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2013年3月17日

「ぶれない人」という褒め言葉

「ぶれない人」というのが褒め言葉として使われる時期が、つい最近まであった。「軸がしっかりしている」とか「ぶれない」とか言うと、なんとなく信念のある人なんじゃないかと思わせられたものだ。しかしこの言葉もだんだん死語になりつつあるようで、私としてはこれはいいことなんじゃないかと思う。

私の知り合いにも、政治家の某氏を「彼はぶれない」というだけで褒めそやす人がいた。「ぶれない」というのは、まあ、「主義主張を変えない」ということなんだろうが、それだけで支持するというのは、私にはちょっと信じられない。主義主張の中身を問題にせず、「変えない」というだけで支持するなんて、ありえないじゃないか。

見方を変えれば、長年にわたってずっと同じ主張を繰り返しているというのは、一つには浮き世のしがらみで妥協しなければならないという必要が生じるような責任ある立場に、その人は立ったことがないということだ。さらにその人がビミョーに時代に付いていけない存在であることをも物語っているだろう。

そしてそうした政治家を支持するのは、支持する側がかなりの度合いで時代に付いていけなくなっているからである。時代の変化に対応できない意固地者同士が、「ぶれないことはいいことだ」とお互いを慰め合ってきたという側面が、確かにある。本当は世の中が変わっているのだから、人間が変わらないでいいわけがないではないか。

一方、「あの人はぶれる」とか「ぶれが大きい」とか言って非難するという論調もあった。これは多くのマスコミに見られたことで、私としてはかなり問題だと思っていた。基本的な信念を曲げるというのではなく、方法論の部分でよりよい選択が見つかったのでそっちに大きく舵を切ったというだけで、「あいつはぶれる」と言われたのではたまらない。

そもそも「ぶれる」という日本語自体が怪しい。元々この言葉は、写真用語でシャッターを切った時の動きで画像が定まらなくなる状態を指していたと思う。ところがちょっと前から多くのデジカメに 「手ぶれ防止機能」 とやらがついて、ぶれた画像を滅多に見ることがなくなったので、目先を変えて人物評に使われるようになった。

ちょっと掘り下げて考えてみると、態度や手法の変化を連続させて、大衆の支持を得られれば「対応力がある」と褒められ、得られなかった場合に、「あの人はぶれる」とこき下ろされる。それだけのことだ。

だったら「ぶれる人」と言われたくなかったら、変わらなければいい。本当は 「意固地」か、逆に「意気地なし」か、あるいは単に「怠惰」なだけなのかも知れないが、周りが「あの人は、ぶれない人」と言えば、いかにも誠実な人のように聞こえる。

逆に、変化への対応が結果的に失敗に終わった場合、その失敗の原因が、周りが付いて行けなかっただけだったというような場合でも、周りで「あの人はぶれる」と言ってしまえば、付いていけなかった者にとっての免罪符になる。都合の良すぎる言葉である。情動的すぎて、まともな掘り下げを拒否する言葉だ。

「君子は豹変す」と言われる。豹変が結果的にうまくいかなかったら、本来なら「対応に失敗した」と言えばいいだけのことなのに、周りから 「ぶれた」 なんて妙な言い方をされるような世の中では、変化への迅速な対応がしにくくなる

 

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コメント

俺は軸がぶれぶれです
ヽ(´▽`)/

投稿: ひろゆき | 2013年3月17日 21:05

ひろゆき さん:

「変わり身が速い」と言えばいいんです (^o^)

投稿: tak | 2013年3月18日 04:16

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