一晩だけの帰郷
実は、昨日仕事で山形市に行ったついでに、前日に脚を伸ばして、酒田の実家に泊まった。山形市での仕事が朝からだったので、どうせ前泊しなければならず、それならいっそのこと酒田の実家に泊まってしまおうというわけだ。酒田から山形までは 120km の道のりがあるので、当日は早起きして酒田を出発しなければならなかったが。
実家は今、空き家である。昨年の 10月に父が死に、我が家も妹一家も関東に暮らしているので、住む人間がいないのだ。かと言って売り払ってしまうのもはばかられる。あの家を売り払ってしまったら、墓参りや法事で帰郷しても、ホテル泊まりというわびしいことになってしまう。
そんなわけで、無人の実家に時々は風を通しに行かなければならない。夕方に実家に到着して玄関の鍵を開けて気付いたのだが、実家でたった一人で夜を明かすというのは、生まれて初めての経験である。これはなんだか奇妙な感覚だった。これまでは、必ず家族がいたのだから。
たった一人でテレビのスイッチを入れたが、父が死んでからは BS の契約を切ってしまったので映らない。地デジの NHK と民放をざっと眺めてみたが、全然つまらないので早々にスイッチを切った。暮れていく夜空を、白鳥の群れの飛んでいく声がする。酒田の最上川河口は、日本有数の白鳥飛来地で、1万羽近くが越冬する。
一人で湯を沸かして茶を淹れ、コンビニで買ってきた弁当を食べ (日が暮れてからの地方都市というのは、気楽に飯の食えるレストランが極端に少ないのだ)、風呂を沸かして入った。近所の日帰り温泉にでも行こうかと思ったが、一日中運転したので、これ以上ハンドルを握るのが嫌になってしまっていた。
仏壇に線香を上げ、メールのチェックをして返事を書き、ブログを更新し、ちょっと残っていた仕事を片付けると 9時を過ぎた。風を通すのが目的だったから、窓という窓を開け放していたが、さすがに東北で、寒風が通り抜ける。窓を閉めてもまだ寒い。
仕方なく暖房を入れてみると、築 5年足らずの高断熱住宅だけのことはある。あっという間に暖まって、寝る段になって暖房を切ってもずっと暖かいままだ。薄手の布団をかけただけで、夜明けまでぐっすりと眠った。
朝 5時半に起きて、念入りに火と電源の始末をし、戸締まりをして 7時に出発した。ゴミはすべて持ち帰りである。今回の帰郷は要するに、家に風を通して寝るだけだった。親戚にも誰にも会わずじまいである。あまりにも呆気ない帰郷だ。
今度来る時は、いくら何でももう少しゆったりしたスケジュールにしようと思った。ただそれは、冬を越して春になってからのことになるだろう。
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コメント
酒田に帰られる予定はないのですか?
投稿: hiroyuki | 2012年10月24日 23:06
hiroyuki さん:
前は、還暦過ぎたら酒田に帰ろうと思っていました。
ところがその年になってみると、まだまだ関東の地から離してもらえそうになく、今は 72歳を過ぎたらと思っています。
(それまで生きていればですが)
投稿: tak | 2012年10月25日 09:15
お疲れ様でした。
私も同じようなことを数年前にしておりました。
三回忌まで兄と二人で頑張りましたが力尽きました。
祖父が次男で先祖代々の墓でもなかったので、
お墓も兄弟から近いところに改葬しました。
今風のリビングにおいても違和感のない仏壇を買い、
兄の家で以後の法事をすることにしました。
とはいえ生まれ育った実家が無くなるとやはり寂しいものです。
投稿: ちいくま | 2012年10月25日 16:26
ちいくま さん:
>三回忌まで兄と二人で頑張りましたが力尽きました。
う~ん、そうですか。
うちは、どうなるかなあ。
>祖父が次男で先祖代々の墓でもなかったので、
>お墓も兄弟から近いところに改葬しました。
うちの墓は、父が立てて、祖父母の代からの骨が入ってるんですよね。
そして私が長男なもので、やっぱり引き継ぐべきだという気がしています。
ただ、これからどうなるか。
父自身が、「家系は続かなくても仕方ないよ」と、クールなことを言ってましたしね。
投稿: tak | 2012年10月26日 00:04