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2013年3月28日

「新・歌舞伎座」 という言い方について

リニューアルした歌舞伎座の開場式が昨日行われて、歌舞伎役者が賑やかに銀座の街の「お練り」をした。そうか、ようやくやっとまた、歌舞伎座で歌舞伎が見られるようになるのか。嬉しいことである。

歌舞伎座がリニューアルしたのは、単に老朽化したから建て直したのである。ところが近頃、団十郎と勘三郎という大看板が相次いで若死にしてしまって、これは歌舞伎界にとっては大きな災難だったので、なんだか歌舞伎座も災難で崩壊して新築したみたいな錯覚にとらわれていた。今回の開場が、歌舞伎の新たな出発になってくれれば嬉しい。

今回のリニューアルで何がありがたい言って、前の座席に膝をつっかえさせながら窮屈な思いで芝居見物をしなくてもよくなるのが嬉しい。前の歌舞伎座の座席は本当に窮屈で、通路から少し入った席に座る場合なんか、先に座っている人の膝をまたぐようにして移動しなければならなかった。

私は「五尺の体が標準だった頃の基準で建てられてしまったので、こんなに狭いんだろうなあ」と思っていて、古典芸能を見る時は、座席の窮屈なのは仕方のないことと、半分は諦めていた。ところが、その気になればちゃんとゆったりとした席で見られるんじゃないか。早くゆったりとした席で芝居見物したいものである。

とはいえ、こけら落としからしばらくは料金が高い上に、予約も取りにくかろうから、一段落するまで待った方がいいかもしれない。秋の顔見世は是非見たいので、スケジュールをしっかり調整しておこう。

ところで、いろいろなニュースで「新歌舞伎座開場」なんて言ってるのが、私にはちょっと気にかかる。あれはあくまで「歌舞伎座」であって、「新歌舞伎座」なんかじゃない。歌舞伎座がリニューアルしたからといって、ノー天気に「新歌舞伎座」なんて言ってもらっては困る。

「新歌舞伎座」 というのは、大阪にある劇場の固有名詞である(参照)。もっとも、この劇場は歌舞伎公演は年に 2回ぐらいしかやらずに、もっぱら古典じゃない商業演劇や歌謡ショーで稼いでいる。 「北島三郎特別講演」とか「コロッケ特別講演」とか「水戸黄門」といった感じのやつだ。

関西では京都に南座という劇場もあるから、歌舞伎を見たかったらどちらかに足を運べば、年に 5回ぐらいは見られるようで、そんなに不自由しなくてもいいのかもしれない。いずれにしても、東京の歌舞伎座はほとんど歌舞伎オンリーだから、よく頑張っているものである。

というわけで、リニューアルした「歌舞伎座」は、メディアによっては大阪の「新歌舞伎座」と区別するために 「新・歌舞伎座」 なんていう表記になる場合もあるようだ。これならまあ、許せる。いずれにしても、ほどなく「新」の字が取れて、本来の「歌舞伎座」に落ち着くだろう。

そういえばそんなようなことを書いた憶えがあるなあと、検索してみたら、昨年の 10月 3日に "「新幹線」と「新妻」の違い" というのを書いていた。「新幹線」の「新」の字は半世紀以上も付きっぱなしだが、「新妻」の「新」の字は、じきに取れるというような、くだらないことを書いている。

してみると、大阪の「新歌舞伎座」は、「東京の歌舞伎座よりも新しい歌舞伎座」という意味合いなので、「新幹線」や「新宿」と共通している。それに対して、昨今のニュースで言われている「新・歌舞伎座」は、「新婚さん」とか「新妻」と共通した言い方なので「新」の字が取れるのはあっという間だろう。

 

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