削除するのに抵抗のある人は、一時的に別のところに移動しておけばいいだろう。

 

| | コメント (18) | トラックバック (1)

2012年6月17日

「Max やまびこ」 の教訓

本日は仙台に日帰り出張。晴れ男の常として、梅雨時にも関わらず天気は上々で、無事にミッションを終了し、19時前の東北新幹線 「Max やまびこ」 で帰路についた。

「Max やまびこ」 というのは、2階席建ての車両が使用されていて、上越新幹線にも 「Max とき」 というのがある。要するに少ない車両編成で多くの乗客を運べるので、"Max" というのだろう。

ところがこの Max シリーズというのは、1階席に座ると線路脇のコンクリート製防護壁に視界を遮られて、外の景色が何も見えない。日がとっぷり暮れて暗くなってしまえば、どうせ景色は見えないのだから諦めがつくが、明るいうちだとフラストレーションがたまる。

今回は運良く 2階席がとれたから、暮れなずむ東北の景色を眺めながら乗っていられて満足だ。もうすぐ完全に日が落ちてしまうので、どのみち真っ暗になるのだが、それでも街の灯が見えるのと見えないのとでは、ずいぶん違う。

ところで、後ろの席に座っているおばさんグループが、「ねえ、ずいぶん座席の位置が高いと思わない? まるで 2階にいるみたい」 「本当ね、ずいぶん重心が高いんじゃないの?」 なんて言っている。

2階なのだもの、2階にいるみたいで当たり前なのだが、このおばさんたちは、ホームから車両に乗り込む時にも、さらにデッキで車内の階段を昇る時にも、2階建て車両とは気づかなかったようだ。

よっぽどおしゃべりに夢中だったのかなあ。

とにもかくにも思い込みとは恐ろしいもので、見ても見えず、昇っても昇ったつもりにならず、あくまで新幹線はシングル・デッキという前提でしか、ものを考えられないみたいなのである。

考えてみれば、これって自分にもありそうなことなので、重々気をつけようと思ったのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月16日

スカイマークの「サービス・コンセプト」について

何かと話題の「スカイマーク・サービスコンセプト」だが、どうやら最初のバージョンへの反感が強すぎたせいで、第二版になったようである。

私としては、最初のバージョンでも、機内での苦情は一切受け付けないという項目以外は、「別にこれでいいんじゃないの、安いんだし」と思っていたので、第二版で「運航に影響が出る可能性がある場合はお受けできません」と改訂されたからには、もうこれで十分と思っている。

「ノン・フリル(サービスなし)」故に実現された低料金ということを理解すれば、余計なサービスを要求する方が無茶というものだ。丁寧なサービスを受けたかったら、それなりの金を払って他社の便を選べばいい。「嫌なら乗らなきゃいい」というのは、テレビ番組を「嫌なら見なきゃいい」というよりも、ずっとシンプルで説得力のある結論だ。

よく読めばこの「サービス・コンセプト」は、それほどひどいことを言っているわけじゃない。1項目ずつ検証してみようか。

1. お客様の荷物はお客様の責任においてご自身で収納をお願いいたします。収納が困難と思われる荷物はチェックインカウンターにて事前にお預けください。

これは別に無茶な話じゃない。力が弱くて頭の上の棚に上げられなければ、座席の下に入れればいい。どうしようもなかったら、係員に手伝わせなくても、近くの人が手伝えば済む。その方がずっとてきぱきと進むだろう。

不慣れな客がモタモタしていたら、いつまでも放っておいたら離陸できないので、いくらなんでも乗務員が指示してくれるだろう。よっぽど収納が困難なほどの大きさだったら、そもそもゲートインする時のチェックを通らないだろうし。

2. お客様に対しては従来の航空会社の客乗務員のような丁寧な言葉使いを当社客室乗務員に義務付けておりません。客室乗務員の裁量に任せております。安全管理のために時には厳しい口調で注意をさせていただくこともあります。

これに関しては、そもそも JAL や ANA の客室乗務員の言葉遣いは、丁寧すぎて気持ち悪いと、私は常々思っている。あの貼り付けたような笑顔と同様に、不自然きわまりないやりすぎというもので、欧米の航空会社のように素っ気ないぐらいの自然な口の利き方をしてもらう方が、こちらも気楽というものだ。

「CA がタメ口を聞くような飛行機に乗りたくない」なんていう人もいるようだが、それは極端すぎる反応というものだ。「丁寧すぎる言葉遣い」と「タメ口」の間に選択肢がないってわけじゃあるまいし。

3. 客室乗務員のメイクやヘアスタイルやネイルアート等に関しては「自由」にしております。

これに関しても、別にあんなにひっつめ髪にしなくてもいいんじゃないかと常々思っているので、別に気にしない。ネイルアートだって、したけりゃすればいい。

4. 客室乗務員の服装については会社支給のポロシャツまたはウインドブレイカーの着用だけを義務付けており、それ以外は「自由」にしております。

JAL や ANA みたいな堅苦しい制服でコストが上昇するよりも、カジュアルにして安上がりにしてくれるなら、それでいいじゃないかと思う。格安航空便を提供する会社としては、当然の運用だ。

私は繊維業界に関わって、ユニフォーム業界についても結構よく知っているので言えるのだが、ユニフォームにかかるコストって半端じゃないのだよ。流通形態の仕組み上、しかたないこととはいえ、制服の値段というのは、「ポリエテル混紡のこれしきのものが、どうしてそんなに高いんだよ!」と言いたくなるほどなのだ。

