「ポアンカレ予想」を出発点とし、横道にそれてまで考えたこと
NHK の BS プレミアムで、プレミアムアーカイブス HV 特集 「数学者はキノコ狩りの夢を見る ~ ポアンカレ予想」 という番組を見た。「人類が長年問い続けてきた謎に迫る数学上の難問が、2006年に証明された。その難問は 『ポアンカレ予想』。解けるまでの 100年にわたる天才たちの格闘のドラマに迫る」と紹介されている。
ポアンカレ予想というのは、数学(位相幾何学)における予想の一つで、フランスの数学者アンリ・ポアンカレによって 1904年に提出された。その内容は「単連結な 3次元閉多様体は 3次元球面 S3に同相である」というもの(参照) だが、大方の人はリンク先の Wikipedia を読んでも私同様、チンプンカンプンだろう。
表面的に一言でいえば、それは宇宙の形の解明に関わるほど重要な幾何学問題である。提出の約 100年後、遂に証明に成功したロシアの数学者グリゴリー・ペレルマンは、2006年に数学界のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞受賞者に選出されたが、本人は受賞を辞退した上、それ以後はたまに森にキノコ狩りに出かけるのみの、隠遁者のような生活をしている。
ペレルマンによる証明は、アメリカの数学者ウィリアム・サーストンがポアンカレ予想の証明に取り組む過程で 1982年に提出した「幾何化予想」をも、同時に証明した。
この幾何化予想というのは、「コンパクト 3次元多様体は、幾何構造を持つ 8つの部分多様体に分解される」という命題である。これまたチンプンカンプンだろうから、素人の分際で乱暴に言い換えると、「トポロジー視点からすると、宇宙には最大でも 8種類の幾何学的構造しかない」 ということらしい(微妙に正しくなかったらゴメン)。
数学者の感覚では、このような数学理論というのはとても美しいものであるらしい。それは私のようなものにでもわからないではない。一見するとバラバラでとりとめのない現象の中に普遍的法則を見いだし、単純な数式や幾何構造で一般化する。それは胸のすくほど爽快なことに違いない。
「とりとめのないことの中に法則を見いだして一般化する」というのは、知的快感の中でもかなり大きなものだ。「一を聞いて十を知る」ことが可能なのは、「一般化」という作業を通じるからこそである。
「一般化」というのは、複雑なことを単純な共通項に還元することである。「頭のいい奴は複雑なことを単純に考える」というが、それができるのも「一般化」(あるいは「抽象化」)という作業をサクサクっと行えるからだ。
これができないと、「話のわからない人」 になる。「A=B」と「B=C」は理解できても、「よって A=C」を理解できない人が、世の中には結構いる。彼らは決まって 「それとこれとは違うだろう」と言い出すのだ。それで、過去に学ぶこともできないし、ケーススタディも成立しない。
一般化、あるいは抽象化というのは、枝葉の相違を切り捨てて根本的な共通点に注目することが必要になるが、どうでもいい相違に目を奪われてこだわる人が混じると、この基本的プロセスで作業が頓挫する。だから要領のいい「単純化」というのは知的思考における必須事項なのだ。
ところが、ここに落とし穴もある。隠された共通項を拾いだすことによる単純化の知的快感に酔いすぎると、こんどは過度に単純化してしまい、「すべてのトランザクションは個別である」(経済人類学者 カール・ポランニーの言葉)という基本事項を忘れてしまうことがある。
経済学者の景気予測の多くが外れてしまうのは、実経済における「ノイズ」の部分を切り捨てて、安易にアカデミックな「経済モデル」に当てはめて考えるからでもある。ノイズと思われたことが、実際にはかなりの影響力をもつことだってある。同じ雑音でも大きな雑音は無視できない。
頭のいい奴は複雑なことを単純に考えるが、もっと頭のいい奴は、単純化した時点で切り捨ててしまったことが多くあるかもしれないことに自覚的だ。今や「複雑系」の世の中なのである。私はこのことについては結構何度も書いていて、最近では去年の秋の「複雑なことを単純に考えて満足するのは、中途半端に賢い奴」という記事がある。
ただ数学というのは、かなりの部分が人間の頭の中の概念で処理されるので、とてもピュアな世界である。ノイズが極小だ。それでこの一般化がものすごく美しく機能する。かなり魅力的な学問ではある。社会問題においてまでこのメソッドを信じすぎると、オタッキーになってしまうが。
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- ディズニーランドって、ちょっと特別な場所なのかも(2023.11.28)
- スタッドレスタイヤが要らなくなれば、ありがたいが(2023.11.24)
- 「東海道・山陽・九州新幹線でも喫煙ルーム廃止」歓迎!(2023.10.18)
- 明日から、急に忙しくなってしまうので・・・(2023.10.06)
- 「残暑見舞い」に八つ当たり(2023.08.26)
コメント
チンプンカンプンですね
(´・ω・`)
投稿: ひろゆき | 2013年3月 4日 16:20
ひろゆき さん:
Wikipedia の 「ポアンカレ予想」 の項目にリンクを張るのを忘れてましたので、改めてリンクしておきました。
それでもやっぱり、チンプンカンプンだと思いますが、NHK の番組はそのあたりの説明が上手で、少しだけわかったような気分にさせてもらいました。
投稿: tak | 2013年3月 4日 17:06
「ツルツルズルズル」ではお世話になりましたm(_ _)m
私は塾講師をしておりまして、記述の中で特に、
>これができないと、「話のわからない人」 になる。「A=B」 と 「B=C」 は理解できても、
「よって A=C」 を理解できない人が、世の中には結構いる。
彼らは決まって 「それとこれとは違うだろう」 と言い出すのだ。
それで、過去に学ぶこともできないし、ケーススタディも成立しない。
という部分は、「おるおる、保護者や生徒の中にこんなやつばかりおる」と
共感した次第。さらに、
>どうでもいい相違に目を奪われてこだわる人が混じると、
この基本的プロセスで作業が頓挫する。
まさしく今これがひどい女子中学生がいて、質問は枝葉末節についてのことばかり・・・
という状況でして、普段から、授業で世の中の様々なことを生徒たちに
話しているのですが、takさんの記述を生徒たちに紹介させていただいて、
話をしてもいいでしょうか?
