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2012年7月27日

人間がちゃんと死ねるように

今さらながら、iPS 細胞のことについて書く。例の、ES 細胞(胚性幹細胞)のように非常に多くの細胞に分化できるようにされた細胞のことだ。これが再生医療に大変な可能性をもたらしているのだという。

先日、知人たちと話をしていた時、私以外の人間が、あまりにもこの iPS 細胞の医療的効果を歓迎するようなことを言うので驚いた。「ガンになっても、自分の遺伝子そのままの臓器に入れ替えられるんだから、いいよね」なんて、平気で言うのである。それで私は、つい脊髄反射的に口走った。

「ちょっと待ってよ、iPS 細胞で自分の臓器を作り直してまで、ガンを直さなくていいじゃないの。このまま医療が進歩していったら、人間、死ねなくなっちゃう。ガンになっても死ねないんじゃ、どうやって死ねばいいの?」

こう言うと、みんな意外なような顔をした。どんな病気でも治すことができて、死なずに済むということが、無条件で「いいこと」のように思っているようなのだ。「そんなに、死にたいのか?」と言いたそうな顔である。

いや、そりゃあ私だって簡単に死にたくはない。しかし、「死なないこと」がそんなにも「いいこと」かと言われたら、「いいはずがないじゃないか」と答えるしかない。そもそも、生命というのは個体としては生まれたり死んだりしながら、種として保存されるようにプログラミングされていることを忘れてはならない。

そのようにプログラミングされている命が、個体として死ななくなってしまったら、その個体には精神的に、大変なストレスがかかってしまうだろう。「死なない」というのは、人間の手に余ってしまう。

命というのは、生まれて死ぬからいいのである。医療の進によって 「死ぬ」 という自然の摂理から逸脱してしまったら、大袈裟ではなく、人間は自分の人生に絶望し、その絶望のままに生き続けなければならないだろう。それはきっと、拷問のようなものだ。

医療で生かされっぱなしになって、死なせてもらえなくなってしまったら、人間、事故か自殺で死ぬしかなくなってしまうではないか。そんなことにならないよう、自然に死なせてもらえる余地をしっかりと残しておいてもらわなければならない。

それでなくても、周りに 100歳だの 200歳だのという人間がゴロゴロいるような世の中を想像してみるがいい。ただでさえ、世にはばかるのは憎まれっ子ばかりである。いや、憎まれっ子だから世にはばかるのではない。世にはばかれば、大抵は憎まれるのである。そんな憎まれっ子ばかりの世の中は、生きにくくて仕方なかろう。

医療というのがどんどん進歩し続けなければならない「業」を背負っているのだとしたら、それはそれでしかたがないから、倫理的な側面として「余計な医療を受けない権利」というのをしっかりと保証してもらわなければならないだろう。それも「特別なこと」というわけではなく「ごく普通のこと」 として。

 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

手塚治虫の漫画「火の鳥」だったかに、火の鳥の生き血を飲んだばかりに、不老不死になって苦しむ仙人のような人物が出ていました。あれを読んでから「死ねない」ことの方が恐いんだ、死があるのは自然でいいことなんだ、と感じています。

投稿: taro | 2012年7月27日 16:37

taro さん:

『火の鳥』はほとんど読んでないので、そんな件があるとは知りませんでした。
でも、死ねないのは苦しいというのは、本当のことでしょうね。

投稿: tak | 2012年7月27日 19:53

ちゃんと死ねますよ。日本人の死因の第五位は老衰です。

投稿: ヒロシ | 2012年7月28日 01:28

まあ、現実に、医療現場で治療施術があるがゆえに、生き続けていて、で、これで本当に良いの?
という高齢者医療の現実、ありますからね。

今はこれ以上延命できない、ってのがあるので医療行為停止が可能ですが、延命施術ができちゃったら、延々延命されてしまいます。

かなり怖い話です。実際に。
(尊厳死の話が絡む、結構難しい問題なんですけどね。)

投稿: luckdragon2009 | 2012年7月28日 20:40

そういえば。
ゾンビって、死なない死体、ではなく、「死ねない死体」ですね。

そういう概念で、ストーリーを考えています。
と原作者が語っていました。

ちなみに、STAR TREK のボーグのドローンもそうです。(システムが必要としている限り、永遠に修復され、生かされてしまいます。)

投稿: luckdragon2009 | 2012年7月28日 20:44

ヒロシ さん:

>ちゃんと死ねますよ。日本人の死因の第五位は老衰です。

私が見ているのは平成 20年の統計ですが、老衰は 6番目で、比率は、わずかに 3.1%です。

死因の 1位は 「悪性新生物」(つまりガン)で、30.3%、次いで 「心疾患」が 15.9%、「脳血管疾患」が 11.1%、「肺炎」が 10.1%、「不慮の事故」が 3.3%です。