高校の制服が量販店の同等品質の衣料品の 3倍ぐらい高いのを見ればわかるだろう。格安料金の航空会社が、ポロシャツとウィンドブレイカー程度にとどめておくのは、利口だと思う。それ以外の服まで指定するようなドレスコードを作って、「あとは自費で買え」というのは酷だろうし。

5. 客室乗務員の私語について苦情を頂くことがありますが、客室乗務員は保安要員として搭乗勤務に就いており接客は補助的なものと位置付けております。お客様に直接関わりのない苦情についてはお受け致しかねます。

「おしゃべりに夢中で、仕事がおろそかになってる」とか、「そもそもうるさい!」とかいうなら話は別だが、多少のことなら私は気にしない。

6. 幼児の泣き声等に関してはご容認をお願いいたします。航空機とは密封された空間でさまざまなお客様が乗っている乗り物であることをご理解の上で搭乗いただきますようお願いします。

赤ん坊の泣き声は本当に迷惑だが、苦情を言って解決するわけでもないので、どうしようもない。理解するしかないだろう。もし機内が満席でなかったら、私なら自主的に離れた席に避難する。

7. 地上係員の説明と異なる内容のことをお願いすることがありますが、そのような場合には客室乗務員の指示に従っていただきます。

これは理解できる。とくに問題ない。

8. 機内での苦情は運航に影響が出る可能性がある場合はお受けできません。ご理解いただけないお客様には定時運航順守のため退出いただきます。ご不満のあるお客様はスカイマークお客様相談センター (03-5708-8235) に連絡されますようお願いいたします。

問題はここなんだろうなあ。「一切受け付けない」という強硬な表現から、上記にモディファイされたわけだが、まだ不満という人もいるようなのだ。実際の運用として、まったく無茶な要求じゃなく、ごく簡単に解決できるようなことだったら、「乗務員の好意として」対応してもらえたら、とてもありがたいと思う。その場合には乗客の方からお礼を言いたい。

この 「サービス・コンセプト」で一番問題なのは、いかにも紋切り型のレトリックであり、これを考えたヤツは文章が下手だなあと思うばかりである。同じ内容でも、「そりゃそうだよなあ。料金が安いんだから、そのくらいは当然だよね」 と思わせられる表現はいくらでもある。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月15日

Apple が独自の地図を採用するそうだが

今秋に予定されている iOS のバージョンアップで、かなりあちこちで話題になっているのが、Google Map を捨てて、Apple 純正の地図を採用するらしいということである。Map は 、私が iPhone で最も重宝している機能の一つだから、どうなるのかちょっと心配である。

そんな折、Gizmode に「Googleマップ vs. アップルマップ並べて比べてみた」という記事が載ったので、さっそく読んでみた。記事は、同じ地点を表示する Google Map と Apple のベータ版の地図を並べて表示させているので一目瞭然なのだが、どう見ても Google Map の方が情報量が豊富だ。

Apple の地図はベータ版ということを差し引いても、やはり Google Map の方にずっとアドバンテージがある。Apple が追いつくには相当の時間がかかりそうだ。この秋に iPhone 5 を購入しても、こればかりはデフォルトの地図ではなく、Google Map を App Store で購入て使うことになるだろう。

しかし Google Map にしても、それほど全幅の信頼を置いていいというものでもないということを、私は経験から嫌というほど学んでいる。とくに住所を入力しての検索機能を使うと、時々とんでもない見当はずれの案内をしてくれることがあるのだ。

私は今年に入ってからだけで 3度、出張先で見当はずれの案内をされて大いに迷ったことがある。1度は「どんな優秀なカーナビでも、ウチは案内できません」と、当人が自信を持って言い放つ辺鄙なところ(それでも、一応は政令指定都市の仙台市内なのだが)にある家屋だったが、残りの 2カ所は、船橋市内と浜松市内のごく普通の街並みの中だ。

初めて行くところなので、頭の中がごちゃごちゃになるほど迷いまくった末に、先方に電話をかけて迎えに来てもらうということになったのだが、どちらも実際の場所から車で 5分ほどかかるという、とんでもない地点に案内されていたのだった。

こうした見当はずれの案内は、去年までにも何度かある。Google Map は本当に便利で、初めての場所に行く時などはありがたい限りなのだが、時々こんなことがあるから、100% の信頼はできないのだ。

で、新しく採用される Apple の地図には、情報量はそんなに多くなくていいから、せめて正しい住所を入力して検索した時には、ちゃんと正しいポイントを表示してもらいたいと思うのである。そうすれば、Google Map でとんでもないところに連れて行かれ時だけ、即座に Apple 版の地図を開かせてもらうから。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月14日

録音とメモ

私はインタビューした内容を記事原稿にまとめるなんていう仕事もしている。元々は繊維業界紙の記者をしていて、その後も広報関係の仕事を続けていたのだから、記事を書く仕事は 35年以上やっているわけだ。

最近はインタビューするのに、ボイスレコーダーを使う人が結構多いらしい。あるいはスマホで録音なんていう手もあるようだ。手書きのメモを取りながら、確認用に録音もするというケースが一番多いらしい。

しかし私は、ボイスレコーダーやスマホで録音するということは滅多にない。対談や鼎談、あるいは講演会の録音を文字に起こすことはあっても、自分がインタビューするのに録音というのは、まずない。

10年前に、「そろそろ私もボイスレコーダーぐらい持っとく方がいいかも」なんて思って、安物の小さい IC レコーダーを買い、一度使ってみたが、操作が面倒な上に、せっかく録音しても再生して聞くのが面倒なので、結局それっきりになった。