投稿: notch | 2013年3月 5日 13:30
追伸:
突然のお願いすいません(;´Д`A ```
投稿: notch | 2013年3月 5日 13:34
notch さん:
どうぞどうぞ、ご自由にお使いください。
この記事に書いてあることは、私のオリジナル創造というわけではなく、世の中の事実を 「説明」 しただけですので。
投稿: tak | 2013年3月 5日 14:59
了解しました!ありがとうございますm(_ _)m
投稿: notch | 2013年3月 5日 22:42
全てのことは、とあることに特定されるということですか・・
今回の記事にかなりそそられましたけど、どうコメントしようと思いました。
数学は、学生時代とき方を知っていても、なぜそれがそうなるのかには追い付いていませんでした。最近なんとなくおぼろげに見えてきているような気がします。また学生のときのノートを引っ張りだして考えてみたいと思っています。
テレビなんかに出ている賢い人(有名大学受験生等)たちは、何てすごいんだと思います。どんな回路をしているのだと・・!
数式等に単純化することはそそられるものでしょうけど、また逆もあれで、単純化するのもそそられそう。どちらも必要ですね。
かなりこの記事にはうなずけました。
投稿: BEKAO | 2013年3月 7日 17:22
BEKAO さん:
>全てのことは、とあることに特定されるということですか・・
「とあること」という 「漠然としたこと」 に「特定」されるとしたら、それは矛盾というものです。
>数式等に単純化することはそそられるものでしょうけど、また逆もあれで、単純化するのもそそられそう。どちらも必要ですね。
「単純化」 と 「単純化」 、同じ事をおっしゃってるので、「どちらも必要」 という 「どちらも」 とは、何を意味しているのでしょうか?
投稿: tak | 2013年3月 7日 23:54
頭が先走ってコメントすると、わけがわからないことになります。申し訳ございません。
○とあることというのは、特定されるもの(8つのもの)にということです。
特定するものに、特定される。
○自然を数式等に表現する。
物質や事象を一目瞭然の数式形に単準化にする。
しかし実際のそこにはノイズがたくさん含まれていて複雑。しかし全体でみればまどわされたわからない形。
その単純化したものの中から、自分にあったものを選びだすことを単準化と表現しました。(言葉のチョイスがいけてなかった。)複雑(数式等を使った簡略化されたもの)から簡略化する。
単純化と単純化(簡略化から簡略化)
突きつめて問いただしてもらわないと私の場合は人に通じないことが多多多多あります。
投稿: BEKAO | 2013年3月 8日 17:27
BEKAO さん:
恐縮ですが、ますます意味がわかりません。
例えば、
>とあることというのは、特定されるもの(8つのもの)にということです。
候補が 8つもあったら、「特定」 とはいえません。
せいぜい 「集約」 程度の話です。
「トポロジー視点からすると、宇宙には最大でも 8種類の幾何学的構造しかない」 ということですので、突き詰めたければ、まずトポロジーを学んでください。
>特定するものに、特定される。
私がある事物を「特定」 したら、私が「特定するもの」 です。その私に、何がどのように 「特定される」 のですか?
>複雑(数式等を使った簡略化されたもの)から簡略化する。
数式などを使って 「簡略化されたもの」 が 「複雑」 とは、どういうことですか?
(対立概念を無邪気にイコールで結んでしまっては、論理はそこで停止してしまいます)
そもそも、数式を使えば簡略化されると、本気でお思いですか?
多分思っておられないから、「複雑」 なのですよね。
背伸びせず、本気で納得できる単純なことからスタートしてください。
投稿: tak | 2013年3月 8日 18:33
私はたまに背伸びします。
特定されるものは8つとしたのはおかしかったと思いますが、人間の傾向等を見ても、特定されるというのが経験則です。
仮定せずして、物事は進んでいかないと思います。軌道がそれないように内容をあわせるのが化学や数学と思っています。
背伸びするから伸びていくのだとおもいます。
投稿: BEKAO | 2013年3月11日 08:25
BEKAO さん:
>人間の傾向等を見ても、特定されるというのが経験則です。
私の経験則からすると、なかなか特定されないんですけどね。
よっぽど単純な物事を別として。
>背伸びするから伸びていくのだとおもいます。
足元を固めてからでないと、転びますのでご注意くださいね。
投稿: tak | 2013年3月11日 08:55
(  ̄^ ̄)ゞラジャ
と無邪気に返す年でもないので、、
わきに置いておいておきたい。
自分が悲しくなるようなイヤなことは知っておきながら避けがちですけど、
わきにとどめておいて意識していれば、手立てを発見できるからです。昨日のことで特に考えさせられました。
投稿: BEKAO | 2013年3月12日 17:29
BEKAO さん:
ご苦労様です。
投稿: tak | 2013年3月12日 19:18
大ニュース!!
物理と数学のかきしっぽ
にて
リーマン予想の証明に成功
投稿: tai | 2014年1月30日 19:05