原発の健康被害に関する WHO 報告の、当たり前の理解のしかた
アゴラに「放射能被害の発生を声高に訴えてきたオオカミ少年は、悲劇を望むようになる」という記事がある。Twitter では「文書化能力向上コンサルタント」と自己紹介している開米瑞浩氏の文章である。
この文章の中で開米氏は、「福島で健康被害が出る恐れは極めて小さい」という WHO の報告書や、環境省からの「子供の甲状腺調査結果でも福島県で他県と比べて異常な結果は出ていない」という喜ばしいニュースが出たにも関わらず、「不思議なことに『脱原発』に熱心な人々からはあまり『よかった』という声が聞こえてきません」と書かれている。
開米氏によると、原発は危険だ危険だと言い続けてきた人にとって、「今回の原発事故による健康被害のおそれは極小」という情報は「都合の悪いこと」であるため、「どうせ国は真実を隠しているのだろう」といった陰謀論に走る人々も出てくるほどだというのだ。
ふぅん、そういう見方をすれば、確かにそう見えるのだろうね。
私は「脱原発」どころか「反原発」派だが、今回の WHO からの情報を読んで「あぁ、よかった」と思ったし、環境省からの発表を聞いても意外とは思わなかった。子供を連れて沖縄あたりまで逃げた人には甚だ恐縮だが、健康被害については、そんなに極端な影響が出るとは元々思っていなかった。
何しろ日本は、広島と長崎にまともに原爆を落とされても、壊滅はしなかったのだ。あの震災の 2ヶ月半後に、私は「放射線リスクが煙草のリスク並みだというなら」という記事の中で、次のように書いている。
国立がん研究センターによると、放射線による発がんリスクが出始めるとされる年間 100ミリシーベルトを浴びた場合、そのリスクは、受動喫煙や野菜不足とほぼ同程度なのだそうだ (参照)。
これをもって、「放射線なんてむやみに恐れる必要はない」 という主張の根拠としている方が少なからずおられるのである。しかし、それって話が逆なのではあるまいか。このデータを使うなら、煙草の害は放射線並なのだから、一刻も早く公共の場での喫煙を禁止するという話の根拠にすべきだろう。
で、今回の原発事故の場合は、高度の汚染地域からの避難や除染対策、子供をあまり外で遊ばせないなどの対策を、まがりなりにもやったおかげで、目立った健康被害は、これまでのところ出ていない。受動喫煙や野菜不足によるリスク以下で済んでいるのは、不幸中の幸いである。
もっと長期的に見たらどうなるかわからないが、とりあえずは、脱原発とか反原発とか言っている人間でも、普通はこんな風に思うだろう。「やべ、もっと健康被害が出てくれなきゃ、俺の立場がまずくなる」なんて思うやつは、そりゃ、少しはいるかも知れないが、マジョリティじゃない。
ただ私は、「だから、原発事故の健康被害なんて、ちっとも心配する必要はない」なんてことを言いたいわけではない。この程度の数字で済んでいるのは、上述の通り「不幸中の幸い」であり、ある程度の対策を取っているからである。それを無視してはいけない。何の対策も取らずに WHO の発表通りの数値になったわけではないのだ。
原発推進派の中には、「こんな事故が起きても、健康被害なんてなかったんだから、原発はそんなに危険なものじゃない」なんて言いたそうな人もいるように見受けられるが、それは乱暴すぎる。だって、一番危ない地域には、今は人が住んでいないのだから、その地域のデータは存在しないのである。
存在しないデータを元に、「原発事故で健康被害なんて出ない」という結論を出すわけにはいかない。より重要なことは、原発事故によって故郷を追われた人がいて、何年経ったら帰れるのか予測もつかないという、より客観的な事実である。彼らは多分、故郷を捨てなければならないだろう。
私としては、「WHO のデータは、そんなに都合のいい数字じゃないのだよ」という当たり前のことを言っておきたいのである。
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コメント
受動喫煙や野菜不足は「すごく嫌」なので、それに近いレベルのものが一つ増えるのは勘弁願いたいです(^^;
投稿: 山辺響 | 2013年3月15日 13:32
山辺響 さん:
それについては、まったく同感です。
投稿: tak | 2013年3月15日 15:25