さらに 5年前、「前に買ったボイスレコーダーを使いこなしていないのは、使いにくい機種だったからに違いない」と、いかにも使いやすそうで、簡単に PC にも取り込めるタイプの最新型を買ったのだが、これはもう、一度も使っていない。完全に無駄な投資になってしまっている。

そもそも私は、業界紙の記者という仕事を始めた時、当時の編集長に「テープレコーダーを使って取材するなんていうのは、最低の記者やで」と教わった。「考えてもみぃ、目の前にテープレコーダーをどんと置いて録音されて、本音を話す奴がどこにおる? 本音を聞きたかったら、メモかてポケットの中でするもんや」

さすがに私は、ポケットの中でメモをとるなんていう超絶技巧を身に付けるには至らなかったが、録音なしで超高速メモをとるという技は、しっかりとモノにすることができた。まるで世間話をしているような雰囲気で、要点のみを小さな手帖にさりげなくメモするようにしていると、相手も気楽にいろいろなことをしゃべってくれる。

それに下手に録音なんてことをすると、1時間のインタビューの内容を再現するのに、そのまま 1時間かかる。どうでもいいところを早送りしても、少なくとも 40分以下にはならない。しかしメモだと、10分で再現できるのである。いらちな私としては、録音なんてことはうっとうしくてやってられないのである。

「メモだけだと、相手の発言をよく追えないこともあるから、録音で確認することも必要」なんていう人もいるが、メモでわからないようなところは、録音を聞いてもやっぱりよくわからないのである。だったらメモを取りながら、「えぇと、ちょっと待ってくださいよ。それって、○○が××ってことですか?」と、その場で確認する方がいい。

メモの欠点は、速く書くので、自分で書いた字が自分で読めなくなってしまうことがあることだ。だから、原稿はなるべく記憶の新しいうちに書くに越したことはない。それでちゃんと締切もを守れるという効果もある。

ただ、録音をしておくというのは、記事が出た後で取材先に「俺、そんなこと言うとらん」とごねられた時に、「言うとったやんけ、ほれ!」と証拠を出せるという効果はあるかもしれない。ただ実際問題として、そんなビミョーなことを書くという時には、やっぱりその場でよく確認するものだしね。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月13日

小沢さんの最も不幸なところ

小沢さんが例の西松建設がらみのスキャンダルで、民主党代表を辞任して間もなくの一昨年の 1月 15日に、私は「小沢さんのところには、要するに能力のあるまともな人が居着かないんだと思う。こうした話になると、人徳とかそういった方面の話になりがちだが、まあ、そういうことになるのかなあ」なんてことを書いている。(参照

本当に小沢さんという人のところは、優秀な側近とか同士とかいう類の人が居着かない。共に行動している人が、じきに離れていってしまうのである。それでいつも、強引に当選させた若手連中をまとめ上げて威張っているのだが、最近はそれも「小沢ガールズ」という程度のレベルになってきた。

それがついに、奥さんにまで離反されるという事態になってしまったようなのだ(参照)。これはよくよくのことだ。あの人は本当に、人を惹きつけておくだけの魅力がないみたいなのである。

まあ、確かにどうみても一緒にいて楽しそうな人ではない。だったら、楽しいとまでは言わせなくても、「一緒にいて学ぶところがある」とか、あるいは「あの人のためなら、自分が何とか役に立ってあげたい」みたいなことを思わせられるならいいんだろうが、結局のところ、「一緒にいると不愉快」で終わってしまうみたいなのが、あの人の最も不幸なところである。

今回の「離婚報道」は、こんなタイミングで出てきたことをみても、言ってみれば「国策起訴」と似たようなものなんだろうけれど、それにしても、身近に接すれば接するほど、結局嫌気が差して離反されてしまいやすい体質というのは、あの人にはあるんだろうなあと思ってしまうのである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月12日

入れ墨と、社会の多様性

ちょっとばかり旧聞気味だが、毎日新聞の 5月 18日付「余録」に、橋下市長の「入れ墨狩り」に疑問を投げかける記事が載っていたらしい。ネットで検索すると、ちゃんとそのコラムが生きていた(参照)。

このコラムでは、あの遠山の金さんも若い頃に入れ墨をしたということに触れながら、「幕府で昇進をとげてからは常に肌着をきつくまとい、夏も脱ぐこともなかった」とフォローしている。つまり北町奉行になってからの遠山左衛門尉が、「この桜吹雪が目に入らねぇか!」なんて言って、諸肌脱いだなんていうのは、後世の創作ということになる。

とはいいながら、元幕臣の漢学者、中根香亭の説を借りて、「奉行としては若い時の体験ゆえに下情に通じたみごとな裁きをした」と、フォローのフォローをしている。その上で「未来の景元(遠山の金さんのこと)を失わぬようにするのも組織の『マネジメント』だ」 などと、ごくやんわりと結んでいる。まあ、マスコミとしてはこの辺が限界なのだろう。

ところが同じ毎日新聞で、茨城版のコラムとはいいながらも、その想定された限界を遙かに超える記者が現われたようなのだ。News ポストセブンの記事によると、杣谷健太という記者が「多様性こそ社会」と題したコラムで、「大阪市で行われた全職員を対象としたタトゥー (入れ墨) 調査を、私は疑問に感じている」 と書いたらしい。(参照

そこまでは先行する「余録」と変わらないが、彼はさらに、「私は米国留学中にタトゥーを入れた。もちろん今も体にある。(中略)タトゥーを彫ったことを後悔したことはない」と書いているという。

