「腕ずく」で仕事する美容院が日本中に溢れてるので
初めにお断りしておくが、エイプリル・フールはとっくに過ぎているので、これはジョークではない。ごく真面目な記事である。タイトルに惑わされないでいただきたい。
5年近く前に "「軍備」という名の美容院" という記事を書いた頃からずっと気になってしょうがないことがある。どうして日本中に "arms" という名の付いた美容院がこんなにも多いのだろう。まるで蕎麦屋の世界の「やぶ」か「更科」みたいな様相になっている。
その代表的存在は、件の記事の冒頭でも触れた "Kakimoto Arms" という超々有名店みたいなのだが、私は表参道でこの店の看板を初めて見た時、マジで 「こんなところに武器マニアの店が!」 と思ってしまったよ。上野のアメ横ならいざしらず。
いうまでもなく、"arms" とは「軍備/武器」という意味である。単数形なら「腕」という意味だが、最後に s が付くと、複数形の「両腕」という意味とは別に「軍備/武器」という意味になる。ヘミングウェイの『武器よさらば』の原題は "A Farewell to Arms" だし、「軍備制限」は "arms control"、「軍備削減」は "arms cut" という。
試しに「美容院/arms」という 2つのキーワードでググってみるといい。こんなにたくさん ヒットする。その数、なんと 7,400万件である。当然にも 1軒の美容院がいくつものウェブ・ページで取り上げられているから、まさか「なんとか arms」 という名の美容院が日本全国に 7,400万軒もあるというわけではないが、それにしても異常なまでの数である。
どうして美容院がそんな物騒な言葉を店名にしたがるのか、フツーに考えたら理解できない。ただ、「もしかしたら」ということで、5年前の記事では次の仮説をあげておいた。
ふと思い当たったのは、もしかしたら、「腕前」 という意味のつもりで使っているんじゃあるまいかということである。しかし、英語の "arm" には、テクニックとかスキルとかいう意味合いはない。
昨日、このことをたまたま思い出して、試しに 「美容院/arms/名前の由来」 という 3つのキーワードでググってみたら、名古屋市の店のページが見つかり、その冒頭にはまさに 「arm's の名前の由来」 として、次のように掲げてあった。
(前略)
その為には、技術も接客も 腕(arm)に磨きをかけなくてはならい!!
そんな想いが、サロン名=HAIR MAKE arm's に込められています!
あぁ、やっぱりそうだったか。そのものズバリ、「腕(arm)に磨きをかけなくてはならい!!」(「ならい」 は原文のまま)なんて書いてあるのだから、どうやら 5年前の「腕前仮説」は正しかったようなのである。悲しいことに。
もっともこの店は "arms" じゃなくて "arm's" になってるだけ、「軍備」という意味にはならずに済んでいるが、その代わり文字通り受け取れば、「アームさんの店」という痛いことになっている。
5年前の記事でも触れたことだが、英語の "arm" には、「技術」という高尚な意味合いはまったくなくて、強いて言うならば「権力」「支配力」という意味合いが強く、いわば「腕ずく」というニュアンスである。腕ずくで仕事する美容院というのは、一体どんなものなのか、想像もつかない。
さらにもう一つ、さいたま市には 「ame HAIR (アーム・ヘアー)」という店があって、こちらはフランス語の "ame" (「魂」という意味らしい)になっているが、この店を紹介するウェブページには次のようにある。
サロン名のアームは、英語で腕(技術)という意味もあるが、フランス語で心という意味もある。スタッフさんたちは、腕を磨くのはもちろんのこと、すべてのゲストに対し親身になり接客や施術を行うことを心がけている。
いやはや、これはすごい。「アーム」というカタカナ語を接着剤として、英語の "arm" と フランス語の "ame" というまったく別の単語を一緒にくっつけちゃった上で、元々なかった 「技術」という意味をこじつけている。
そういえば、5年前の記事にも hachi さんという方から「フランス語の『ame』(アーム=魂)を英語と勘違いして『arm』と標記したんじゃないですかね」というコメントがあったが、この件は「英語と勘違い」でないだけ、まさに「腕ずく」の用法である。
というわけで、全国の美容院に "arm" とか "arms" とかいう名前がやたら多いのは、まさにここに書かれているように「アームは、英語で腕(技術)という意味」なんていう、とんでもない誤解が根底にあってのことのようなのだ。
何度も言うが、"arm" という英単語は確かに「腕」という意味ではあるが、そこには「技術」という意味なんてないからね。「腕」という言葉に「技術」という意味まで包含するのは日本語の世界の特殊事情であって、英語の世界では "arm" と "skill" は別のお話なのだと、そこまで懇切丁寧に説明してあげないと、彼らには通じないかなあ。
例えばアメリカ人調理師の腕前を褒めたい時に、まさか "You have good arms." なんて言わないよね。でも、店名には平気で付けて、見当はずれの由来を語っちゃう。本当にこの手の人たちって、どうして一度でいいから辞書を引いてみようとしないかなあ。
まあ、固有名詞なんだから、しれっとして「なんとかアームズ」を名乗るのは勝手だし、蕎麦屋の世界みたいに、その店で修行した美容師さんが独立して「かんとかアームズ」を名乗るのもまた勝手だが、「英語で腕(技術)という意味」なんてことまでさももっともらしく語ったりすると、とたんに痛いことになってしまうのだよね。
ちなみに、洒落の意味でもう一つ。Hot Pepper Beauty という美容関係のサイトに、ヘアークリエイター 中島寛文さんという方が、その名もまさに「武器屋へ」というタイトルで次のような投稿をされている。(参照)
実は美容師が使うハサミやドライヤー、ブラシやコーム、シャンプーまですべてがお客様の髪をキレイにするための武器なんです。
もちろん自分達の技術を磨くのも大事だけど道具ひとつでこんなにも違うのか!
