衆議院解散がいつになるかもさっぱりわからないのに、世の中は既に総選挙を目指したあれやこれやで、思惑だけがどんどん先に進んでいる。実情はずっしり重くて、なかなか動きが取れないというのに。
前回の民主党大勝利の時には、「自民党はもう耐用年数がとっくに切れちゃったから」という理由で、「それでは一度政権交代というものを実現させて、民主党にやらせてみよう」というような、大まかな共同幻想が膨らんだのだった。あれはあれで、日本の国にとって必要な経験というものだったと思う。
この「必要な経験」を通して、「民主党ってのは結局、自民党の出来損ないに旧社会党の残党がひっついただけで、何も変わらないどころか、かえって悪くなってしまったじゃないか」ということを、日本国民は学んでしまった。
一番痛恨だったのは、強くなりすぎた「官」の力をコントロールできると期待していたのに、結局のところは、さらに官僚にコントロールされてしまう構造に陥ってしまったことである。官僚にもっともらしい理屈で攻められると、なまじ優等生が多いものだから、あっさり丸め込まれてしまうのだね。
自民党の出来損ないが政権を担ったために、「戦後レジーム」は何も変わらないどころか、かえって病気が重くなってしまったというわけだ。
それで、次の総選挙では自民党が政権の座に復帰することが確実視されている。ということは、今回の自民党総裁選に勝ったものは、ほぼ確実に総理大臣になれるということだ。そんなわけで今、自民党は総裁候補者が 6人も出ている。
6人も出てはいるが、国民としては「失敗だったとはいえ、曲がりなりにも政権交代を経験したのに、またしても元の黙阿弥みたいな人では意味がない」と思っているから、その中でも新鮮なイメージのある石破氏と石原氏の支持が比較的高い。
ただ、「比較的高い」と言ってもそれはコップの中の嵐だから、国民としては次の総選挙で自民党に雪崩を打ったように投票するとは限らない。6人も候補者が出てしまうと、かえって付き合いきれない感じがしてしまう。
そもそも前回からの流れとして、「自民党は耐用年数切れ」というイメージが払拭されたわけではない。自民党の出来損ないの民主党の耐用年数は、当然ながらあっという間に切れてしまったし、そのまた出来損ないの国民の生活がなんちゃらだって、既に終わってしまっている。
というわけで、「じゃあ、第三極の橋下グループか」ということになる風向きは、かなり強いと思う。維新の会というのは、確かに戦後レジームからはずいぶんはみ出しているから、これまでのもっさりした政治手法が踏襲される可能性はとても低い。そこに期待する国民は、かなり多くなるだろう。
国民は政治にうんざりしている。しかし、それは既成政党の「もっさり感」にうんざりしているのであって、「しゃきしゃき感」さえあれば、政治に目を向ける。国民ってとても単純なのであって、ということは、政治家としても単純なビジョンを強烈に打ち出せしさえすれば、支持は得られるのだ。
小泉さんが政権を取った時の「しゃきしゃき感」を思い出せば、それは納得されると思う。あの時「塩じい」こと塩川正十郎氏が、小泉さんの勝利の要因は 「モノ、はっきり言うちゅうこってすわ」と喝破したのと同じ構造を現出すればいいのである。
ということで、橋下さんのグループは、かなりの議席を獲得するだろうと思う。だが私は個人的に、橋下さんは支持しない。昨年の 11月に 「橋下不支持宣言」 した通りである。彼の打ち出す政策には共鳴するところも少なくないが、彼の「文化音痴」が、私は基本的に気に入らない。
彼がリーダーなんかになってしまったら、日本は底の浅いつまらん国になってしまう。そうはさせたくない。
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