「照らす」 という日本語を巡る冒険
どういうわけか、急に 「照らす」 という日本語が気になって仕方なくなった。というのは、「照らす」 の訳語として、しっくりくる英語が見当たらないからである。Goo 辞書で引いてみると、次のようになる。(参照)
〔光を当てる〕 shine
太陽は富める者も貧しい者も等しく照らす
The sun shines on the rich and the poor alike.通りはネオンの光に照らされていた
The street was lit up with neon lights.探照灯が海上を照らした
The searchlight flashed over the sea.
"Shine on" (あるいは shine upon) というのが最も一般的な訳語だと思うが、これだと「照らす」という他動詞というより「~の上で輝く」 というニュアンスなんじゃないかという気がするのである。"Shine" にはもちろん他動詞としての語義もあるが、単独で他動詞として機能させることは案外難しい。
元々のニュアンスとしては、勝手に輝いていて、その結果としてその明かりを受けるものもあるということでしかないと思う。
日本語で「満月が海を照らす」と言った場合の、月が輝いていてそれがごく自然に、意図したわけでもないのに、海をも光らせているという、何となく叙情的な雰囲気が、英語の "The full moon shines on the sea." では表現しきれないと思うのである。どうしても、「満月が海の上で輝いている」 ということになる。
"Shine" という言葉ですらこんな具合なのだから、"light up" や "flash" と言ってしまっては、これはもう、ぶちこわしになってしまう。
「照らす」という言葉は元々は、「照る」の使役形から出たものと思われる。しかし何らかの操作をして対象物から光を発するようにしてしまうというわけではなく、あくまでも自分がのほほんと光って、その余光によって他のものも光るという、なかなか曰く言い難いものなのだ。
こんな具合に、意志を持たない月がごく自然に他を照らすというニュアンスというのは、どうも英語では表現できないようなのである。それはもう、西欧人には雑音として聞こえる虫の音が、日本人にはあたかも意味を持つ音色として聞こえるのと重なるような気がするのである。
ネイティブ・スピーカーとして日本語を話す我々の感性というのは、なかなか捨て難いところがある。
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コメント
>あくまでも、自分がのほほんと光って、その余光によって他のものも光る
なるほど。このように考えたことはありませんでしたが、言われてみると確かにそういう消極的な、ついでにおすそわけ風なニュアンスがありそうですね。確かにこれは英語にしにくそうな気がします。
逆に、英語には積極的でやる気満々な発光系で、キラキラ・ピカピカの強い光やバシッと明るい輝きを表す語はたくさんありますよね。
うーん。haikuを嗜む方に伺ってみたいです。
投稿: emi | 2012年8月 2日 04:41
「照らす」は、無機物を擬人化したようなニュアンスが含まれているのかも?と、記事を読んでいて思いました。
英語には詳しくありませんが、英語圏では日本ほど擬人化文化が盛んではないのかなと想像してしまいます。
非常に興味深いテーマでした。
投稿: akari | 2012年8月 2日 15:24
illuminateなんてのもありますが、これまた人工的な香りがぷんぷん……(笑)
投稿: 山辺響 | 2012年8月 2日 18:33
emi さん:
>逆に、英語には積極的でやる気満々な発光系で、キラキラ・ピカピカの強い光やバシッと明るい輝きを表す語はたくさんありますよね。
まさに。
意志を持ってギンギンに投光する系と、なんとなく薄ぼんやりと明るくしちゃう系の違いですね。
投稿: tak | 2012年8月 2日 20:49
akari さん:
擬人化というか、自分と他との間の差を明確にしないというか、そんな感じでしょうね。
投稿: tak | 2012年8月 2日 20:50
山辺響 さん:
"lumi" という語根があるだけで、もう、物理的というか、なんというか ^^;)
投稿: tak | 2012年8月 2日 20:54
こんにちは~
tak-shonaiさんが《照らす》についてとおっしゃったら
何か仏教のことかって思ってしまいました。
仏様の慈愛が、世の愚衆を照らすなんて言うのは
どういうのかな~ほんと。難しそう~
私にはわかりません。
投稿: 朱鷺子 | 2012年8月 3日 17:23
朱鷺子 さん:
世の衆生を照らすのは、阿弥陀如来の無礙光なんていいますね。
あとは、『般若心経』の 「照見五蘊皆空」 という言葉が思い浮かびますが、あれは 「明らかに見る」 (悟る) というような意味合いかな。
投稿: tak | 2012年8月 3日 22:52
tak-shonaiさんおはようございます~
>世の衆生を照らすのは、
>阿弥陀如来の無礙光なんていいますね。
> あとは、『般若心経』の 「照見五蘊皆空」
>という言葉が思い浮かびますが、
>あれは 「明らかに見る」 (悟る)
> というような意味合いかな。
そそそそそんな難しい言葉を並べられても~~
私の電子辞書にも載っていません。m9(^Д^)プギャー
投稿: tokiko | 2012年8月 4日 08:04
tokiko さん:
無礙光(むげこう)
仏の発する智慧や救済力の光が、何物にも遮られないこと。一般には、阿弥陀仏の光明についていう。→ 十二光
照見(しょうけん)
物事の本質・実相を明らかに見きわめること。まだ、その教え。
(いずれも『大辞林』より)
「照見五蘊皆空」は、五蘊は皆空であると照見したということ。
(詳しくは、http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/religion/hannya.htm をどうぞ)
投稿: tak | 2012年8月 5日 22:33