と、驚く事もよくあります☆
いう事で立川にある武器屋に休みの日に行ってきました!
ここで中島さんのおっしゃる「武器屋」というのは、美容院向けの道具屋ということのようで、美容院そのものじゃない。その意味で道具屋さんなら洒落で "arms" を名乗ってもいいかもしれない。中島さんのお店の名は「なんとかアームズ」じゃないようで、ご同慶の至りである。
というわけで、5年近く抱き続けた疑問は、ここにようやく晴れたといっていいようだが、爽快感はまったくない。
Tシャツの胸に書かれたとんでもない英語ロゴならほとんど笑って見逃せる。しかし、"「arm = 腕 」「腕 = 技術」、よって 「arm = 技術 」" という「国民的誤解による三段論法」がここまで広まってしまっているのを認識して、「なんだかなあ」という以上のトホホ感に襲われている。
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コメント
美容院じゃありませんが、アメリカではアームスと名の付くホテルやアパートメントが多くて気になった事があります。日本でもたまに地名や家主名のあとにアームスとついた不動産がありますね。
http://forum.wordreference.com/showthread.php?t=1079529
上記の掲示板によると、イギリスの宿やパブの名前が元のようですが。
投稿: Clark | 2013年4月 5日 02:58
お店側にその意図があるとは思えませんが、'art'を接着剤にして'skill'と'arm'を語源でくっつけることは不可能ではなさそうです。苦笑。
http://www.etymonline.com/index.php?term=art&allowed_in_frame=0
投稿: emi | 2013年4月 5日 05:40
Clark さん:
ほほう
それなど、まさに蕎麦屋の世界の「やぶ」みたいな感じですね。
(弟子への「暖簾分け」というほどではないにしろ)
日本の美容院の世界でもその様相が濃くなりつつあるということなのかも。
おもしろい情報、ありがとうございます。
投稿: tak | 2013年4月 5日 11:41
emi さん:
語源までさかのぼると、"ar-" そうですか ということですね。
(オヤジギャグと受け取ってください ^^;)
ただ、日本の場合はカタカナ系の接着剤を用いているとしか思えませんので、まさに 「苦笑」 ということで。
投稿: tak | 2013年4月 5日 11:45
ARMS ってマンガの
「えっ ARMS ていうから腕にあるんじゃないの?」
とう一コマを思い出しました。
Σd(°∀°d)ォゥィェ
投稿: ひろゆき | 2013年4月 6日 12:41
ひろゆき さん:
マンガにもあるんですね。
そっちの方面はうとくて、さっぱりわかりません。ごめんなさい。
(私の中でのマンガは、ちびまる子ちゃんまでで終わっています ^^;)
投稿: tak | 2013年4月 6日 19:28
「腕前」という意味で使いたいのなら、armではなくてhandですよね(…と、思い浮かんだのだけど自信がなくなったので辞書引きました。合ってた…)。
投稿: 山辺響 | 2013年4月 8日 14:24
山辺響 さん:
おぉ、何となくそんなイメージだけはありましたが、確かにそうですね。
(私も辞書引きました ^^;)
東急ハンズの 「ハンズ」 は、「職人技による手助け」 みたいなこととは思っていました。
投稿: tak | 2013年4月 8日 15:11
おっしゃる通り、armに「技術」という意味は無いのでしょう。
でも、「the man with golden arm」(F.シナトラ)
という言い方はあるようです。
この辺からの発想ではないでしょうか。
投稿: McC | 2013年4月13日 21:36
McC さん:
目にもとまらぬ早業で、髪をカットするというイメージでしょうか (^o^)
投稿: tak | 2013年4月14日 05:00