ただし、そこまではかなりの硬骨漢ぶりなのだが、週刊ポストの記者の直撃を受けると 、「私が会社の人間じゃなければお話しさせてもらいたいとは思うのですが……、今回は東京本社に聞いてもらえますか」と逃げられたという。で、東京本社に聞いてみると、次のような説明だったとある。

「執筆した記者のタトゥーについては入社前の健康診断で判明し、入社までに消すことを指導しました。本人もそれを了承し、通院し、消す治療を受けましたが、完全に消すことができないまま入社しました。

入社後は、人目に触れないようにしていました。毎日新聞社は、社員に社会人としてふさわしい行動を求めており、今回の記事が掲載された経緯などについて調査しています」 (社長室広報担当)

東京本社としても、「未来の景元を失わぬようにするのも組織の 『マネジメント』 だ」 なんて書いてしまった以上は、あまり表立って咎めるわけにも行かないのだろうが、まったく拍子抜けのお話になってしまっているようなのである。

魏志倭人伝にまで遡り、入れ墨は古くからの文化に根ざしていると強調しても、その論調は両刃の剣だ。今の日本文化では、西洋のタトゥに対する態度と比較しても、入れ墨に対する拒否反応が強いからだ。外国のスポーツ中継を見ると、スポーツ選手の多くが入れ墨をしていることに驚く。日本ではあまり見られないことだ。

私は個人的には入れ墨は好きじゃない。ただし「多様性こそ社会」という主張は、まったくその通りだと思う。問題は、入れ墨に関する「許容限界」の意識が、個人や階層によってバラバラで、「社会常識」がビミョーに設定しにくい状態になりつつあることだ。

公務員の世界では、その「社会常識」が最も保守的なレベルで運用されるのも仕方ないのかもしれない。ただし大阪の橋下市長のやり方を見ていると、「保守性を無闇に徹底すると、革新的に見えないこともない」ということなんじゃないかと思うのだ。

 

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2012年6月11日

「自殺できないので死刑にしてもらおう」という虫のよすぎる了見

大阪心斎橋の通り魔事件犯人の男が、「自殺しようと思って近くで包丁を買ったが死にきれず、人を殺せば死刑になると思ってやった」と供述しているという。「ああ、またこんなようなのが出てきてしまったか」と思いながら、ニュースを聞いた。

私は 2年半前の「死刑制度に懐疑的になりつつある私」という記事で、池田小殺人事件の宅間某が、「おぉ、俺は死にたいんじゃ、さっさと死刑にしてくれ」とうそぶいて凶悪事件を犯し、その望み通りに異例の早さでさっさと死刑を執行してもらたことについて、「なんというアフターケアのよさだろうか」と書いている。

こんな世の中になってしまうと、これまでにはあまりなかった類の事件が発生する。人生に絶望したが自殺する踏ん切りもつかず、だったら思い切り無差別大量殺人をし、今まで自分をないがしろにしてきた世間を見返して、その上でさっさと望み通りに国家の手によって殺してもらおうという虫のいい犯罪である。

死刑は凶悪事件の抑止効果があるといわれているが、こんな類の犯罪が起きるようになると、逆に凶悪事件を犯すためのインセンティブになっているんじゃないかと思ってしまうほどだ。なるべく理不尽かつ無慈悲に多くの人を殺してしまう方が、確実に死刑にしてもらえるからである。

というわけで私は最近、ますます死刑制度に懐疑的になりつつある。

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年6月10日

iPhone 5 が 9月に出るらしい

iPhone 5 が、この 9月に発売されるらしい。これは案外確かな情報である。そして搭載される OS は iOS 6 になるという。

私が今使っている iPhone 4 は、使い始めて 1年と 7ヶ月になった。その前に使っていた iPhone 3GS は、使い始めて 1年とちょっとの時期に、シャツのポケットに入れたまま洗濯機に放り込んでしまい、思いっきり洗ったせいで、オシャカになってしまった。しばらく乾かしてからスイッチを入れたら、電源だけは入ったが、完全には生き返らなかった。

それで iPhone 4 に買い換えたわけなので、今回の 1年 7ヶ月というのは、私の iPhone 使用暦では最長になる。買い換える時に、店の在庫が 16GB のモデルしかなかったので、3GS の時代には 32GB モデルを使っていたのだが、「まっいいか」とばかり、それにした。一刻も早く入手しないと仕事に差し支えるので、選択の余地がなかったのだ。

で、結果としては、今現在でも 16GB モデルで間に合っている。かなりいろいろなアプリを入れたのだが、ぎりぎりでパンクせずに済んでる。しかし次に買う iPhone 5 は、やはり 32GB モデルにしておこうと思う。これ以上アプリを入れたら、さすがにはみ出しそうだ。それに、SIRI も使いたいので、OS レベルでも多くの容量をくうだろう。

今のモデルの 2年縛りが解けるのが、今年の 11月なのだが、そのちょっと前ぐらいに買い換えてしまうことになるかもしれない。手持ちのモデルは、かなり手荒く扱ったので、ディスプレイ表面に傷がつき、バッテリーのもちも短くなってしまったような気がする。だから、縛りが解けるのがちょっと待ちきれない気がする。

ちなみに、今使っている PC は、Panasonic の Let's Note というやつで、一昨年 5月のモデルチェンジ直前に、在庫の最後の 1台を結構な値引きで買った。だから、まだ 2年ちょっとしか使っていない。私は PC は約 3年周期でモデルチェンジするのが妥当だと思っているので、まだあと 1年はまともに使える。