ちなみに、「老衰」の次の 7番目が 「自殺」 で 2.6%。

死因となっている多くが、将来は再生医療によって克服され、死因にならなくなってしまったらどうなるのか。

私はそのことを心配しているのです。

投稿: tak | 2012年7月29日 19:52

luckdragon2009 さん:

まるで自動車みたいに部品交換を重ねて生きていくなんてことになると、際限ない延命施術以上にコワいと思いますよ。

投稿: tak | 2012年7月29日 19:55

>私が見ているのは平成 20年の統計ですが、老衰は 6番目で、比率は、わずかに 3.1%です。

私が見ているのは平成22年の統計で、5位で3.8%ですね。この数字には老衰がありえない若い人も含まれていますので、かなり高比率なんじゃないかと思います。

ちなみに年齢別死因順位の統計だと高齢になるほど老衰の順位が上がり、最後は1位になります。

医療の進歩で100歳の老人が周りにゴロゴロいるという状況になる日も来るのでしょうが、脳の取替えはできないので、頑張っても120歳ぐらいが限度。

老衰で死ねるなら悪くないと思います。

投稿: ヒロシ | 2012年7月30日 14:59

ヒロシ さん:

>この数字には老衰がありえない若い人も含まれていますので、かなり高比率なんじゃないかと思います。

はばかりながら、その論理は無茶苦茶です。
最初から老人という人はいません。

投稿: tak | 2012年7月30日 21:10

>最初から老人という人はいません。

私が言いたいことはまさにこのことなんですが・・・・。表現するということは難しいことなんですね。「伝える力」のなさを痛感しました。

投稿: ヒロシ | 2012年7月31日 18:13

ヒロシ さん:

>>最初から老人という人はいません。

>私が言いたいことはまさにこのことなんですが・・・・。

老衰で自然に死にたかったら、ガンにも脳溢血にもならずに、できるだけ早く老人になればいいという論理ですか?

投稿: tak | 2012年7月31日 20:31

再生医療に関しては、自分でどれだけ制御できるかとうことだと思います。
私は奥歯に、今の医療の正規であれば、本来神経を抜いて工程に則った処置をする虫歯があっても自分の責任において、神経を抜かないままにしております。そのリスクもなんとはなしに理解しているつもりです。そこからばい菌が入り最悪死にいたるとか(しかしその予兆がありますから限度は分かりやすいかもと思っています。)。ほめられたものでないという方が大多数ですが、嫌なんですもの仕方ありません。
昔は、歯の代替品があると知って、「虫歯造り放題なんじゃん!」と安易な考えを持っておりました。「歯、磨かなくていいじゃん」などと・・、よくよく調べると(私は、調べるの専門ですから)やはり自分の持っているものが一番ということがわかり、大事に扱っています。だから再生医療などですぐ代替できるので大事に扱わないようになり全体的に質の低下が出てくるのではと思います。すんごい鈍くなるのではないかと思います。
だから再生医療に関して、鈍くならないような限度を知って対処すべきだと思います。

投稿: BEKAO | 2012年8月 1日 12:10

BEKAO さん:

入れ歯と再生医療は区別して考えなければなりません。

そして、再生医療を受けるには莫大なコストがかかることも覚悟しなければなりません。入れ歯やインプラントどころではないコストです。

投稿: tak | 2012年8月 2日 00:44

tak-shonaiさん
こんばんは~そうですね。私としては、姉が植物人間で、胃ろう》で10年生かされたこと。この体験を通じて思うのは
植物になったらどこまでも生かしても良いとは思えないけれど死なせることもできないと言うことだった。姉は、もし、こういう事態になることが分かっていたら死なせてもらいたかったに違いない。でも、だれも死なす勇気はなかった。また、母が亡くなる前の日、あまりにも苦しそうだったから私は「母にモルヒネを打ってください」と看護師さんに頼んだ。「モルヒネを打ったら寿命がなくなりますけど、いいんですか?」と言われた。そうしたら、私はひるんでしまった。だれも、命を止めることはできない。何かしたら、体が良くなるんだったら何でもしてあげたいのが人間ですものね。死なせるのはできないです。いろいろつきつめて考えたら200歳まで生きてどうよ、という考えもありますし、自然が良いという考えもあるけれど、人間は進歩発展するという宿命を持っているんですからその人間の本性を止めることはできないでしょう。それこそが自然というものでしょうか。ですから将来、自分と同じ人間を造ってしまう時代がきても、それなりに何かよい世界を築くしかないのでしょう。だれも、進歩を止めることはできませんから。

投稿: 朱鷺子 | 2012年8月 3日 18:35

朱鷺子 さん:

29日の記事のコメントで紹介した本は、「無理に生かし続けるのは、無理に苦痛を長引かせることでしかない」というトーンで書かれています。

私に何かあったら、延命治療は拒否すると医者に伝えてくれと、家族に言ってあります。

死ぬ時が来たら、さっさとあの世に行って、装いも新たに生まれ変わる算段をする方がいいと思ってますから。

投稿: tak | 2012年8月 3日 23:04

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