その間に Windows 8 搭載の機種が出回るはずだが、私はそれには目もくれず、来年 5月以降に Mac Book に乗り換えようと思っている。私もその頃には還暦を過ぎて、いろいろなしがらみからも自由になっているだろうから、そろそろ Windows の呪縛からも自由になっていたい。

というわけで、来年の夏には、すっかり堂に入った Apple ユーザーになっているはずである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 9日

バイオミミクリーの可能性

「バイオミミクリー」 という言葉をご存じだろうか。元々は英語のようで、"biomimicry" とつづる。読んで字の如く、「生物」 を意味する "bio" と、模倣するという意味の動詞 "mimic" の名詞形である "mimicry" の合成語だ。

日本語の定訳というのはまだないようで、「生物模倣」と直訳されたり、時には「生体工学」などと言われたりする。もっとも「生体工学」というのは Wikipedia によると "bionics" の訳語であるようで、biomimicry を 生体工学と言ってしまうのは、ちょっと誤訳になるだろうと思う。

「バイオミミクリー」という項目の Wikipedia の日本語ページは、今日現在では確認できないので、これはまだ、新しいコンセプトといっていいだろう。とはいえ、最新の競泳用水着がカジキマグロの肌を模倣して作られたとか、新幹線の形状が水鳥のくちばしの形を真似たとかいうストーリーはよく知られている。これらがバイオミミクリーの成果である。

さらに、犬の体表面に植物のイガがくっついて離れにくいことからベルクロ(マジックテープ)が作られたとか、ハスの表面の撥水/自浄作用をヒントに、汚れにくい外壁用塗料やタイルを実現した「ロータス効果」などが知られている。

こうした工業的成果ばかりが先行しているので、「生体工学」という言葉で訳語に代える風潮があるようだが、バイオミミクリーの可能性はそればかりではない。CSR の第一人者である岡本享二氏は、生物の社会行動的なものにも注目し、「昆虫脳」や「ファーメンテーション・セオリー」などといったコンセプトを提唱しておられる。

昆虫の脳は、人間の脳の 100万分の 1 程度の質量しかないのに、立派に機能しているのは、頭の中にあるのは半分程度で、残り半分は「神経脳」として、体中に分散しているからなのだそうだ。これによって、時には人間の脳よりも優秀な機能を発揮したりできる。

昆虫脳を人間社会に応用すれば、コンベンショナルな中央集権制を越える機能分散的なシステムを想定できる。事実、アメリカのカトリーナ台風や日本の東日本大震災などの危機的状況においては、中央政府の機能はあまり役に立たず、現場の情報をネットワークで結んだ分散的な NPO の働きが、効果的に機能した。

中央集権システムは、ある程度の規模を越えると、あまりまともに機能しなくなる。とくに危機的な状況においては、現場の小回りの利いた動きの方がずっと役に立つ。

「ファーメンテーション・セオリー」というのは、酵母菌の発酵(fermentation)にヒントを得ている。人間社会では、組織が大きくなればなるほど、直接目的とする機能とはあまり関係のない、総務部とか管理部とか人事部とかいう間接部門が増える。しかし、酵母菌はどんなに増殖しても、余計なものは生み出さない。

これも、過度の中央集権システムのナンセンスさをうかがわせるに十分なコンセプトである。間接部門の連中 (お役所がその代表的存在) が自分の職を失わないために、どんどん余計な仕事を作っていくという愚は、もうそろそろ止めにしなければならない。

今日的には、例えば電力会社が独占的に発電事業を行い、それを遠く離れたところまで配電しまくるというのは、非効率だということである。原発が低コストだというのは、中央集権的電力配給という因習の中での発想でしかないことに気付かなければならない。

もっとも、急に今の体制を変えることはできないから、当面はなんとかやりくりしなければならないのだが、そもそものことをいえば、「本当にそんなにエネルギーを使う必要があるのか?」という疑問にまで立ち返らなければならない。パラダイム・シフトというのは、実は我々に緊急に迫られた問題だということだ。

バイオミミクリーというのは、その意味でも「生体工学」なんていう狭い分野の話ではないようなのである。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年6月 8日

菊地直子のトレーナーがどうのこうのというお話

あの菊地直子御用達のトレーナーのメーカーに、問い合わせが殺到しちゃってるんだそうだ(参照)。確かに、公開された別人のように痩せた彼女の写真では、着用のトレーナーのブランド・ロゴがはっきり読み取れる。"SUNNY CLOUDS" というブランドで、「サニクラ」 として知る人ぞ知るという存在なんだそうだ。

手配写真ではぷっくり小太り気味だった彼女が、なんとすっかり痩せて、とてもスリムな体型になって現われ、その彼女が着ているというので、「このトレーナー、ちょっといいかも」なんて思われてしまったのかもしれない。しかし、ぷっくりの人が着ても、ぷっくりのままだと思うがなあ。

気にかかるのは、この「サニクラ」のマーケティング効果である。「元オウムの人が着てたブランドなんて、着たくないわ」という人もいれば、「痩せて見えるかもしれないから、私も欲しい」という人もいるだろう。はたまた「話のタネに、私も 1着」なんて思う人も、結構いるはずだ。

いずれにしても「知る人ぞ知るブランド」から「知らなかった人まで知っちゃったブランド」というポジションに上がったというのは、確かなことだ。この私だって知っちゃったんだから、間違いない。長い目で見れば、「あの……」というレトリックで語られる存在になったということで、多少はプラスの効果があったということになるだろう。

世の中、何が幸いするかわからない。ただ、メーカーは馬鹿な問い合せに応えるという余計な仕事が増えて、困っているだろう。こういうのは問い合わせる方にとっては一度きりのことでも、応える方にとっては何百回も何千回もということになるのだ。最初はちょっと興奮しても、もう相当うんざりしてしまっているだろう。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月 7日

Windows タブレットというものについて

Gizmodo に 「なぜ Windows タブレットは動きが重めなのか...そこに Windows らしさを求める以上は難しいとの発言も」という記事があり、それを読んで 「あぁ、そうだったのね」 と納得がいった。

私は Windows 8 なんてものを OS にした PC を使おうという気になれないので、次に購入する PC は Mac にしようと決めている。

元々私は、PC というものを買おうとした20年前から、Mac を想定していたのだ。ところが「Windows という、Mac みたいに使えるのが出たよ」と言われ、いろいろなしがらみもあって、ついふらふらと Windows 3.1 搭載の PC を買ってしまった。それ以来、「自分は本来、Mac ユーザーであるべきだった」と、ジクジたる思いを抱き続けている。

それはともかく、Windows 8 に関する情報をみるにつけ、「MS はどうして多くの人が慣れ親しんだ Windows のデスクトップを、あんなものに変えて混乱を生じさせようとしているのだろう」と、とても不思議に思っていた。

もっとも、あの「メトロ」とやらいう UI をちょっと取り下げれば、いつものデスクトップになるということは発表されている。だったら、ずっと Windows を使い続けてきたユーザーの、少なくとも 6割以上はメトロなんて画面にはお引き取り頂いて、いつもの見慣れたデスクトップにして使うだろう。

それで、あの UI は一体何のためにあるのかとうっとうしく思っていたら、今さらながら、とても当たり前のことに気付いた。「そうか、MS は、同じ OS で、タブレットも動かそうとしているんだった」と。

私は iPad ユーザーなので、Windows 8 で動くタブレットを購入する可能性は、ほぼゼロに等しい。だから、あんなのでタブレットを動かすという MS の意図をすっかり見逃していた。見逃していたことに今さらながら気付いて、Windows 8 で動くタブレットは成功しないだろうと、改めて確信した。

だって、Windows PC 並みに動作のトロいタブレットなんて、一体誰が買うんだ? Windows PC 並みにいろんなことができすぎて、それでかえって操作が難しいタブレットを、誰が買うんだ? そもそも、一体誰がタブレットに PC と同じ性能 (及び面倒くささ) を期待するんだ? PC 同様に面倒くさいタブレットなんて、何の意味があるんだ?

いや、買う人は何も知らずに買ってしまうんだろう。そして、「タブレットって操作が簡単って聞いたけど、難しくてわかんない」と言い出すんだろう。そりゃそうだ。PC が難しくてよくわからないというユーザーが、Windows 8 のタブレットを買って、理解できるわけがない。

これは私の実感なのだが、PC を「まともに使える人」というのは、実はとても少ない。業務で毎日 PC を使っている人でも、ちょっと込み入った操作になると、からきしお手上げだ。PC ユーザーの 7割以上は、原付免許で飛行機を操縦しているようなものだと思っていい。

MS は今度は、原付免許の市場に「この方がいいでしょ!」とばかりに、飛行機のエンジンの付いたヤツを投入しようとしているようなのだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 6日

AKB 総選挙といっても

AKB 総選挙というのが行われているらしく、仕組みはよくわからないけれど、やたらと大量の CD を買って投票しているという人がいるらしい。中には 1人で 1770票をという人もいるらしく、それには 200万円以上かけているという(参照)。

まあ、昔もそれに類した話はいくらでもあって、1970年代には「三波春夫先生・命!」というオバサンが、公演チケットやお花の差し入れ、プレゼント等々に年間 200万円以上かけているというのが話題になったことがある。当時の 200万円だから、今でいったら多分 2000万円以上になると思う。だから、AKB に 200万円では驚くに足りないわけだ。

そのおばさんの日課は、朝起きると新聞の番組欄をチェックし、三波春夫先生が出演する番組を見つけると、テレビの画面(当時はブラウン管) を念入りに拭くという作業から始まる。画面に登場した三波春夫先生に頬ずりし、口づけするためなのだそうだよ。すごいね。

今の AKB ファンは、CD 購入に何百万円かけても、オークションなんかで売り飛ばすから、かなりの部分はきちんと回収しているらしい。しっかりしたものである。昔の三波春夫先生に入れあげたおばさんに比べたら、まだ生やさしいのかもしれない。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月 5日

ゴルフで盛り上がる価値観

一昨日の「私がゴルフをしない理由」という記事で、「そんなことに半日や一日をかけるほど、暇も金もない」と書いた。しかしそのすぐ後に 「暇と金は無理して捻出すればできないこともないのだが、その無理をするほどの意味をどうしても見い出せない」と書いたように、突き詰めれば「価値観」の問題に行き当たる。

はっきり言ってしまえば、私の価値観は、世のゴルフ好きの人たちのそれと相容れないようなのだ。

私は一昨日の記事で、「ゴルフ場というのは、たかだか遊びのためにしては、自然へのインパクトが強すぎる」と書き、さらに「これだけ『エコ、エコ』と言われる世の中になったのだから、(ゴルフ好きの人たちには)少しは恐縮することを知ってもらわなければならない」と書いている。

世の中には、エアコンの設定温度をシビアに調整したり、ゴミの分別をシリアスに徹底してリサイクルにマメだったり、植林活動をしたりと、熱心なエコ活動をしている人がいる。こういうタイプで「趣味はゴルフ」なんていう人を、少なくとも私は見たことも聞いたこともない。

一方、仲間といつもゴルフの話で盛り上がりつつ、日頃はエコ活動を熱心にしている人というのも、見たことも聞いたこともない。考えようによっては、趣味のゴルフで自然に対する悪いインパクトを多大に与えている分、他に何かエコ活動をしてその埋め合わせをしようという気になってもいいようなものだが、彼らはどうも、エコには無頓着のようなのである。

どうやらエコに関する意識としては、世の中は大きく二大別されそうな気がする。つまり「エコ熱心派」と「ゴルフ大好き派」である(「中間層」というのももちろんあるが)。私自身は昨年の震災以来、仕事部屋のエアコンのコンセントを抜いてしまっているというほどなので、これはもう、誰が見ても「ゴルフを一生しそうにない人」ということになるだろう。

で、ゴミ分別熱心だったりするエコ派は、ゴルフ大好き派をことさらに非難したりはしない。非難したところで、相手が宗旨替えするとは到底思えないからだ。非難することで無駄に費やされるエネルギーを、エコ活動に振り向ける方がずっと効果的だと思えばこそ、結果的にゴルフ好きの存在を無視している。

世の中で最も冷淡な態度は「無視すること」だというが、まさにその通りで、「何を言ってもムダだから」なんて思っているのである。意識的にそう思っているわけではないが、心の底では確実に思っている。

で、私も「少しは恐縮することを知ってもらわなければならない」なんて書きながらも、彼らが本気で恐縮するとは、ちっとも期待していないのである。だって、本当に恐縮しちゃったら、ゴルフ止めなきゃいけないものね。

 

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2012年6月 4日

菊地直子現象の不思議

地下鉄サリン事件の菊地直子容疑者が逮捕された話題で、世間はもちきりだが、一方で、今回見つかった潜伏先の近所に住む 50代の女性が昨秋、神奈川県警に「似ている人がいると情報提供した」と話しているらしい。昨年大晦日に平田信元容疑者が警視庁本部に出頭した際に門前払いされていたこともあり、警察の不手際が問題視されている。

もっとも、容疑者逮捕に結びつく有力情報提供者に支払われる公的懸賞金制度の対象となった平成 22年 11月以降、この件で警察当局への情報提供は、先月末までに計 447件にも上っているというので、電話を受けた警察としては「またかよ」と、真に受けなかったのも無理もないという見方もある。

千葉県市川市の英国人女性殺害事件では、容疑者の逮捕に結びついた情報提供者 4人に計 1千万円が支払われたというので、今回も 「あわよくが賞金がもらえる」 とばかり、急に怪しい情報提供が増えてしまったという事情もあるのだろう。警察としては「また、金欲しさのガセネタに決まってる」と、思いこんでいたのかもしれない。

いや、それよりも不思議なのは、第一報からして「似ても似つかない」とか「まるで別人」とかいう言葉が乱れ飛んでいたほどの変わりようの容疑者を、その情報提供者は、よくもまあ「似ている人がいる」なんて思うことができたものだということだ。

今回発表された写真(参照)をみても、確かに「別人」のごとき変わりようである。こんなにも似ても似つかないほど変わり果てた姿を見て、「似ている人がいる」なんて直観できるというのは、超能力に近い眼力ではないかと思ってしまうほどだ。私のようなぼんくらでは、到底発揮できないレベルの能力である。

あるいは、大金がかかっていると、これほどの変わりようでも「似ている」と見る直感力に磨きがかかってしまうのかもしれない。そして、あれだけ変わり果てた姿でも密告されるのだから、日本中のあちこちで、「ちょい似」の人がバンバン密告され、警察にマークされてちょっとした迷惑を被っていたかもしれないと、想像するに難くない。

もしかしたら、昨年秋に情報提供されたという際にも一応警察が確認しに行った結果、「なぁんだ、全然似てないじゃん」なんて言って帰ってきていたのかもしれない。警察は賞金に目がくらんでいない分だけ、変わり果てた姿にだまされてしまいやすいのだ。きっと。

はたまた、今回の 「情報提供」 というのが、実はオウムの内部関係者からのものだったりしたら、話はまた違った方向に発展してしまうだろう。そんな風な見方をしている人も、少なからずいるようなのである。というか、フツー、そんな風に疑いたくなるほどの「別人」になっちゃってるよね、あれは。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年6月 3日

私がゴルフをしない理由

私はゴルフをしない人である。これはもう、ポリシーとしてしない。これからも一生することはないだろうと思う。とにかく、私はゴルフと麻雀と焼肉に関しては、その符丁からしてほとんど意味がわからないのである。つい最近まで、ユッケがキムチみたいな漬け物の類と思っていたほどだ。

で、どうしてゴルフをしないのかという理由を、既にとっくに書いてしまったような気がしていたのだが、検索しても見つからない。もしかしたら、まだ書いていないのかもしれない。それでは今日はそれについて書いておくことにしてみたい。

私がゴルフをやらない最大でもっとも単純な理由は、「そんなことに半日や一日をかけるほど、暇も金もない」ということだ。いや、暇と金は無理して捻出すればできないこともないのだが、その無理をするほどの意味をどうしても見い出せない。同じ無理するなら、他のことに時間と金を使いたい。

宮仕え時代に、何度かゴルフをせよと勧められたことがある。「楽しいよ」と言われれば、「自分でぶっとばしたボールを自分で追いかけて、何が楽しいのか」と思った。「ストレスが解消されるよ」と言われれば、「あんな小さなものを小さな穴に入れるのに血眼になっていたら、かえってストレスが溜まるはずだ」と、疑いなく思った。

「自然の中で一日過ごすだけでも、いい気持ちだよ」と言われれば、「あんな人工的なものを『自然』だなんて言っては、本当の自然に申し訳がない」と、本気で思った。私は本当の自然の素晴らしさを知っているから、あんなものは自然には見えない。

それから、ゲームの運営システムも共感できない。とくにあの「ハンデ」というやつだ。体に障碍があるわけでもないのに、ただ下手だという理由でハンデなんかもらうということが、そもそも甘えた話である。

そのへんの「コンペ」とやらで、下手なおっさんがハンデのお陰で上手な人より上位に入賞して、商品なんかもらって喜ぶというメンタリティを、私は到底理解できない。下手なら下手で、潔く負ければいいではないか。私なら、ハンデのおかげで入賞なんかしても、恥ずかしくて賞品なんてようもらわん。

その意味では、ハンデというもののないプロ・ゴルフの世界なら、いくらか理解できる。ただ、あのド下手なくせに、いかにももののわかったように、1時間も 2時間もゴルフ談義に夢中になっているアマチュア・ゴルファーのオジサンたちは、うっとうしいとしか思われない。

さらに根本的には、ゴルフコースというのは、日本の自然に合わない。飛行機に乗って地上を見下ろすと、自然の山林を削り取って無惨な様相にしてしまったゴルフ場がいくつも見えて、心からいたわしくなってしまう。

ゴルフ場というのは、たかだか遊びのためにしては、自然へのインパクトが強すぎる。ゴルフをする人は「自然の中で過ごす」というつもりでいるらしいが、あれは実際には、自然破壊の真っ只中で過ごしているのである。これだけ「エコ、エコ」と言われる世の中になったのだから、少しは恐縮することを知ってもらわなければならない。

森林を伐採して除草剤と殺虫剤をまき散らしているゴルフコースで一日遊んで、健康にいいはずがない。私の家の近所はゴルフコースだらけだが、できるだけ近づかないようにしている。

というわけで、私はポリシーとしてゴルフをしないのである。以上。

【追伸】

私がゴルフをしない理由を、ちょっとだけ書いた記事が見つかった。一昨年 7月の 「人それぞれのこだわり」 という記事の初めのところである。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年6月 2日

光の速さにまつわる文系妄想

「光より速いニュートリノ」が発見されたという発表は、事実上撤回されてしまったようだ(参照)。物理学にはまったく門外漢の私としては、なんとなく安心してしまった。「光より速いものはない」というアインシュタインの相対性理論以来の常識が、覆されずに済んだのだから、なんとなくおめでたい。

ただ発表によると「測定精度を上げた再実験を今年 5月に実施した結果、ニュートリノと光の速さに明確な差は確認できなかった」というのがちょっと気にかかる。この文言をそのまま受け取れば、問題のニュートリノは、光より速いというわけでは決してないが、明確に遅いというわけでもない」ということになる。

ざっくりと言ってしまえば、両者の速さはほとんど変わらないということのようなのだ。別の言い方をすると、光と変わらない速さの粒子が存在するということなのだが、そもそものことを言えば、光そのものだって、粒子としての性格をもつ。現代物理学では「光は波動としての性格と粒子としての性格を併せ持つ量子というものである」ということになっている。

文系の妄想からすると、光は波動としての性格がとても強いのだが、粒子としての性格を僅かに残しているため、秒速 30万キロメートルという限界を超えられないのかもしれない。きっとそうだ。そうに違いない。

だから、そうした限界をもつ光なんかより、純粋波動である想念の方がずっと速く伝わるのだ。うん、きっとそうだ。

 

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年6月 1日

常磐線、今日は「異音を感知」してストップ

今日は港区方面で仕事をしていたのだが、午後 3時頃から雷が鳴り出して、あっという間に土砂降りになった。またどこかで雹でも降ったかもしれない。こんな状態だと、私が都内との往復に使う JR 常磐線はすぐに運休になる。江戸川や利根川など、大きな川を渡るので、かなり慎重になっているようなのだ。

そんなわけで、いろいろ細かい仕事を引き受けて時間を潰しているうちに、だんだん雨が止んで、これなら常磐線も動くだろうというような状態になったので、さあ帰ろうかと思うと、今度は地震になった。震源地は茨城南部だという。なんだ、ウチの地元じゃないか。もしかしたら、これでまた常磐線は運休になるかもしれない。もう少しゆっくりしていこう。

というわけで、またまたいろいろな仕事を引き受けて、とっぷり日が暮れてから帰ることにした。もし常磐線が停まっていたとしても、いくら何でも運転再開しているだろう。

ところが上野駅に着いてみて驚いた。「常磐線は松戸付近で異音を感知したため、安全確認に時間をとり、遅れている」とアナウンスされている。どのくらい遅れているのかと思ったら、遅れ始めたばかりのようなのだ。

なんだ、ということは、雷雨でも地震でも運休せずに済んで、「異音を感知」なんていう意表を突いた事情で遅れてしまっているのか。そんなんだったら、雷雨の真っ最中に帰ればよかった。

先日も小田急線沿線の居住者から、「常磐線って、本当によく止まりますね。雷とか強風とかだと、もう確実にアウトですよね」と同情された。ところが今日はそれでも止まらずに済んでいたみたいなのに、「異音」 なんかで止まっちゃったのである。因果な路線である。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »